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iPhoneやiPadの“ヌルヌル”と滑らかな画面の秘密は「ProMotion」テクノロジーにあり!

著者: 今井隆

iPhoneやiPadの“ヌルヌル”と滑らかな画面の秘密は「ProMotion」テクノロジーにあり!

画像:Apple

※本記事は『Mac Fan』2021年12月号に掲載されたものです。

読む前に覚えておきたい用語

「ProMotion」テクノロジーとは?

「ProMotion」テクノロジーは、2017年6月に発表された10.5インチiPad Proと12.9インチiPad Pro(第2世代)にはじめて採用された可変リフレッシュレート機能のことで、最大120Hzまで表示リフレッシュレートを向上させることができる。

ProMotionテクノロジーは2017年にリリースされたiPad Proシリーズではじめて採用された。Apple Pencilで描いた際の描画遅延が小さくなり「ペン先が吸い付くような書き味」と称された。また画面スクロールの滑らかさは特筆もので「その動きに慣れると60Hzには戻れない」といった声もある。

従来のiPhoneのディスプレイのリフレッシュレートは60Hzに固定されていたが、iPhone13 ProシリーズはこのProMotionに対応し、必要に応じてリフレッシュレートを10Hzから120Hzまで可変できるようになった。


リフレッシュレートが可変になったことで、さまざまなアプリの動きが滑らかになる。その恩恵がもっとも大きいのがゲームアプリで、120Hzの高リフレッシュレートにより視点やオブジェクトの移動が滑らかになり、さまざまな動きに対する視認性が大きく向上する。またブラウザなどでのスクロールが非常に滑らかになり、スクロール中でも内容を把握することが容易い。

Appleのデベロッパ向け資料「Optimizing ProMotion Refresh Rates for iPhone 13 Pro and iPad Pro」によれば、ProMotionに対応したAPIとして UIKit、SwiftUI、SpriteKit、CAAnimationが用意され、iPhoneとiPad Proでは対応リフレッシュレートが異なるとされている。
画像:Apple

さらにiPad ProではApple Pencilの動きに対する追従性が向上し、よりリアルで滑らかな描き心地が得られるようになった。このような可変リフレッシュレート技術はVRR(Variable Refresh Rate)と呼ばれ、ゲーミングPC向けに開発されたのが始まり。


GPUベンダーのNVIDIAが2014年1月に発表した「G-Sync」は、GPUの描画とディスプレイのリフレッシュタイミングを同期させることで、画面内に表示ズレが発生する「Tearing」や、動きにカクつきが発生する「Stuttering」などを解消し、ゲームプレイ表示を滑らかにすると同時に表示遅延(画面描画の遅れ)を低減できる。


一方、G-Syncに対抗して競合のAMDが発表したのが「FreeSync」で、G-Syncと同様の機能をロイヤリティフリーで提供した。さらにディスプレイ関連規格を制定する業界標準化団体「VESA(Video Electronics Standards Association)」は、FreeSyncを「DisplayPort 1.2」に追加し「Adaptive-Sync」として標準化した。


iPhoneに話を戻そう。ProMotionは滑らかでスムースな表示を実現できる反面、高リフレッシュレートによる消費電力の増大というデメリットがある。たとえば120Hzでディスプレイを駆動するには、GPUがメインメモリに描画する速度、メインメモリから表示データを読み出す速度、これをディスプレイに伝送する速度、ディスプレイの表示を更新するためのスキャン速度などをすべて2倍速で行う必要がある。当然これらは消費電力の増大に直結するため、iPhoneのバッテリ駆動時間が短くなる。

Appleが開発した「LTPO」という切り札

ProMotionの採用による消費電力の増大という課題を解決するために、AppleはiPhone 13プロシリーズの「ProMotion搭載Super Retina XDRディスプレイ」に「LTPO(Low Temperature Polycrystalline Oxide)」と呼ばれる低温多結晶酸化物を、OLED(有機ELディスプレイ)のバックプレーン上のTFT(薄膜トランジスタ)に採用した。

LTPOを採用したOLEDは、従来のLTPS採用のOLEDと比べてリーク電流が少ないため、リフレッシュ後の明るさの低下が少なく消費電力も小さい。iPhone 13 ProのProMotionはこの特長を活かしてチラつきの少ない低リフレッシュレート表示を実現している。

LTPOの魅力は、極めて小型ながら優れた応答速度を持つLTPS(低温多結晶シリコン)の特性と、リーク電流が極めて少ない酸化物半導体の特性を兼ね備えていることで、応答速度が高速ながらも消費電力が少ないという優れた特徴を備えている。

Appleは2019年9月のスペシャルイベントでApple Watch Series 5を発表したが、その際にRetinaディスプレイにLTPOをはじめとするさまざまな省電力技術の導入によって、文字盤の常時表示を実現しながら従来レベルのバッテリ駆動時間を実現したとアナウンスしていた。
画像:Apple 


実はLTPOをAppleが採用したのはこれがはじめてではなく、2018年9月に発売されたApple Watch Series 4でLTPO採用のOLEDが搭載された。これによりSeries 4は表示領域を30%拡大したにもかかわらず、従来モデル以上のバッテリ駆動時間を実現した。

さらにリーク電流が非常に少ないというLTPOの特徴を活かしたのが、シリーズ5で採用された「常時表示」機能だ。常時表示ではリフレッシュレートを最小1Hz(1秒に1回)まで低減し、かつウォッチフェイスのデザインを変更して発光面積を減らすことで、画面を常に表示しているにもかかわらず実用的なバッテリ駆動時間を実現した。

Apple Watchは2019年9月に発売されたSeries 5から、Retinaディスプレイに情報を常時表示できるようになった。消費電力の増加を抑えるためにリフレッシュレートを1Hzまで抑え、ウォッチフェイスも常時表示に対応したデザインが新たに追加された。


iPhone 13 ProシリーズのProMotionでは、最小リフレッシュレートを10Hzに設定し、10Hzから120Hzまでの範囲でリフレッシュレートを可変する仕組みを採用した。これによって必要なときにはリフレッシュレートを120Hzまで引き上げてUX(ユーザエクスペリエンス)を向上させながら、画面の更新を必要としないシーン(変化の少ない画面)ではリフレッシュレートを10Hzまで下げることで消費電力を低減する。

iPhone 13 Proシリーズは同じリフレッシュレートであれば、iPhone 12 Proシリーズと比べて消費電力を15〜20%低減できるという。それを可能にしたのがLTPO技術というわけだ。AppleはこのLTPOに関する特許を保有しており、OLEDベンダーにその技術を提供することでiPhone 13 ProシリーズのディスプレイにLTPO技術を導入することに成功した。

ProMotionのMacへの展開に期待

Appleは6月のWWDC(世界開発者会議)21で新macOSである「macOS Monterey」おいて、VESAの可変リフレッシュレート規格であるAdaptive-Syncをサポートすることを発表。


MacとAdaptive-Sync対応ディスプレイとの組み合わせにおける可変リフレッシュレート対応を表明した。そして2021年10月に発表された「M1 Pro/M1 Max」を搭載した新MacBook Proシリーズにおいて、MacでははじめてProMotionに対応した。同製品ではmini LEDバックライト採用によるXDR(Extreme Dynamic Range)対応も相まって、MacBookの表示性能を新たな次元へと引き上げている。


今後登場するiMacの上位モデルやMacBook Airなどでも、ProMotionへの対応によって滑らかな画面表示の実現、そしてバッテリ動作時間の向上などが期待される。特にM1 ProやM1 MaxではGPU性能が大幅に強化されたこともあり、高リフレッシュレートにおけるProMotionの効果がより顕著に表れるはずだ。

いずれ、すべてのApple製品、その上で動くすべてのソフトがProMotionの恩恵を受ける日が来ることを期待したい。

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著者プロフィール

今井隆

今井隆

IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。

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