AIとヒトはどんな関係を築くのか。アドビ社のイベント「Adobe MAX」が大きなヒントをくれた。基調講演ではアドビ社の人工知能技術「アドビ・センセイ(Adobe Sensei)の強化が発表され、声でも操作ができる未来の「フョトショップ(Photoshop)」が実演された。
これが実にすごい。手描きした映画ポスターのイメージを取り込むとAIが自動的に絵の特徴を抽出。背景が宇宙であることや女性が描かれていることを認識し、膨大なストック写真から雰囲気の近い写真を選び「使える素材」として表示してくれる。
そこから宇宙の写真を1つ選ぶと、雰囲気に近い宇宙写真だけが表示され、画面全体の明るさや構図、色味でさらに絞り込みを行える。そして、その上に主演女優の写真素材を配置する。第一候補の写真は顔の向きがイメージとちょっと違う。すると、AIが角度違いの写真をすべて顔の位置や大きさを揃えて一覧表示してくれる。
写真には女性だけでなく撮影したスタジオの背景も写っているが、こちらもボタン1つの操作で瞬時に風になびく髪まできれいに女性を切り抜いてくれる。こうして、ほんの数分で大雑把なイラストから、本格的な映画ポスターが完成する。
さらに驚かされたのは、このポスターの製作過程をアドビ・センセイがすべて観察し学習していることだ。つまり、「違う写真を選んでいたら、どんな仕上がりになっていたか」とAIに問えば、瞬時に切り抜きや大きさ・位置合わせを済ませた他の写真と差し替えて確認できる。おそらく、それまで何人かのアシスタントを雇って1日がかりでやっていたような作業がわずか10分ほどで完成してしまった。この動画のダイジェストをツイッターに投稿したところ大反響を呼んだ(http://bit.ly/AdobeSensei17で見られる)。
Adobe MAXでは、近々製品化の可能性がある未来の技術もたくさん披露された。中でも強く衝撃を受けたのが「 Project Puppetron」だ。油絵や水彩画を選ぶと自分の顔写真をその絵のタッチに加工してくれる。アフリカのお面を選ぶと、自分の顔写真が瞬時にそのお面風になり、銅像の写真を選ぶと銅像風に切り替わる。さらに銅像風になった自分の顔写真を、演技どおりに動かしてアニメーションもつくれる。アドビ・センセイを使えばこんなことも可能になるのかと心底、度肝を抜かれた。
これまでかなりの力量を持ったクリエイターでないとできなかったような表現が、AIの補助で大衆化する。アドビ社のツールさえ使えば普通の人でも簡単にすごい表現ができる未来がすぐそこに迫っている。
確かにそれによって、これまでクリエイターの補助をしていた人たちの作業は大量に消失するだろう。しかし、彼らはそうなったらそうなったで、おそらく他の作業を頼まれるだろう。また、トップクリエイターたちもそうした道具が出てきたら出てきたで、直感や経験を生かして一般の人では思いつかなかったような新しい表現に挑戦するだろうし、試行錯誤の量、作品に込めた意味哲学のレベルのすごさで、ただ新機能に頼っただけの一般人とは一線を画す作品を生み出すに違いない。
もちろん、パッと見にすごい一般人の作品も増えるだろう。だから、見る側にはそうした表層だけの作品と、芯のある作品を見極める審美眼が求められる。いや、もしかしたら見極めもAIがやってくれる可能性がある。すると、どこまで自分を磨き、どこまで機械に依存して生きるかの価値基準で人のレベルが分かれていくのかもしれない。
むしろ、こうした技術で事務仕事が使われる書類や企業のホームページ、WEB媒体まで美しくなってくれるならうれしいが、結局、経営者が美しさに投資してくれるかは別な問題な気もして、AIよりもむしろそちらのほうが心配になってきた。
Nobuyuki Hayashi
aka Nobi/デザインエンジニアを育てる教育プログラムを運営するジェームス ダイソン財団理事でグッドデザイン賞審査員。世の中の風景を変えるテクノロジーとデザインを取材し、執筆や講演、コンサルティング活動を通して広げる活動家。主な著書は『iPhoneショック』ほか多数。