情報システム部門で働く人の中には、業務の範囲を越えた私的なIT相談まで寄せられた経験を持つ人もいるかもしれない。講演では、その一例として「自宅のWi-Fiを設定してほしい」「家族が使うPCを選んでほしい」といった相談が紹介された。
本来の業務とは関係ないはずなのに、気づけばITに関するあらゆる相談が集まってくる。ネットワーク、端末管理、SaaS運用、セキュリティ、生成AI活用。業務範囲は年々広がり続け、情シスは「何でも屋」になりがちだ。
小池氏は、こうした状況は個人の問題ではなく、情シスという職種が抱える構造的な課題だと語った。そして、その状況はAIの登場によってさらに変化しようとしている。
情シスの仕事は、20年かけて際限なく広がった
小池氏によれば、情シスの役割はこの20年で大きく変わったという。かつては業務端末の調達やキッティング、配線工事、サーバ管理など、いわば「ITインフラ担当」としての側面が強かった。
しかしクラウドの普及によって管理対象はSaaSへと広がり、認証基盤やゼロトラストといった考え方にも対応しなければならなくなっている。
さらに近年はガバナンスやコンプライアンス、セキュリティ対策の重要性も高まっている。そして今、多くの企業で新たな課題として加わったのが生成AIだ。
「AIを導入したい」「どのサービスを使えばいい?」「セキュリティは大丈夫なのか」そんな相談が真っ先に届くのも情シスである。
つまり情シスは、技術の進化とともに業務領域を広げ続けてきた部署だ。しかも新しい仕事が増えても、古い仕事が消えるわけではない。結果として、あらゆる業務が積み重なり、「何でも屋」になっていく。
なぜ情シスばかりに相談が集まるのか
小池氏は、情シスに仕事が集まる理由を3つ挙げた。
一つは、情シスが社内でもっとも多くの部署と接点を持つ存在だからだ。
営業部門とも話す。バックオフィスとも話す。開発部門とも話す。組織全体を横断して見ているため、部門間のズレや業務の隙間も見えてしまう。そして見えてしまうからこそ、放っておけない。「困っているなら手伝いますよ」そんな善意の積み重ねが、情シスの業務範囲を広げていく。
もう一つは、ITに詳しい人の存在が社内で認知されやすいことだ。規程や問い合わせ窓口が整備されていても、「あの人に聞けば早い」という口コミは強い。一度相談に乗れば、次からも相談される。その結果、本来の運用業務とは関係のない問い合わせまで情シスに集まってくる。
そして最後は、成功体験が噂として広がることだ。「あの人にお願いするとすぐ解決してくれる」そんな評判が社内を巡れば、新たな相談が次々とやってくる。情シスが何でも屋になるのは、能力が高いからでも、組織が悪いからでもない。構造的にそうなりやすい職種なのだ。
情シスは成果が見えにくい
さらに厄介なのは、情シスの仕事が評価されにくいことである。営業の売上や経理のコスト削減などに比べ、情シスの成果は数値として示しにくい場合がある。情シスが提供する価値の多くは、障害やセキュリティ事故を防ぎ、業務を安定して継続できる状態を支えることにあるからだ。
システム障害は発生しない。セキュリティ事故も起こらない。アカウント管理も問題なく回る。会社は今日も普通に仕事ができる。だが、その状態は多くの場合「当たり前」と受け取られる。情シスがリスクを未然に防ぎ続けていることは、なかなか評価対象にならない。
小池氏は、情シスは日々機会損失や事業停止リスクを防いでいる存在だと指摘する。見えないから価値がないのではない。むしろ見えないところで会社を支えているからこそ価値がある。情シス自身も、その価値を言語化しなければならないと語った。
AIが奪うのは仕事ではなく“作業”だ
では生成AIは、そんな情シスの働き方をどう変えるのだろうか。小池氏は、AIを脅威ではなく武器として捉えるべきだと話す。ポイントは、「作業」と「判断」を分けて考えることだ。
たとえば調査業務。これまでであれば何時間もかけて情報収集していた内容を、AIなら短時間で整理できる。議事録作成やドキュメントの要約も同様だ。
人が時間を費やしてきた定型作業の一部は、利用ルールの整備と人による確認を前提に、AIで効率化できるようになりつつある。また、サービス選定の背景や導入判断の経緯を記録し、それをAIが参照できるようにしておくことで、組織全体の知見として活用することも可能になる。
重要なのは、AIが結論を出すことではない。人間が判断するための材料を集める役割をAIに任せることだ。その結果、情シスはより意思決定に時間を使えるようになる。
AI時代に求められるのは「判断する力」
講演後半で小池氏が繰り返し語っていたのは、キャリアの話だった。情シスの仕事を分解すると、オペレーション、アーキテクチャ判断、ビジネス判断の3つに整理できるという。
オペレーションとは日々の運用作業だ。一方、アーキテクチャ判断はどの技術を採用するかを決める仕事。ビジネス判断は会社全体にとって何が最適かを考える仕事である。今後AIによる自動化が進むほど、価値が高まるのは後者だ。
どのサービスを導入するか。どんなリスクがあるか。会社にとって最適な選択は何か。そうした判断を行う役割こそ、情シスが担うべき仕事になる。
かつて情シスは「ITを管理する部署」だった。しかしAI時代の情シスは、それだけではない。技術と事業をつなぎ、会社の意思決定を支える存在へ変わっていく。
“何でも屋”は、見方を変えれば強みになる
講演の最後、小池氏は「何でも屋」という言葉を前向きに定義した。多くの部署と関わり、多くの課題に触れ、多くの選択肢を知っている。それは裏を返せば、判断の引き出しが多いということだ。
AIによって作業の一部は効率化・自動化されていくだろう。一方、企業ごとの事情を踏まえた最終判断や、その理由を社内に説明する責任は、引き続き人が担う。むしろ選択肢が増え続ける時代だからこそ、何を選び、どう説明するかの重要性は高まる。
情シスが積み重ねてきた“何でも屋”としての経験は、AI時代において大きな武器になるのかもしれない。少なくともタイミーの小池氏は、その未来を悲観してはいなかった。むしろ、これからが面白くなると語っていたのが印象的だった。
そのための第一歩は、日々の対応を単なる作業として終わらせず、「なぜその選択をしたのか」「どのリスクを避けたのか」を記録し、組織に共有することだ。
“何でも屋”として得た経験を判断の知見へ変えることが、AI時代の情シスのキャリアを形づくっていく。

