ひとり情シスが組織横断のPMになるまで
植田氏が株式会社IVRyに入社したのは2024年。社員数約90人のタイミングだった。Google WorkspaceやSlackといったツールは導入済みだったものの、ID管理基盤やMDMなどは未整備。IT専任者もおらず、エンジニアリングマネージャーがSaaS運用やネットワーク整備を兼務する状態だったという。
そんな状況で最初に取り組んだのが、ISMS認証取得を含む情報セキュリティ体制の構築だった。ID管理基盤などを整備し、未経験領域だったにもかかわらず、ISO/IEC27001認証をわずか4カ月で取得するまでやり切った背景には、自社製品をユーザに安心して導入してもらうためには、まずセキュリティ強化が不可欠だという確信があった。

なぜ情シスはPMを担えるのか
その後、植田氏はオフィス拡張や人事システム刷新といったプロジェクトにも関わるようになる。理由はシンプルだ。
情シスは日頃から組織横断で仕事をしている。営業、開発、人事、経理など多様な部門と接点を持ち、それぞれの事情を理解しながら課題解決を進める立場だ。そのため、「誰が担当するのかわからない課題」「部門の境界線に落ちた仕事」を拾うことに慣れている。
さらに技術理解とプロジェクト推進スキルをあわせ持つケースも多く、PM(プロジェクトマネージャ)との相性がいいという。植田氏は「情シスこそ、大規模プロジェクトで価値を発揮できる存在ではないか」と語る。
プロジェクト成功の鍵は“Why”を共有すること
講演の中で繰り返し登場したのが「Why」の重要性だ。オフィス拡張の際には、社員からさまざまな要望が寄せられた。壁画やボルダリング設備など、一見すると業務とは直接結びつかないように見えるアイデアもあったという。
しかし重要なのは、その設備を導入することではない。なぜ必要なのか。会社としてどんな価値を生みたいのか。その目的を言語化し、関係者と共有することだった。これは経営層とのコミュニケーションでも同じだ。
MDM導入一つ取っても、「入れたいから入れる」ではなく、「導入しなかった場合にどんなリスクがあるのか」を説明する。現場に対しても同様に、「何をやるか」だけではなく「なぜやるのか」を伝える。その積み重ねが、部門横断プロジェクトを前進させる原動力になる。
表面的な要望の奥にある課題を探る
植田氏が強調したもう一つのポイントが、「一次情報を取りに行くこと」だ。現場から上がってくる要望は、必ずしも本当に解決したい課題を表しているわけではない。講演では「豚肉が欲しい」という相談の例が紹介された。
本当に実現したいのは豚肉を手に入れることではなく、カレーを作ることかもしれない。もしそうなら、牛肉でも代替できる。つまり要望そのものではなく、背景にある目的を理解することが重要なのだ。
情シスは日常的にさまざまな社員から要望を受ける立場だからこそ、この視点が身についている。PMとして活躍できる理由もそこにある。

AI時代に情シスの価値はどこに残るのか
講演の最後にはAIについても言及された。植田氏は、今後あらゆる業務がAI前提で再設計されると予測する。単に業務の一部を自動化するのではない。もし今から会社をつくるなら、どんな業務プロセスを設計するのか。そのレベルで考え直す必要があるという。
一方で、AIによってすべてが代替されるわけではない。ロードマップを描くこと。関係者を巻き込むこと。利害を調整すること。そして意思決定すること。これらは依然として人間の役割だ。だからこそ情シスには、ツール導入担当ではなく、組織変革を推進するPMとしての力が求められるようになる。
AI時代に求められるのは、組織を動かす情シスだ
情シスという職種は、しばしば「社内ITの管理者」として語られる。しかしIVRyの植田氏が示した姿は、それだけではなかった。組織横断で課題を発見し、関係者を巻き込み、プロジェクトを前進させる。その過程で培われた調整力や課題発見力は、オフィス移転や人事システム刷新のような領域でも大きな武器になる。
AIによる自動化が進んでも、組織の未来を定義し、人を動かす仕事は残り続ける。情シスのキャリアは、ITの枠を越えて広がっているのかもしれない。

