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iPhoneが高機能なのに軽くて小さいのはなぜ? Apple製品が採用する“3D化”技術の秘密

著者: 今井隆

iPhoneが高機能なのに軽くて小さいのはなぜ? Apple製品が採用する“3D化”技術の秘密

画像:iFixit

※本記事は『Mac Fan』2022年3月号に掲載されたものです。

読む前に覚えておきたい用語

3D NAND技術による大容量化と高性能化

最初に取り上げるのは、あらゆるApple製品に搭載されているストレージ「SSD」の心臓部「NANDフラッシュ」の3D化技術だ。NANDフラッシュは不揮発性メモリの一種で、記録セルでは「フローティングゲート」と呼ばれるコンデンサに電荷を貯えることで情報を記録する。

NANDフラッシュに限らずメモリデバイスの大容量化の手段としては微細化、すなわち製造プロセスを向上させるのが一般的だが、NANDフラッシュでは微細化によるフローティングゲートの縮小により記録セルのコンデンサ容量が低下してしまう問題がある。結果としてエラーが増加したり、記録セルの寿命が短くなるなど、微細化にともなうデメリットが大きい。そこで考えられたのが、従来の面積方向に加えて高さ方向にも記録セルを積み重ねる「3D NAND」技術だ。

iPhoneのロジックボードの中央に搭載された銀色の大型チップがフラッシュメモリ。3D NAND技術を用いるフラッシュメモリのダイをさらにパッケージ内に複数積層することで、限られた面積で大容量を実現している。
画像:iFixit


3D NANDは2014年にサムスン電子や東芝によって実用化され、現在では100層を超える製品も登場している。今では市場に出荷される大容量NANDフラッシュは、そのほとんどが3D NANDに置き換わっているのが実状で、iPhoneやMacなどに搭載されているSSDも例外なく3D NANDを使用している。3D NANDはダイ(シリコン)ベースで積層されているのが特徴で、iPhoneやMacが採用するNANDフラッシュは、その3D NANDのダイをさらに複数積層したパッケージチップを搭載している。

3Dパッケージ技術が採用されているのは、ストレージであるNANDフラッシュだけではない。メインメモリである「LPDDR SDRAM」も、それを搭載するAppleシリコンにも3Dパッケージ技術が採用されている。iPhone 7に搭載された「A10 Fusion」以降では、台湾・TSMCの3Dパッケージ技術「InFO WLP(Integrated Fan-Out Wafer Level Packaging)」をベースとしたテクノロジーが導入されている。

「InFO WLP」ではSoC(システム・オン・チップ)の上にメモリチップをスタック(積み重ね)実装できるのが特徴で、ロジックボード上にそれぞれの部品を個別に搭載する従来(インテルMacなど)の方法と比べて多くのメリットがある。

「InFO WLP」は台湾・TSMCがスマートフォンやウェアラブル端末向けチップ用に開発したパッケージ技術で、SoCのパッケージ上にPoP(Package on Package)と呼ばれる技術を用いてメモリチップ(SDRAM)を積層することができる。
画像:TSMC


1つはスタック実装によってロジックボード面積を縮小できることで、単にフットプリント(チップを載せるための面積)が減るだけでなく、SoCとメモリチップ間の配線パターンも不要になることから、基板サイズの縮小メリットが大きい。またSoCとメモリチップ間の配線長が大幅に短くなり、より高速動作が可能となるため性能面でも有利だ。

ただし、「AX」シリーズや「M」シリーズには「InFO WLP」は使われていない。その理由はSoCの直上にメモリチップを配置すると、SoCに放熱システムを直結できなくなるためだ。性能強化されたAppleシリコンでは、パッケージ上のSoCダイとメモリチップは横並びに配置され、SoCダイにはヒートスプレッダが搭載されている。一方でパッケージに搭載されたメモリチップには積層パッケージが採用されており、この部分は3Dパッケージとなっている。

iPhoneに採用された基板積層技術

iPhone X以降のモデルには、ロジックボード自体を積層する技術が採用されている。iPhoneをはじめとするスマートフォンでは、内部スペースの有効活用は極めて重要な課題だ。ロジックボードの面積を小さくすることで、空いたスペースを使ってより大容量のバッテリを搭載することが可能となり、稼働時間を延ばすことができるからだ。

iPhone Xのロジックボードは、よく見ると3枚の基板で構成されていることがわかる。チップを満載した上下2枚のロジックボードと、その2枚を相互接続するブリッジボードだ。一般的に複数の基板を接続する際には、両者を「フレキシブルケーブル」と呼ばれる柔軟性のある基板で接続することが多い。しかしiPhone Xではロジックボード全周に渡るブリッジボードを開発することで、膨大な配線をケーブルを使うことなく接続している。

iPhone Xの2枚のロジックボードを接続するのは、スルーホール(垂直貫通電極)のみで構成された特殊な基板だ。これによって2枚のボード間の配線が不要になるだけでなく、耐衝撃性や耐ノイズ性能も大きく向上している。
画像:iFixit

またこの構造では2枚のロジックボードを強靱に一体化すると同時に、導体で全周を覆うことで高いシールド性能と優れた放熱特性も実現。この3D構造のロジックボードは最新iPhoneでも受け継がれており、カメラユニットの大型化や5G対応による部品増加にもバッテリ容量を大きく減らすことなく対応できる原動力となっている。

iPhone Xのロジックボードの総面積はiPhone 8よりも35%大きいが、2枚の基板を積層することで実装面積は70%まで小さくなっている。
画像:iFixit

バッテリにも採用? 新たな3D実装技術

そして今、新たな3D技術の対象デバイスとしてバッテリに注目が集まっている。それが「バイポーラ型二次電池」だ。直近では2021年7月にトヨタ自動車が発表したハイブリッド車・第2世代アクア(AQUA)の駆動用バッテリとして「バイポーラ型ニッケル水素電池」が採用され話題を集めた。

二次電池では、正極と負極の両集電体間に電解液を満たし、その間にセパレータを挟んだ構造になっている。これを1つのバッテリセルとして、複数のセルを直列に接続することで、目的の電圧を得るのが従来のバッテリモジュールの構造となっている。

一方のバイポーラ型では、単一の集電体の両面に正極と負極を形成し、その間に電解液とセパレータを積層することで、複数のバッテリセルを直列接続したときと等しい構造を実現している。セル構造を三次元的に積層することで、集電体数を半減すると同時にセル間のパッケージ(容器)分のスペースを削減できることから、従来の半分程度の容積で同等のエネルギーを蓄積することができる。

従来のバッテリは、正負2枚の集電体を持つバッテリセルを複数接続している(図左)。バイポーラ型では1枚の集電体の両面に正負電極を設け、セル構造をパッケージ内部で積層することで実装密度を高めると同時に、配線抵抗の大幅な低減も実現している(図右)。

また、セル間の集電体を接続する配線が不要になり、抵抗値が大きく下がることから、エネルギーロスの低減と大容量の充放電が可能となる。

現在実用化されているバイポーラ型バッテリは主にニッケル水素系と鉛系だが、今後リチウム系バッテリにも展開が期待される。中でも次世代電池と呼ばれる全固体リチウムイオン電池との親和性が高く、小型軽量化が実現できることから、iPhoneなどのスマートフォン向けの次世代バッテリとして期待されている。

このように最近のAppleデバイスをはじめとするIT機器では、さまざまな3D技術が取り入れられており、デバイスの小型軽量化に寄与している。その流れは今後も加速され、情報デバイスの高密度化に大きく貢献するに違いない。

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著者プロフィール

今井隆

今井隆

IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。

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