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【後編】スティーブ・ジョブズが帰還したあの日。元Appleのマーケター・河南順一が見た“Think different”キャンペーン。破壊的イノベーションの黙示録

著者: 河南順一

【後編】スティーブ・ジョブズが帰還したあの日。元Appleのマーケター・河南順一が見た“Think different”キャンペーン。破壊的イノベーションの黙示録

“Think different”は、ディスラプション、すなわち既存の前提を覆し、新たな価値を創出する「破壊的イノベーション」へとつながる、スティーブが好んで口にした「宇宙にへこみを残す」マインドセットである。それは、Appleの事業再生と覚醒を促した。

そしてそれは、30年後の現代に生きる私たちにも、革新的な未来へ前進する道筋を照らす「黙示録」でもある。

なお、本記事は【後編】である。【前編】はコチラから

“Think different”キャンペーンの起動。日本語ローカライズで消えた一節

1997年9月28日、TV60秒版の”Crazy Ones”(クレイジーな人たち)が、ワンダフル・ワールド・オブ・ディズニーでトイ・ストーリーを放映中に流された。同時期に始まった雑誌などの印刷媒体では、TV版のナレーションにはない言葉も加えられている。Appleが世の中を変える「クレージーな人たち」を讃え、世界を変えるための「道具」を作る会社であることを宣言する「マニフェスト」であった。

日本語版は、1998年はじめから展開したが、英語版の原文から一部省略されている部分がある。コピーライターが、日本語としての言葉選びで、響き・リズム・トーン・デザイン等を考慮し、目に訴え心に響く日本語コピーを開発する際、レイアウトに収まらず省かれた語句があったのだ。公式日本語版には入らなかったが、私が好きな「火星探査機」の一節を含めた翻訳を紹介したい。

Think different プリントメディア広告コピー。公式日本語版は変更を加え、火星の探査機の一節は省略されていた。

“Think different”は単なる広告ではなかった。Appleに関わりがあろうとなかろうと、それに触れた多くの人々の心に意識の転換を促し、覚醒をもたらした。それは、原案を考案したクレイグ・タニモトに降りた「啓示(revelation)」であったと、Forbes誌は記している。

タニモトはChiat\Day(シャイアット・デイ)のクリエイターだ。彼は学生時代、Macintoshの伝説的なCM「1984」に衝撃を受け、広告業界に入ることを決意した。その13年後、奇しくも“Think different”を担当することとなり、「宇宙にへこみを残す」傑作が創造されている。

スティーブの復帰に伴い、広告代理店はBBDOからChiat\Dayへと切り替わった。Chiat\Dayは「1984」を手がけた代理店であり、その創設者リー・クロウが率いるチームだった。




ディスラプション(破壊的イノベーション)の黙示録。スティーブ・ジョブズが体現したこと

すべてを覆し、あらゆる既成概念を打破し、幾多の抵抗勢力に抗い続けたAppleの再生は、壮絶な「ディスラプション(破壊的イノベーション)」であった。

スティーブ自身が「ディスラプション」という言葉を口にしたことはないが(少なくとも公の場では)、その人生、思考、行動がそれを体現していた。そして、この時期にそれを増幅した二人の人物がいた。一人はハーバード・ビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセン。もう一人はChiat\Day(シャイアット・デイ)のリー・クロウだ。

クリステンセンは著書『イノベーションのジレンマ』において、ディスラプションを「破壊的イノベーション」と定義し、理論として体系化した。スティーブがこの書に強い影響を受けていたことは、ウォルター・アイザックソンの著作『スティーブ・ジョブズ』の中で記されている(スティーブが愛読した唯一のビジネス書だった)。

そしてリー・クロウは、スティーブの復帰前後を通じて盟友としてブランド戦略の中核を担い、Apple再生に力を与えた。「ディスラプション」はChiat\Dayが属するTBWAグループが掲げるフレームワークだが、その精神はリー・クロウ自身によって体現されている。

「正しいまっとうなことをやるだけではダメだ。とんでもない勇敢なことを選択しディスラプトしなければならない」

世界を席巻する“Think different”キャンペーン。広がる「クレイジーな人たち」の輪

“Think different”のうねりが世界を席巻する中で、「クレイジーな人たち」の系譜は広がっていった。そこに名を連ねることは栄誉であり、その功績は光に照らされた。タニモトに降りた「啓示」は、やがて広く共有され、多くの人の心を動かし、意識転換と行動に駆り立てたのだ。“Think different”にちなんだ写真集を刊行する出版社も現れた。

“Think different”をテーマとした写真集
「クレイジーな人たちへ アップル宣言」。Appleロゴを入れるのを許可した私は、スティーブと本社スタッフから責められ、表紙の帯を回収する事態に。

“Think different”のナラティブには、固定観念の打破、抵抗や圧力への対峙、人間の創造性、テクノロジーと人間性の交差、人間の能力を増幅する道具としての思想、そして信じることの力が織り込まれている。

巷には、ミッションにイノベーションを掲げ、変革を宣言しない組織やリーダーはほとんどいない。だが実際にそれを実行し、成し遂げているのはどれほどいるだろうか。“Think different”を宣言したAppleは、挫折や試練を乗り越え、史上最大級の時価総額を生み出し得る企業へと変貌し、自ら破壊的イノベーションの力を実証した。

“Think different”は、Appleの軌跡そのものを証として、30年を経た今もなお、そしてこれからも、私たちに警鐘を鳴らしながら道筋を示し、力を与え、人類を前進させる啓示を凝縮した「黙示録」ではないだろうか。




Appleの復活につながる社員たちの覚醒のプロセス。“Think different”の本当の力

人に「啓示」が降りるとき、2つのパターンがあると言われる。

突如として真っ暗な部屋に電気を灯すような鮮烈な覚醒か、あるいは、夜明けに陽光が差し込み、山並みが少しずつ色づいていく目覚めか。私の中で“Think different”の視座が確立した過程は、後者であった。

“Think different”のキャンペーンが起ち上がるのと並行して、日本の広告チームは日本版“Think different”開発に取り掛かっていた。「クレージーな人々へ」とするのか「クレージーな人たちへ」とするかなど、日本語化の「作業」に追われていた。

1997年秋、リー・クロウが“Think different”の反響を共有するミーティングを招集し、報告に混じって、ある父親からのメールを紹介した。

10代の息子が学校で変人扱いされ、いじめに苦しんでいた。父親は、校長から息子が自殺を考えていたことを知らされ、衝撃を受けた。思い悩んでいたある日、突然息子が真剣な面持ちで父親のもとに来て、一緒にテレビを見てほしいと頼んだ。そこに“Think different”のCMが流れると、息子が父親に静かにするよう促した。CMを観終わると息子が、「僕は、変わり者でいてもいいんだね」と言い、息子の目に希望の光が灯ったという。メールは、“Think different”が息子を救ったことへの感謝のメッセージであった。

メールを読み上げるクロウの目は潤んでいて、私たちは深い感動に浸っていた。私はこの瞬間、“Think different”の本当の力を理解した。そして「世界を変える、一人ずつ」はこうやって成就していくのかと、腑に落ちた。

それまでの自分の経験が思い浮かび、Apple IIcとMacintosh 125Kとの出会い、Appleへの入社、新しい仲間やユーザやデベロッパとのやりとり、喜びと試練等々、ひとつひとつの点と点がつながる思いだった。

Think different マニフェストを掲げたApple社員たちは、どのように覚醒し、実際に固定概念をひっくり返して、抵抗勢力と向き合い、宇宙にへこみを残す気概を燃やし、ディスラプトし、創造し、Appleが変貌を遂げたのか。その過程は次回の記事で書こうと思う。

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著者プロフィール

河南順一

河南順一

Apple、マクドナルドでマーケティングとコミュニケーションを担当。厳しい経営環境下、Appleでは“Think different”のブランド戦略に参画し、マクドナルドではCEOコミュニケーションの刷新を主導。同志社大学大学院ビジネス研究科教授を経て、株式会社マーコムシナジー源代表取締役。著書『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)。

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