ベンチャー企業の取締役、iU情報経営イノベーション専門職大学特任教授、そして書評ブロガーでもある徳本昌大氏が、“Appleを感じた”日本の起業家やイノベーターを取材。そのビジネスの裏側と展望を深掘りする。
「点と点をつなぐ」。ジョブズの哲学を実践するビジネスパーソン
2005年、スティーブ・ジョブズはスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチで、「点と点をつなぐ」という哲学を語った。人生の予期せぬ転機は、あとから見ると意味を持っている。以降、多くの経営者やビジネスパーソンに影響を与えた考え方だ。
今回取材した株式会社一貫堂の常務取締役・阿保晴彦(おかやす はるひこ)氏は、この哲学を実践するビジネスパーソンである。
高校卒業後、地元・岐阜県の製版会社に就職した阿保氏の人生は、思わぬ「点」の連続だった。最初の「点」は、「業界激変期」に遭遇したこと。製版業が衰退する中、阿保氏は新規事業に挑戦する。そうして3カ月をかけて組版やデザインの新部署を起ち上げ、製販工場に戻ると状況は一変していた。新プロジェクトに取り残されるという危機感から、工場勤務の製版業のプロたちが離職していたのだ。
この予期せぬ事態が、阿保氏にとって次の大きな「点」となった。経験豊富なメンバーが去った工場で、知識ゼロの状態からマシン管理とシステム構築を担うことになったのだ。この経験が、阿保氏のIT技術とマネジメントスキルを飛躍的に向上させたという。
No.2としての独自のリーダシップスタイル
そういった経験を経て、阿保氏は現在の一貫堂に転職。ビジョナリーな代表取締役・長屋博氏のもとで、独自のリーダーシップスタイルを確立していった。
ジョブズに影響を受けた長屋氏から「点と点をつなぐ」ことの重要性を学んだ阿保氏は、自身の行動範囲を広げていく。重視したのは、「わからないことは学び、理解して、考え、更に学ぶ」という姿勢だ。さまざまな専門家から知識を吸収し、ビジネスを推進していった。
一貫堂が起こすイノベーションの特徴は、長屋氏と阿保氏の相互補完的なアプローチにある。長屋氏は未来のあるべき姿からバックキャスティングを行い、大局的な視点で事業を構想。一方の阿保氏は、現場で顧客の課題を見つけ、解決策を提案することに長けている。これらが相乗効果を起こすのだ。
阿保氏は長屋氏の先進的なアイデアを実現するため、「フォロワーシップ」を徹底している。徐々に形成された経営陣のチームワークが、一貫堂のイノベーション創出の原動力だ。
「営業と企画以外は社外で」柔軟さを生む一貫堂の経営方針
ASKULの代理店として成長していった一貫堂だが、長屋氏と阿保氏は、世の中のデジタル化が進む中、ASKUL経由の売り上げを中心に置いていると会社の成長に限界がくると考えていた。そこで新たなサービスの開発を決意。2017年頃から本格的な間接材購買プラットフォームの要件定義を始め、外部リソースを活用しながら「KOBUY」の開発をスタートした。
一貫堂の経営方針は、「営業と企画以外は自社に持たない、縛られない経営」。この柔軟な姿勢が、迅速なイノベーションを可能にしている。そして、阿保氏は「やりたいと思ったことは、どう実現できるかを考えればいい」と語った。困難を恐れず、常に前進する一貫堂のイノベーション精神が凝縮された言葉だ。
「KOBUY」は、業界に新たな風を吹き込んでいる。拙著『最強Appleフレームワーク』でも紹介した最強のビジネスモデル「マルチサイドプラットフォーム」を、間接材調達の領域で実現しているのだ。
KOBUYの特徴は、クライアントであるバイヤーとサプライヤーの間に相互依存の関係を構築し、ネットワーク効果によってビジネスを拡大していく点にある。バイヤーとサプライヤーのWin-Winを構築することで、両者からの信頼を得られるわけだ。
洗い出した課題の解決策に「KOBUY」がフィットする
当初、一貫堂は顧客を大学に絞り込んで営業を行った。大学の物品調達における課題を深く理解するため、“あるべき姿”からバックキャスティングを行い、真の問題点を洗い出す。そうして発見した無駄に対し、解決策としてKOBUYの導入を提案するのだ。
実際、KOBUYを導入した大学ではペーパーレス化が実現し、DX化によって労働生産性が大幅に向上しているという。この成果が評価され、口コミによって大学への導入の輪が広がっている。
次に一貫堂が注目したのは、2024年問題に直面し、DX化が遅れていた建設業界だ。ここでもクライアントの課題に深く寄り添い、KOBUYを通じて多大な貢献を果たしていった。
一貫堂は、「KOBUYという新しいシステムを入れること」を提案するのではない。クライアントとともにプロジェクトチームを起ち上げ、業務フローの改善に向けて伴走するのだ。既存システムとの連係など、その業務領域はクライアント固有の要求によって多岐にわたる。これらの綿密な準備と調整が必要なため、通常で3カ月ほどのプロジェクト期間を要するという。
KOBUYがもたらすのは、大局的な経営の改善
代表の長屋氏は、「KOBUYは単なる業務改善ツールではなく、経営戦略に直結するものだ」と言う。KOBUYの真価は、物品の調達そのものではなく、調達後のプロセスの最適化にあるからだ。多くの企業が価格や数量の確保に注力しがちだが、経営的視点から見ると、これは表面的な部分に過ぎない。
間接材購買における本質的な課題は、調達後の正確な処理と無駄の排除にある。物品やサービスの調達自体だけでなく、会計処理や在庫管理も含めてだ。これらを正確に行うことで、経営の透明性が高まり、的確な意思決定が可能になっていく。一方、無駄の排除とは、調達後の業務プロセスにおける不必要な作業や重複した処理を取り除くこと。これは労働生産性の向上に直結する。
こういった課題を解決するためには、単に調達システムを導入するだけでは不十分だ。企業全体の業務フローを見直し、デジタル化と連動した業務改革が必要である。KOBUYの導入プロジェクトは、その課題解決にフィットする。
さらに、一貫堂はクライアントが連係したいと考えているサプライヤーのDXやECサイト構築の支援も行う。なぜなら、サプライヤーの発展はクライアントの発展につながるからだ。KOBUYという同じプラットフォームを使うことで、効率性と生産性が相乗的に向上するというメリットも大きい。
“継続的”なイノベーションを生み出すヒントである「両輪の経営」
KOBUYは、一貫堂が長年培ってきた業界知識と先進的なテクノロジーの融合から誕生した。このプラットフォームは、企業の購買業務を根本から変革し、経営効率を飛躍的に高める可能性を秘めている。
一貫堂の事例は、“あるべき姿からのバックキャスティング”と“現場の課題発見力”の両輪で動くことが、継続的なイノベーションを生み出す鍵であることを示している。
経営者に求められるのは、自社の歴史や経験、未来のあるべき姿、そして目の前の課題を「点」として捉え、新たな価値を生み出すために、それらをどうやってつなぐかを考えることだ。予期せぬ出来事や一見無関係な経験も、将来のイノベーションの種となる可能性がある。行動を続け、さまざまな経験が重要であることが、今回の一貫堂のケースから学べるだろう。
変化の激しい現代のビジネス環境において、柔軟な思考と果敢な実行力を併せ持つことが、企業の持続的な成長と競争力維持の鍵となる。点と点をつなぐ阿保氏の次のチャレンジを楽しみにしたい。
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著者プロフィール
徳本昌大
広告会社でコミュニケーションデザイナーとして働いたのち、経営コンサルタントとして独立。複数のベンチャー企業の社外取締役やアドバイザー、ビジネス書の書評ブロガーとして活動中。情報経営イノベーション専門職大学特任教授。