スティーブ・ジョブズが「暫定CEO」としてAppleを主導する体制となり、”Think different”が始動すると、Appleは覚醒し、「大聖堂」のレンガを一枚ずつ積み上げていく変容が始まった。Think differentは単なる広告ではなく、Appleが再び世界を変える決意のマニフェスト(宣言)であり、「大聖堂」の設計図であり、破壊的創造を示す黙示録であった。
封印が解かれる黙示録には、創造の業に伴う熾烈な破壊が示されている。Appleは、方向を転換しなければどうなっていたか…。20年以上経った今でも、思い起こすと戦慄におののく。1985年にApple自身が発表した「レミングス」というCMは、先が見えずに崖へ向かって行進するレミングたちの姿を映し出していた。しかし皮肉にも、それは1996年のAppleを予言していたかのように思える。
なお、本記事は前後編でお届けする。後編はコチラから。

ジョブズからマーコムチームへ。強力な駆動力となった指令
ブランド戦略の展開を担い、スティーブ自らが率いるワールドワイド・マーケティングコミュニケーション(WW Marcom)グループは、世界で一貫性のあるブランド・広告・広報・イベント・Webサイト・コラテラルを戦略的に展開するチームで構成されていた。
ブランド戦略の施策は、クパチーノ本社のチームで制作し、スティーブの承認を経て世界展開した。各国のチームはクパチーノと協働し、それぞれの市場向けにローカライズする。崖っぷちのAppleを立て直す使命を実行するために、スティーブがチームに下した指令は再生への強力な駆動力であった。
「インパクトを最大化せよ」
スティーブの思考やビジョンは、宇宙規模の壮大さをもちながら、細部に宿る「神」を見出すことを求める。既存のビジネスやマーケティングの枠組みではなし得ないものばかりで、時空を超えた暗黙知に覆われていた。
インパクトを最大化する最高のブランド展開のために、想像力を働かせ、創造性を最大限に発揮しなければならない。従来のアプローチでは解けない難問に直面し、WW Marcomのチームメンバーの頭には、つねに聖書の黙示録にある言葉がよぎった。
「思慮のあるものは、解くがよい」。
さて、Think differentの黙示録より、7つの封印を解いていこう。
第1の封印:はみだし者 反逆者は規則を嫌う
はみだし者、反逆者、厄介者。Appleは、すべての領域において現状を肯定しないようになった。WW Marcomのチームも、広告を含め、広報・イベント・コラテラルなどすべての領域において、数々の前代未聞な展開を求められた。
「インパクトを最大化する」
その心は、“Insanely great(狂おしいほど素敵な)”ものを創造し、提供する、であった。洗練を極めることへの究極のこだわりだ。どこに“Think different”のOOH垂れ幕を掲げると、インパクトを最大化できるだろう? TVや新聞の掲載は、ほかとどう差別化できるだろうか。
商習慣、社会や業界の通念、慣例、前例。さまざまな規則や制約にぶつかると、「できっこない…」という思いが浮かぶ。自分の中から抵抗勢力が首をもたげる。
WWマーコムチームに、従来の枠組みは通用しない。広告を掲載するメディア計画の会議で、リーダーが「どの媒体にしようか」と聞くと、いっせいにミーティングに参加するチームメンバー(Appleの広告担当とChiat\Day、およびTBWA Japanのスタッフ)が手をあげる。「もっともおしゃれで、尖っているこれで行こう」
初参加のメンバーが根拠となる指標を尋ねると、「何がユーザに響くかは、私たちが知っている。数値に頼ってはダメ」と。Think differentな広告を掲載する媒体は、認知率・購読者数・発行部数、視聴率を指標とするKPI設定や効果測定は議論されなかった。現状を肯定せず、既成の制約を疑うところに変容が起きる。そして誰もやったことがない、不可能なことを実行に移す人間へと変容する自分を発見する。「世界を変える、一人ずつ」の真骨頂だ。そして、結果はすべて後からついて来るのだ。

第2の封印:賞賛する人 けなす人 抵抗勢力
賞賛する人、反対する人、けなす人。変革には、必ず抵抗勢力が生まれる。
1998年5月6日にクパチーノのフリントセンターでiMacが発表されると、イノベーションの象徴として熱狂的に支持された。ボンダイブルーの丸っこい半透明の筐体のiMac。まさにInsanely Greatな製品で、Appleが満を持してコンシューマ市場に殴り込みをかけた歴史的な日であった。
しかし一方で、業界に精通するアナリストは、常識を別次元へと逸脱したiMacは売れるはずがないと断じた。
実は、イベントで何が発表されるのかはAppleの社員も知らなかった。開発担当以外、会場ではじめてiMacの存在を知らされたのだ。我々WWマーコムチームも、内容は知らされないまま、クパチーノの広報の責任者のケイティー・コットンのチームと未知の発表会に招待すべき日本のメディアについてのやりとりをしていた。
私はCOOのミッチ・マンディッチから招待状メールを受け取り、ゴールデンウィーク中に日本を発った。しかし、行き先と目的は家族にもApple社員の誰にも告げてはならなかった。
日本での発表に備えるべく、日本のオフィスに電話し、クパチーノに来ていることをスタッフに伝える。連休が明け、大事な発表があったのに河南の消息がつかめないと騒ぎになっていたところだった。
発表イベントの後、すぐにステージ担当からスティーブが使ったプレゼンスライドと、ケイティーからプレスリリース原稿を入手し、準備に取り掛かった。Appleの徹底した情報管理も、従来のやり方を根底から覆すものだったと言えるだろう。
iMacは来るインターネット時代を先取りし、CD-ROMドライブ、モデムを標準装備した革命的な「未来」のコンピュータであった。フロッピーディスクドライブをなくし、シリアルポートの代わりに新しいUSBを装備したのも画期的だ。
当時の周辺機器は、コストを抑えるためUSBを採用していなかった。つまり、iMacはつながるプリンタがないパソコンだった。調査をかけて市場が求めるものを開発していたら、「真っ当な」何の変哲も無い製品になっていただろう。万人受けを狙った製品から革新は生まれない。iMacで熱狂的な支持者を獲得し、変革の覚悟を決めたAppleは、抵抗勢力にも無視できない存在となった。
第3の封印:発明する 創造する 最高のものを造る
発明する、創造する、心をいやし、奮い立たせる。人間を前進させる。
スティーブは、最高のものをつくること、洗練を極めることに妥協しない。こだわりと執念でInsanely greatを生み出す。そして、そのこだわりを周りにも求めた。製品や広告だけでなく、制作物や表現にも、すべてに。
Appleへ復帰後、スティーブがはじめて来日したのは1999年2月のMacworld Tokyoである。1月のサンフランシスコで行った発表を再現した。モノトーンを基調としたシックで洗練されたデザインの展示ブースもそのままである。
造作物は、仕様と寸法に従った設計の「複製」ではなく、そのまま使えとの指示であった。日米のイベント担当者同士で協議し、日本の技術をもってすれば、アメリカの造作物を問題なく再現できると合意をしていたが、スティーブの洗練へのこだわりであった。
5色のiMacの発表直後、サンフランシスコの展示ブースで下された指示だったが、撤収後すぐに展示関連の造作物を日本へ海上輸送するよう手続きをとった。
Macworld TokyoのAppleブースの設営が完了すると、スティーブ自ら会場でチェックをする。会場の天井に組んだトラスから吊るしたThink differentの垂れ幕に一筋の皺を見つけると、すぐに対処するようスティーブから指示がでた。マーコムチームメンバーの中には、心臓発作を起こすスタッフが…(幸い、いなかったが)。
即、会場から引き上げたクレーン車を呼び戻し、天井から幕をはずして修正作業を始めた。
半透明(トランスルーセント)のポリカーボネートの筐体は、ジョナサン・アイブのデザインチームがキャンディ工場で研究したことを踏まえ「お菓子のような、触れたくなる透明感と瑞々しさ」を再現した。
単純なプラスチックの着色では生まれない色合いと質感(テクスチャ)だ。ブースの展示台は、アクリルの下から照明を当てるようになっており、1mmでも寸法が違うとiMacの美しさを表現できない。5色のiMacの広告で使ったキャッチコピー(タグライン)は「Yum」(美味しそう)だ。展示台に飾られたiMacに、キャンディの色の深みと透明感と質感を再現した。

第4の封印:暗黙知 思考 水平思考
Think differentを体現したiMacとApple。その大転換を訴求する活動が一気に加速した。
「規則を嫌い、現状を肯定しない」マインドに鍛えられ、”Think different”や初代iMacの反響を肌で感じながら、日本のマーコムチームも創造性を発揮し、日本でインパクトを最大化するアプローチと提案を打ち出すようになった。
当初は「できるわけがない」と尻込みしたアイデアに果敢に挑み、インパクトを研ぎ澄ます手応えが、チームの中で急速に膨らんでいったのだ。静寂の中に聞こえる音楽や空白のキャンバスに描かれる芸術が、おしゃれで尖った洗練を極めるものにこだわるチームに変貌していった。
私だけではなかった。チームの誰もが、同じ変容を別の領域で経験している。スティーブはあらゆる機会をとらまえ、小さなものであっても収益や市場の反応に着実な回復の兆しがあることを強調し、社員の心と身体に、Appleが世界を変える気概と自信を取り戻させつつあった。
おしゃれで尖ったインパクトを最大化する広告の多くは、「四角い穴に丸い杭」を打ち込むものであった。意気揚々とアイデアを媒体の担当者にアプローチすると、どれも前例がない、方針に合わない、規則が曲げられない、条例違反となるなどの理由で、実行は無理だと断られるものばかりである。
しかし、最高のものを創ることにこだわり、洗練を突き詰めていくと、静寂の中に音楽が聞こえ、ディスラプション破壊的創造が起きるのだ。すべて実施した。
実施した広告の例
・東京都には、掲出する広告は100m2までとする条例がある。しかし、条例に適合する形で500m2の広告を掲出した。
・当時、パソコンを扱う百貨店はなく、百貨店は販売していない製品の垂れ幕をつけない。しかし、百貨店のやファッションビルに垂れ幕を掲げた。
・南青山の一番視認性のあるビルに垂れ幕を掲げた。しかし、そのビルはマンションだった。垂れ幕を掲載する期間、住民は暗闇で生活した。
・「おしゃれな駅」だけをジャック。本来、広告代理店のメニューは全駅が対象となっていた。
・数日間連続し、新聞の15段広告に掲載。前例はなく、紙面が確保ができないと言われた。
・TVのゴールデンタイムに、全局同一時間で広告を流した。本来、そのような枠は販売されていない。

これらは実施したものの一部に過ぎない。ほかにも日本発の広告が制作され、新聞など当初対象メディアになっていなかったが、創造的なアイデアとクオリティで日本発のものが認められ、世界標準になったものもあった。
暗黙知を解くことを難しくする理由の一つは、クパチーノから送られてくる広告の説明がなく、クリエイティブのコンセプトがわからないものがあったことだ。多くは自明の理なのだが、1998年のiMacのCM「Say hello to iMac」の解読には苦労した。
映像からは、デザインなどiMacの特徴を説明したナレーションらしいとわかるのだが、日本の高等教育でも直面したことのない単語が暗号のように並んでいた。辞書を片手に解読したが、日本語訳を並べると凡庸なつまらない広告である。何を尖らせたかったのか真意がわからない。
iMacのCM「Say hello to iMac」で並べられた5つのワード
・Perpetually Complicated (はてしなく複雑)
・Profusely Corded (混沌を極める配線)
・Physically Conspicuous (煩わしいたたずまい)
・Particularly Costly (道理をわきまえない価格)
・Un-PC (PCとは違う)
広告代理店のクリエイターとしばらく議論して、それぞれがPとCで始まる単語で、「PC」のもじりであることが判明した。つまりiMacがいかにWindows PCとは違うのかを訴求する広告になっていたのだ。
コンセプトはわかったが、日本語訳をならべても芸がない。来る日も来る日も考えに考え抜いて、ついにナレーションが仕上がったのは収録開始の3分前だった。そういう経験をして、できっこないと考える自分がいなくなるのだ。
暗黙知を解く知恵を働かせるには、水平思考のフレームワークが有用だ。転用、応用、変更、拡大、縮小、代用、置換、逆転、結合など異なる視点でものごとをとらえる思考法である。もう一つの効果的な視点はウィットだろう。
クパチーノから送られてくる広告クリエイティブには、英語圏外では展開が難しいものの、茶目っ気たっぷりのものがあった。ローカリゼーションで頭を抱えるクリエイティブは、たぶんスティーブとChiat\Dayスタッフのウィットの産物であろう。そのたびに、「Say hello to iMac」のときに聞こえたあの言葉が浮かんでくる。
「思慮のある者は、解くがよい」


おすすめの記事
著者プロフィール
河南順一
Apple、マクドナルドでマーケティングとコミュニケーションを担当。厳しい経営環境下、Appleでは“Think different”のブランド戦略に参画し、マクドナルドではCEOコミュニケーションの刷新を主導。同志社大学大学院ビジネス研究科教授を経て、株式会社マーコムシナジー源代表取締役。著書『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)。








