iPhoneは、今年でリリースから18年目を迎えます。通常、これほど長期間にわたり市場に存在する製品は、成熟期を経て衰退期に入るのが一般的です。
しかし、iPhoneは時代遅れになるどころか、2025年9月にもiPhone 17シリーズと新モデルiPhone Airを発売し、大きな注目を集めています。なぜ長期間にわたって革新を続け、常に市場をリードし続けられるのでしょうか?
この記事では、その理由を探っていきます。
iPhoneのプロダクトライフサイクル(PLC)戦略は、「維持」と「改良」による“意図的な延命”
一般的な製品は、「導入期→成長期→成熟期→衰退期」というプロダクトライフサイクル(PLC)をたどります。スマートフォン市場全体で見れば、たしかに成長は鈍化しています。
しかし、iPhoneの戦略をPLC理論で解釈すると、製品の基本機能を維持しながら付加価値を高める改良を行い「成熟期を意図的に延命」していると分析することが可能です。
この付加価値を高める改良の代表例としてFace ID導入が挙げられます。
Face IDを初採用したiPhone Xは、知財戦略の観点でも極めて重要な転換点でした。Appleは、iPhoneの外観のデザインを部分ごとに権利化しています。これは、デザイン全体の模倣はもちろん、一部の模倣も防ぎ、同じデザインを長く使用するためと考えられます。
具体的に書くと、Appleは初代iPhoneから使用している円形のホームボタンを中心としたデザインについて、以下のように意匠権を取得しました。
意匠登録第1351277号

図面の点線の部分ではなく、実線の部分が権利を主張する範囲です。
iPhone Airでは「薄さ」が注目されているように、薄いこと自体が大きなメリットとなります。そのため、iPhoneがこれから世代を追うごとに薄くなっていくことを予測し、それでも意匠権の行使がしやすいよう、表面のみを権利化していると考えられます。
iPhoneの象徴となったホームボタン。しかし、Face IDの登場で不要な存在に
Appleは、意匠権でiPhoneを保護することで競合他社の類似品を牽制。そして、初代iPhoneから長期にわたって同じデザインを維持し続けることで、ホームボタンは単なる機能的なボタンを超えた存在となりました。

それは「iPhoneらしさ」を象徴する視覚的アイコンであり、プロダクトブランドとしてユーザがAppleの製品であると一目で認識できる、手がかりとなる重要な資産でした。
しかし、技術革新により状況は変わります。Face IDという3D顔認証技術の完成により、物理的なホームボタンが技術的に不要になったのです。
ここでAppleは重要な選択に直面しました。初代iPhoneから築き上げたプロダクトブランドを維持するか、それとも技術革新を優先するか。結果として、Appleは後者を選択し、iPhone Xでホームボタンを廃止する大胆な決断を下したのです。
ホームボタンというプロダクトブランドを捨てる。Appleが取った“リスク”の背景
しかし、ここで重要な問題が生じます。何かを選ぶということは、ほかの何かをやめるということです。つまり、Face IDを選択することは、Touch IDの改良への投資を放棄することを意味します。
そしてFace IDが失敗すれば、Touch IDという確立された技術基盤を失い、競合他社に追い抜かれる可能性があるわけです。
初代iPhoneから採用していた、円形のホームボタンを中心としたデザインに蓄積したブランド価値。これまで築いてきた資産を捨てるという選択が、本当に延命につながるのか…。ホームボタンというプロダクトブランドを捨てるという判断には、このようなリスクが伴います。
なぜAppleはこのリスクを取ることができたのでしょうか。
Appleは、単にホームボタンというプロダクトブランドを「捨てる勇気」を見せたわけではありません。特許、意匠、商標の公開情報を分析することで、他社の出願状況や取得した権利状況を詳細に確認。競合他社がどの技術領域に注力しているかを把握し、重複を避けながら独自の技術開発路線を選択したと推察されます。
静脈認証のほか、Face ID以外の生体認証技術の特許も取得。徹底した競合による模倣の防止
つまりAppleは、知財を戦略的選択のリスクを軽減する保証として機能させながら、次世代技術への移行準備をしていた可能性が高いと考えられます。
そして、選択した技術で確実に効果を得るために、3D顔認証アルゴリズムなどTrueDepthカメラシステムに関連する多数の特許を所有しました。また、Face ID関連の包括的な特許網を事前に構築することで、技術的な優位性を法的に保証し、競合他社による模倣の防止を図っています。
さらに静脈認証など、Appleが採用しなかったほかの選択肢についても特許権を取得しています(US10719692B2)。Face ID以外の生体認証技術についての関連特許も押さえることで、競合他社がそれらの道を取れないように市場での優位性を確保していたわけです。
これにより、自社の選択した技術領域での成功確率を高めると同時に、競合他社の選択肢を制限する二重の効果を狙っていたのではないでしょうか。
Appleのアプローチは、企業規模を問わず効果的。あなたのビジネスでも試す価値あり!
Appleの例は、企業が戦略的判断を行う際に直面する選択のジレンマ、すなわち一つの道を選ぶことでほかの可能性を放棄せざるを得ない状況に対して、知財調査・分析を組み合わせることでリスクを軽減できる可能性を示しています。
特許権などの知的財産権の調査をするメリットは、競合他社の意図を推測することではなく、「できることできないこと」の境界線を客観的に把握することです。どんなに優れた技術アイデアを持っていても、他社の特許権が存在する以上、その道の選択は困難になります。
逆に、特許の壁がない領域は技術的に実現可能であれば有効な選択肢となり得るのです。このような制約条件の客観的な把握により、より現実的で実効性の高い戦略立案が可能になります。
もし、読者のあなたが会社でビジネス戦略を検討する立場なら、この戦略的アプローチは参考になるはずです。
まずは、J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)などの特許データベースを調査し、競合他社がどのような知的財産権を持っているかを把握するところから始めてみましょう。J-PlatPatは、無料で特許・実用新案・意匠・商標の検索が可能なため、スタートアップや中小企業にとっても知財戦略を考える際に活用しやすいツールです。
そして、自社の技術開発の方向性を決定する前に、選択可能な技術領域と制約条件を客観的に把握することをおすすめします。
ただし、特許情報には出願段階のものや権利が消滅したものも含まれるため、検索結果の解釈や権利状態の判断には専門知識が必要です。重要な判断の際は知財の専門家に相談することをお勧めします。
おすすめの記事
著者プロフィール
緒方昭典
複数の弁理士事務所に勤務したのち、スタートアップに対して、特許や商標などの権利取得だけでなく知財活用を支援するため、くじら綜合知財事務所を設立。 現在は、広くベンチャー企業の知財活用の支援に注力。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。







![アプリ完成間近! 歩数連動・誕生日メッセージ・タイマー機能など“こだわり”を凝縮/松澤ネキがアプリ開発に挑戦![仕上げ編]【Claris FileMaker 選手権 2025】](https://macfan.book.mynavi.jp/wp-content/uploads/2025/10/IMG_1097-256x192.jpg)
