「みんなが使っている」は判断基準にならない
ツール選定で陥りがちな罠として、宮澤氏が挙げたのが「評判だけで選ぶこと」だ。市場には第三者機関の評価レポートや比較サイトが数多く存在するほか、導入事例も簡単に見つかるため、「有名だから」「他社が使っているから」という理由で候補が絞られるケースも少なくない。
しかし宮澤氏は、それだけで判断するのは危険だと指摘する。実際に株式会社サーバーワークスでも、高い評価を得ているツールを試したものの、自社の業務スタイルやコミュニケーションの取り方に合わず、十分に定着しなかった経験があるという。
ツールが悪かったわけではない。単純に「自社に合わなかった」のだ。だからこそ宮澤氏は、第三者評価を参考にしつつも、「最終的には自社の人たちがどう使うのかを考えるべき」と語った。

SaaS選定で本当に見るべきは「カルチャー」
では、何を基準に判断するべきなのだろうか。宮澤氏が重視しているのが「カルチャー」だ。社内にエンジニアが多いのか、バックオフィス中心なのか。外部企業との共同作業が多いのか。セキュリティをどこまで重視するのか。そうした条件によって、最適な選択肢は変わる。
講演ではストレージサービスの例が紹介された。コストだけを見ればGoogle Driveが有力な選択肢になる。しかしサーバーワークスでは、権限管理や監査ログ、取引先との運用なども考慮した結果、Boxを利用しているという。
宮澤氏は、「どんな会社と仕事をしているのかまで含めて考える必要がある」と説明する。情シスが選ぶべきなのは、もっとも評価が高いサービスではない。自社の働き方に合うサービスだ。
よい意思決定には、現場理解が欠かせない
講演で繰り返し語られていたのが、現場とのコミュニケーションの重要性だ。宮澤氏は長年、エンジニアとしての業務と情シス的な役割を兼務してきた。その経験から、「実際の業務を理解していないと正しい判断は難しい」と語る。
誰が使うのか。どんな業務で利用されるのか。どのような人が影響を受けるのか。そうした情報を知らずにツールだけを比較しても、導入後にギャップが生まれる。情シスは利用者にもっとも近い立場でありながら、経営やセキュリティの観点も持ち合わせている。だからこそ、組織全体を見渡した判断ができるのだという。
講演の後半では生成AIについても触れられた。宮澤氏は、「AIもサービスという意味ではSaaSと同じ」という考え方を示す。ライセンス管理が必要であり、コスト管理が必要であり、ガイドライン整備も必要になる。導入したら終わりではなく、利用状況を見ながら運用し続ける必要がある。ただし、従来のSaaSと決定的に違う点もある。それは変化の速さだ。
ChatGPT、Claude、Geminiをはじめとする生成AIは、数カ月単位で機能が大きく変化している。昨日の正解が、今日には古くなっていることも珍しくない。だからこそ、導入時のルールを固定するのではなく、運用しながら見直していく姿勢が重要になるという。
Claude導入で見えた“AI破産”のリスク
講演の中でもっとも印象的だったのが、Claude導入の話だ。サーバーワークスでは当初、一部ユーザ向けにClaudeを導入していた。しかし利用者が増えたことで管理負荷が高まり、最終的には管理機能やセキュリティ機能を強化した法人向けのエンタープライズプランへ移行したという。
そこで新たに見えてきたのがコストの問題だった。宮澤氏は冗談交じりに、「クラウド破産ではなく、AI破産が起きるかもしれない」と語る。
実際、利用量次第では高額な費用が発生するケースも出てきている。生成AIは便利だが、使えば使うほどコストが増える側面も持つ。情シスは導入可否だけでなく、継続的な利用管理まで考えなければならない。
AI活用で見え始めた“利用格差”
もう一つ、宮澤氏が課題として挙げたのが利用者間の差だ。生成AIを使いこなしている社員は、これまでより短時間で成果を出せるようになっている。一方で、ほとんど利用していない社員もいる。すると組織内で生産性の差が生まれる。
AIを導入したにもかかわらず、一部しか恩恵を受けられない状態になってしまう。だからこそ情シスはツール導入担当で終わってはいけない。利用者の業務を理解し、「この仕事ならこう活用できる」と提案する支援役も求められる。宮澤氏は、「導入したあとのフォローこそ重要」だと強調した。
正解がない時代だからこそ、情シスの判断が価値になる
SaaSもAIも、選択肢は増え続けている。どの製品が正解なのか。どのAIが生き残るのか。それを断言できる人はいない。だからこそ宮澤氏は、最後に情シスの判断を信頼してほしいと語った。
現場を知っていること。運用を知っていること。そして経験から違和感を察知できること。そうした感覚は、評価レポートにも比較表にも載っていない。社外の情報を参考にすることは大切だ。
しかし、それをそのまま自社へ当てはめるのではなく、自社の文化や業務に照らして解釈する必要がある。SaaSやAIに正解がない時代だからこそ、情シスの役割はますます大きくなっているのかもしれない。

