「デジタルテクノロジーによって、業務のやり方を改善できるだけではなく、より良い業務を行えるようになる」。経営戦略コンサルティング会社・PwC Strategy&のポール・レインワンド氏とマハデバ・マット・マニ氏はそう語る。
「不動産・建築業界はDX化が遅れている」といわれる中、株式会社PICK代表・普家辰哉氏が推し進める改革に注目したい。同社が展開する電子契約サービス「PICKFORM」は、不動産・建築営業の無駄な業務を削減し、“本来注力すべき業務”に集中できる環境を作り出す。

ITの力で不動産・建築業界の“イメージ”を変えたい。普家氏とPICKの挑戦
広島県尾道市出身の普家氏は、父親が自衛官だったこともあり、公務員宿舎で幼少期を過ごした。RC構造の5階建て集合住宅で、エレベータもなし。普家氏によると、断熱性も低く、決して良い住環境ではなかった。しかしその経験が、のちの「住を豊かに」というPICKのパーパスにつながっている。
「衣食住は人間が生きていくうえで欠かせないものです。不動産・建築業界はその『住』の部分を担っている産業なので、とても尊い仕事だと思っています」(普家)

しかし、不動産・建築業界に対する世間からのイメージは“ハードワーク”というのが根強いのも事実だ。就業先としての人気や人材の定着率は決して高くない。
実際、諸外国と比べて労働生産性は低く、構造的な問題を抱えている。 これを放置すると業界の人材不足につながり、我々“住環境を提供される側”にとっても大きな損失になるだろう。人生でもっとも大きな買い物をする際に、質の高い提案を受ける機会を失いかねない。つまり不動産業界の改革は、我々の生活に密接する課題なのだ。
「PICKで、この現状を変えるチャレンジをしたいと思っています。ITの力で労働環境を改善することで、不動産・建築業を世間の憧れの仕事にしていきたいのです」
大手不動産会社のトップセールスに。課題解決の先に起業があった
普家氏のキャリアは、大手ハウスメーカーでの住宅営業としてスタートする。
「やった分だけ稼げる」という不動産営業職の魅力に惹かれ、「営業でNo.1になる」という明確な目標を持って日々奮闘した。営業は「個人事業主のようなもの」と捉え、独自の売り方を模索し続けたそうだ。
その後、実際にNo.1を獲得するのだが、営業職の“限界”も感じるようになったという。不動産営業マンが顧客と付き合えるのは、売買するところまでだ。その後のサポートやメンテナンスなどは、窓口として関わる程度になってしまう。
普家氏はそこに課題感を覚え、独立を決意した。まずは不動産売買事業から始め、ITへと事業転換を舵を切る。
「営業時代に培ったつながりで、不動産売買事業は好調でした。ただ人生は一度きりですし、もっと大きなことにチャレンジしたいと思ったんです」
「PICKFORM」。国土交通大臣から“適法”の回答を得た、国内初の不動産取引特化型電子契約サービス
そうして開発したのが、現在も提供する「PICKFORM」だ。「PICKFORM」は、電子契約、顧客管理、案件管理など、不動産・建築営業マンの業務を効率化するDXツール。2022年5月18日にサービスを開始した。

しかしリリースの数週間後。宅地建物取引業法の改正が行われ、「PICKFOREM 電子契約」のサービス停止を決断する。普家氏は、電子契約サービスの適法性について課題を発見したのだ。
「仕様上“適法でない使い方”をされてしまう可能性があったのです。ローンチの延期は確かに勇気のいる決断でしたが、“本物”を作ることが何より重要だと考えているので、それ以外の選択肢はありませんでしたね。競合サービスもありますが、最後にはPICKFORMが勝つと確信していたのです」
リリースを目前に控えての延期。会社としても、経営者としても難しい判断だっただろう。以降、普家氏は国土交通省との緊密な協議を重ね、サービスのブラッシュアップを進めていった。
その結果、PICKFORMは宅建業者が電磁的方法による不動産取引を行えるサービスとして、国土交通大臣から適法である旨の回答を取得した唯一のサービスとなっている。
営業力と業界知識が強み。PICKが不動産・建築業界で飛躍する理由
PICKの最大の特徴は、不動産・建築業界に精通したメンバーが多いことだ。社員の約7割が業界出身者であり、特にカスタマーサービスにおいて、その専門知識が大きな競争優位性となっている。業界特有の用語や商習慣を理解し、“ウェットな付き合い方”ができることが、顧客からの厚い信頼につながっていると普家氏は話す。

この強みによって、PICKは単なるツール提供する存在ではなく、総合的なビジネスパートナーとして顧客から捉えられている。
「一般的に、営業を苦手とするテック企業は多いのですが、僕たちはそこに自信があります。営業力と業界知識が、PICKFORMを伸ばすうえで強力な武器になっていますね」
技術面での優位性も特筆すべき点だ。UI/UXの設計においても、不動産・建築会社の実務に即した使い勝手を徹底的に追求。普家氏は「通常のテクノロジー企業では理解が難しい業界特有のニーズを、私たちは的確に把握できる」と語る。
ユーザビリティの検証も、社内の業界経験者によって実践的な視点で行われる。その結果、細部にまでこだわった改善が行われるわけだ。
また、会員のコミュニティ形成に力を入れている点も特徴的だ。不動産取引の実践的な勉強会を開催することで、業界の最新動向や成功事例の共有、法改正への対応など、実務に直結する情報交換の場を提供。さらに、ゴルフコンペや食事会といったカジュアルなイベントも定期的に設け、会員同士の関係構築も支援する。
こうして形成される有機的なネットワークにより、異なる地域で活動する不動産・建築会社同士のマッチングや補完関係にある事業者との協業など、新たなビジネスチャンスが創出されているという。
優秀な人ほど恩恵がある。PICKFORMによる不動産・建築DX
PICKFORMの効果は顕著に現れる。時間のかかる契約書の製本作業が不要となり、書類の押印のために関係者が集まる必要もない。契約にまつわる、さまざまな時間が削減されるわけだ。
「不動産・建築営業は、契約を多く取れば取るほど事務作業が多くなります。つまりPICKFORMによる恩恵は、優秀な人ほど受けられるのです」
不動産・建築契約には膨大な数の書類が必要だ。契約書、重要事項説明書など、その種類も書式も多岐にわたる。契約が増える分、保管スペースも増えるというジレンマもあった。しかし、DX化によってその負担が軽減され、印刷代や郵送費といったコストも削減される。さらに、紛失リスクがなくなるというメリットも大きいとか。

サービスの導入支援体制も充実しており、オンボーディングの際には、PICKのスタッフが顧客の店舗に直接訪問し、実際の業務フローに即した形でシステム導入をサポート。特にITリテラシーに不安のある従業員向けには、基本的な操作方法から実践的な活用方法まで伴走してくれる。
地域に密着したサポート体制の構築も進む。2023年6月には北海道から沖縄まで、20都道府県への訪問を実施し、各地域特有のニーズや課題の把握に努めているという。これらの知見を基に、地域ごとのカスタマイズされたサポート体制を整備し、今後は支店展開も視野に入れ、よりきめ細かなサービス提供を目指しているそうだ。
飯田グループホールディングスの東栄住宅との協業もスタート。目標は、“本質的な業務”以外のすべてを引き受けること
「PICKは、不動産と建築会社の総合支援企業になりたいと考えています。優秀な営業と設計士の仕事を100%AIに置き換えるのは絶対に無理でしょうから、そういった方々による“本質的な業務”以外のすべての負担を引き受けるのが目標です」
現在は、2028年には不動産売買業における電子契約の普及率が30%に達すると予測し、AIを活用した契約書作成機能など、革新的な技術開発にも取り組んでいるそうだ。また、飯田グループホールディングスの東栄住宅など大手企業と協業するほか、地場の不動産・建築会社やエンドユーザへの普及も着実に広がっている。
長期的な視野を持ちながら、テクノロジーの力で従来の商習慣の変革を進めるPICK。すでに不動産・建築業界のDXを牽引する存在といっていいだろう。今後も新たな顧客体験を創造し続けてくれるに違いない。
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著者プロフィール

徳本昌大
広告会社でコミュニケーションデザイナーとして働いたのち、経営コンサルタントとして独立。複数のベンチャー企業の社外取締役やアドバイザー、ビジネス書の書評ブロガーとして活動中。情報経営イノベーション専門職大学特任教授。