Apple製品は、優れたデザインと革新的な機能により、ユーザにまったく新しい体験を届けてくれます。以前、別の記事でも書きましたが、Appleは自社製品を「知財ミックス」という戦略によって保護しています。
しかし、Appleがユーザに提供する魅力は製品だけではありません。2001年に米国で第1号店をオープンさせて以降、Apple Storeでの「顧客体験」も重視しています。Apple Storeは日本でも10店舗が展開されており、一度でも訪れたことがある方なら、その空間と体験の上質さを身をもって感じていることでしょう。
Appleは、そんなApple Storeでの顧客体験も知的財産権で保護しています。では、どのような戦略をとっているのか。弁理士である筆者が解説します。
ジョブズの哲学が生きるApple Storeの設計
スティーブ・ジョブズは、顧客に学びを与え、つながりを作り、あらゆる人に提供したいサービスを伝えるということをApple Storeのビジョンとしていました。そのためApple Storeは、顧客が新製品に触れて試し、Appleが提供しようとしている価値を体感できる場として設計されています。
たとえば、Town Square(タウンスクエア)形式の店舗は、タウンスクエアのように人が集まる場所を作るというコンセプトに基づいて、Forum(フォーラム)と呼ばれる空間が設けられています。その空間では、Apple製品の使用方法などについて、楽しく学べる無料のイベント「Today at Apple」などが開催されています。

“家具”を置いて完成する。Apple Storeの柔軟性
東京都新宿区にある「Apple新宿」もこのタウンスクエア形式です。Apple新宿では、入り口の正面に6Kディスプレイが設置されており、そのディスプレイの周囲がフォーラムとして使用されています。

そしてフォーラムの周辺にあるのが、Apple製品が展示されるテーブルです。Apple新宿を訪れた人とストアスタッフが、対面ではなく隣同士になった状態でコミュニケーションが取れるような配置を採っています。
さらに、壁には周辺機器等を陳列するための什器を設置。Avenue(アベニュー)と呼ばれる展示スペースを形成しています。
ポイントは、店内に“家具”を設置することで店舗が完成するということ。これにより、販売する製品の変化に応じてテーブルや什器の種類や配置も変更できるのです。
Apple Storeの“体験”を保護するため、Appleが取得している知的財産権とは?
Appleは、Apple Storeにおける独自の体験を保護するために、知的財産権を積極的に活用しています。特に、「意匠権」は重要な役割を果たしているといえるでしょう。
(1)意匠権の対象
意匠権とは、他者によるデザインの模倣を排除できる権利です。
意匠権の対象は、単なる製品デザインにとどまらず、画像や店舗の内装、建築デザインまで広がっています。Appleは製品のデザインだけでなく、Apple Storeのデザインについても意匠権を取得しています。
ちなみに、意匠権の内容はJ-platpatで確認することが可能です。
Appleが日本で取得している意匠権もJ-platpatで確認できます。店舗での顧客体験を守るため、日本で取得している意匠権を見ていきましょう。
(2)日本で取得している意匠権の例
日本において、Appleは下図のような店舗のデザインに関する意匠権を取得しています。
下図は、意匠権(意匠登録第1558415号)を取得するために特許庁にした出願の願書に添付されていたものです。その願書には、中央に表れる横長の長方形部分は、たとえば画像表示部であり、左右に表れる横長の長方形部分は、たとえば商品等の展示・掲示部であると説明されています。

また、店内に配置するテーブルのデザインやテーブルの上で商品を展示するための道具についても、以下のように意匠権が取得されています。


さらに、アベニューで使用されている商品陳列什器についても意匠権を取得しています。

(3)意匠権を取得する理由
意匠権を取得することで、出願の際に提出した図面等により特定されるデザインと同一のものだけでなく、類似のものも含め、他者の利用を排除できます。
Apple Storeのデザインは、Appleのイメージを構成する重要な要素です。そのため、Apple製品と競合する製品を販売する他者が、Apple Storeのデザインと類似するデザインを採用した場合、提供されるサービスによってはAppleが築き上げてきた信用が損なわれる可能性があります。意匠権を取得することで、店舗の視覚的な独自性を保持し、誤認によって信用が損なわれることを防げるのです。
また、テーブルのデザインなど、Apple Store以外でも使用できる物のデザインについても意匠権を取得することで、「Apple Storeのデザインは模倣されていないが、テーブル等のデザインを模倣される」という事態を防ぐことができます。
さらに、変更する頻度の高いデザインと変更する頻度の低いデザインを別々にして、それぞれで意匠権を取得しているのもポイントです。変更する頻度の高いデザインについては適宜意匠権を取得し、製品の進化に応じた店舗体験の最適化を実現。そして、変更する頻度の低いデザインは長期間にわたって使用し、そのデザインに信用を蓄積させています。その蓄積した信用のもとで、Appleらしい顧客体験を維持しているわけです。
Apple Storeでの“顧客体験”も知的財産権で保護
Appleは、製品のデザインだけでなく、店舗や家具のデザイン等に意匠権を取得することで、Apple Storeでの顧客体験も知的財産権で保護する戦略を採っていると考えられます。
Appleのように顧客体験を重視する企業にとって、サービスを提供する際に用いられる道具や空間のデザインを保護することは重要な戦略の一つです。
Apple Storeを訪れた際には、単なる店舗としてではなく、意匠権などの知的財産権によって守られたブランド体験の場として見てみると、新たな発見があるかもしれません。
著者プロフィール

緒方昭典
複数の弁理士事務所に勤務したのち、スタートアップに対して、特許や商標などの権利取得だけでなく知財活用を支援するため、くじら綜合知財事務所を設立。 現在は、広くベンチャー企業の知財活用の支援に注力。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。