本記事は前後編の後編にあたる。前編はコチラから。
第5の封印:壮絶な創造的破壊 ビジネスモデル 体制
世界を変えるクイージーな人たちのために、道具を作る。
驚異的な反響を呼んだiMacで、Appleがコンシューマ市場を席巻するには、それを可能にする仕組みと体制が不可欠であった。 愛らしいデザインを17万8000円という破壊的な価格(アメリカでは$1299)で提供する。その価格で収益をあげるビジネスは、それを支えるサプライチェーンと販売チャネルがなければ機能しない。覚醒と変貌は、サプライチェーンと販売チャンネルでも拡大した。
サプライヤを最小限に絞り、倉庫の半分を閉鎖。パソコン市場成長期の高マージンの恩恵に浴していた業界の構造転換は、とりわけ販売チャネルとの破壊的創造の闘いは熾烈を極めた。
日本で20万円を切る販売価格を実現するには、多重階層の混沌とした販売網において、既得権益に確執するディストリビュータを通さず、Appleから直で卸した製品をユーザに販売するiMac販売チャネルが必須となる。ジャストインタイム方式で生産するiMacを、海上輸送から空輸に切り替え、販売店は実績を毎日Appleに報告することを求めた。それまではチャンネルの販売数や在庫は把握できていなかったのだ。
マージン率は低くとも、回転を早くしてほぼ受注生産に近い体制に。在庫は数カ月から3日に減らすことができた。初代iMacをボンダイブルーの1モデルにすることで、需要予測の精度と生産効率、およびマージン額を拡大し利益性は劇的に改善した。サプライチェーンと製造を担当したのは、コンパックから移籍したティム・クックである。

第6の封印:覚醒と変貌 宇宙にへこみを残す
スティーブは「宇宙にへこみを残す」という言葉を1980年代から使っていた。しかしこの言葉は、長い間解くのが困難な暗黙知であった。
スティーブの妻ローリーン・パウエル・ジョブズは、この言葉が世間に誤解されていると、2011年10月のNew York Timesに明らかにしている。
一般には「破壊的なインパクトをもってエゴイスティックな爪痕を残せ」というニュアンスで受け止められていた。だが、スティーブの真意は異なっていた。彼女によると、「あなたも、あなたの周りの世界も、すべて同じ原子。世界を特別なものとして恐れる必要はないし、諦める必要もない。あなたには、その原子の並びをほんの少し変えて、世界をより良くする力が最初から備わっている」、「人間と宇宙は地続きであり、誰もが世界を動かせるリーダーになれる」という創造のメッセージであった。
スティーブにとっての「へこみ」とは、宇宙を傷つけることではなく、「自分が関わったことで、人類の知性や生活の質を1歩前に進める」、人間の可能性を解放する働きかけ(インタラクション)である。封印が解かれ、この暗黙知はThink differentに昇華された。
宇宙にへこみを残したのは、スティーブ一人ではない。彼の信条は、マーコムチームや私を含め、世界を変えられると信じる人間を一人ずつ変容させ、つないで文化を形成し、倒産寸前の企業を、数々の破壊的イノベーションで世界を変える企業へと変貌させた。
第7の封印 :暗黙知を形式知化する スティーブを称える
最後の封印を解いて、そこに示された啓示が、時価総額4兆ドルの企業に成長したAppleの姿をもってすべて成就した、と考えるのは正しくないように思う。Think differentは、これからも前進を続ける人類に開かれた可能性と指針を示していると私は考える。
技術の進化が著しい今日。AIはアートや音楽にも活用が広がり、人間の能力を増幅しているように見える。だが、テクノロジーとリベラルアーツの交差点に立って、次のステージへと進む方向を見据えるのは私たち人間だろう。人が創造し、意味を与え、洗練し、AIで価値を増幅する。
Think differentは、発明し、創造し、人の心をいやし、奮い立たせるクレイジーな人たちに、一人ひとりが宇宙にへこみを残す力を持つことを思い起こさせる。そしてこれからも、未来を切り拓くための勇気を与え、知恵と思慮へと導く羅針盤であり続けるのではないだろうか。
Think differentのCMが完成したとき、ナレーションをスティーブの声でも録音した。しかし、彼はそれを使うのはおこがましいと拒んだ。輝かしい50周年を迎える2026年、Mac Fan Portalへの寄稿を締めくくるにあたり、私は(勝手に)Think differentマニフェストが称えるジーニアスにスティーブを加えたい。それを退ける人は多くないだろう。
Think differentのクリエイティブを見返すたびに、あの言葉が聞こえてくる。
ディスラプションの歩みを踏み出すのは、あなたの選びだ。封印を閉じるのも、あなたの選びだ。今、そしてこれから先の、自分の前に広がる道を照らし出す光に、何を見るか。
――思慮のある者は、解くがよい。

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著者プロフィール
河南順一
Apple、マクドナルドでマーケティングとコミュニケーションを担当。厳しい経営環境下、Appleでは“Think different”のブランド戦略に参画し、マクドナルドではCEOコミュニケーションの刷新を主導。同志社大学大学院ビジネス研究科教授を経て、株式会社マーコムシナジー源代表取締役。著書『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)。








