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iPhoneは「急速充電」できないの?

著者: 牧野武文

iPhoneは「急速充電」できないの?

スマホは高性能になるほど、バッテリの充電に求められる性能が厳しくなってくる。すでにアンドロイドの世界では、急速充電や無接点充電でこれに対応しようとしている。iPhone 8/Xでようやく充電技術の刷新をアピールし始めたアップルだが、これまでのiPhoneが充電の技術で出遅れていたという批判は果たして本当なのだろうか。これが今回の疑問だ。

バッテリ切れに対する3つの考え方

今、世界中のスマホユーザが直面しているのが「充電」問題だ。特にアップルペイなどのスマホペイメントが登場してからは、バッテリの持ち時間は死活問題になっている。数年前まで各メーカーともバッテリ容量をとにかく増やすことで対応をしてきたが、昨年あたりからサイズアップは限界を迎え、メーカーによって3つほどの対策が行われているようだ。

1つは、中国や台湾のメーカーが採用してきた「急速充電」だ。これはバッテリ切れを起こすのは仕方がないという前提で、オフィスやカフェなど電源が確保できる場所で短時間にある程度の充電ができるようにする方法だ。ところが、なぜかアジア圏ではiPhoneはこの急速充電に対応をしていないという誤解が広まり「iPhoneは使いづらい」という評価を受けることになった。

2つ目は、今回のiPhone 8/Xや韓国メーカーが対応する「無接点充電」のアプローチだ。「Qi(チー)」が代表的なもので、充電パッド上に置くだけで充電ができる。海外のマクドナルドなどではテーブルの上に充電パッドを設置するなどしていて、対応が広がればケーブルを持たなくても外出先で充電できるようになる。

そして、3つ目が「ワイヤレス充電」だ。2つ目と似ているが、こちらはデスクなどに給電装置を設置し、半径数メートル以内にスマホなどがあれば充電してくれるというもの。会社のデスクと自宅に設置すれば、「充電」を気にする異なく使い続けられる。

この3つはそれぞれ考え方が微妙に違っている。ここでいう急速充電は主にモバイルバッテリなどで「短時間で60%程度まで充電する」ことを想定している。無接点充電は充電速度は遅いものの、充電パッドを普及させて「いつでもどこでも充電ができる」状況を作り出す。ワイヤレス充電は「充電という作業そのものを不要にする」アプローチで、この3つではもっとも進んだ考え方だ。

だが、当面は出張や旅行に充電パッドまで持っていくわけにはいかないので、ライトニングケーブルやモバイルバッテリを持っていかざるを得ない。しかし、充電パッドがカフェなどの公共空間に備えられるようになれば、側にいくだけ充電ができるようになり、タクシーや新幹線といった交通機関にも設置されるようになれば、本当に「充電のことを考える必要のない、優しい世界」が実現する。

iPhone 6以降は急速充電に対応

先ほどアジア圏で「iPhoneは急速充電ができない」という誤解が広まっていると述べたが、実はこれまでのiPhoneは急速充電に対応していた。既存の急速充電規格を名乗ってはいないが、すでにiPhone 6以降は1.4A、iPhone 6プラス以降は2Aの急速充電に対応してきたのだ。

では、なぜあらぬ誤解を受けてきたのかといえば、iPhoneに付属のACアダプタが1A対応のものだからだ。急速充電は、ACアダプタの出力をただ高くすればいいというものではない。そんなことをすれば、過充電が起こり、発火や爆発などの事故が起こってしまう。急速充電は、電源側とiPhoneが一定のプロトコルで会話をしながら電流を徐々に上げていく仕組みが必要となる。

具体的にはiPhoneのバッテリは1Aでの充電が基本なので、まずは1Aで充電を始める。iPhone 6以降は電源側に「電流を上げても大丈夫」というシグナルを送るので、電源側が電流を上げていき、最終的に1.4Aまたは2Aで急速充電を行う流れだ。

しかし、この急速充電の欠点はシグナルに反応して電流を上げるための回路が必要なため、ACアダプタがどうしても大きくなってしまう。iPhone付属のACアダプタにはこの回路は搭載されていないため、1Aの電流でしか充電ができない。それが元で「iPhoneは急速充電ができない」という誤解を受けてきたのだ。

小さなACアダプタは大きな利点がある

だったら「最初からiPhoneに急速充電できるACアダプタを付けてくれればいいのに」と思う人もいるかもしれない。しかし、これはアップルが考え抜いた選択かもしれない。なぜなら「急速充電」に対応したACアダプタは大きくなり、外出や旅行などで快適な体験が得られないからだ。

さらに最近は、電源コンセントではなくUSB電源を備えているカフェ、交通機関も増えてきている。ところが、USB充電にはセキュリティ上の問題がついて回る。USBは電力だけでなくデータも通信できるので、マルウェアを送り込まれたりiPhone内のデータを盗まれてしまう危険性があるのだ。そのため、外で充電をするときはUSBではなく電源コンセントを使うのが望ましい。現在のiPhone用のACアダプタは、携帯することを優先して急速充電に対応していないのではないかと個人的には考えている。

iPad用のACアダプタが使える

急速充電に対応したモデルのiPhoneは、同じく急速充電に対応した電源アダプタを用意することで充電時間を短くできる。もっとも身近なのはiPad用のACアダプタだ。これは2.4A対応なので、iPhoneを充電すれば急速充電できる。もちろん、iPhone 6以降では1.4A、iPhone 6プラス以降では2Aが仕様上の上限となる。

もう1つのおすすめは、急速充電対応のモバイルバッテリを持ち歩くことだ。最近のモバイルバッテリは容量を競う傾向にあり、「iPhoneが3回から6回充電可能」とアピールするものが増えている。だが、モバイルバッテリはあくまで緊急用と考え、容量よりも急速充電に対応したものを選ぶほうが使い勝手がよいのではないだろうか。

ただし、ここで注意したいのは「iPhoneの急速充電対応」と書かれた製品を選ぶことだ。ただの「急速充電対応」だけでは、iPhoneの急速充電ができるかどうかは保証されないからだ。当然ながら、アップルのMFi認証を受けている製品を選びたい。

また、ケーブルもただの「急速充電対応」ではなく、「iPhoneの急速充電対応」でMFi認証を受けているものを選ぶ必要がある。一番安全なのは付属の純正ケーブルを使うことだ。

「高速充電」は過渡期の技術である

また、iPhone 8/Xは、紛らわしいが「高速充電」にも対応した。これはMacBookシリーズに付属しているUSB-Cアダプタを使い、USB-C-ライトニングケーブルを使った場合に約30分で最高50%まで充電できる新機能だ。

なお、今回のiPhone 8/Xでは、Qiの無接点充電ではなく半径数メートルのワイヤレス充電に対応するという噂もあった。それがQiだったのは個人的には少しがっかりしている。なぜなら、ケーブルを挿すのと充電パッドの上に置く手間はそう大きく変わらないし、「充電しながら使う」ことが難しくなる。おそらく充電のユーザ体験を改善することよりも、将来的に充電に必要なポートをなくしてiPhoneからすべての「穴」をなくすための布石なのだろうと思う。

ただ、本格的なワイヤレス充電の技術は実用レベルに近いところまできている。そう遠くない将来、アップルは過渡期の無接点充電ではなくワイヤレス充電を世界で最初に採用してくれると信じている。充電のことを考えなくていい「優しい世界」はもうそこまできているはずだ。

iPad用のACアダプタを使ってiPhoneを急速充電する方法は裏ワザでも何でもなく、Appleのサポートページで紹介されている。【URL】https://support.apple.com/ja-jp/HT202105

MFi認証とは「Made for iPhone」などのロゴが付く製品のこと。Appleの審査に合格しないアクセサリには、このロゴは発行されない。特に急速充電はバッテリにとって厳しい充電方法なので、MFiロゴのついていないACアダプタ、モバイルバッテリ、Lightningケーブルを使用すると急速充電ができないばかりか、発熱や発火の事故も起こりかねない。

今回のiPhone 8/Xでは採用されなかったが、正真正銘の遠隔ワイヤレス充電技術「WattUp」は数年前にEnergous社より発表されている。これは部屋に設置した給電装置から約5.5mの範囲であれば、複数台のデバイスが勝手に充電されるというもの。「充電する」ことを気にしなくていい優しい世界の実現はもうすぐだ。【URL】http://energous.com

文●牧野武文

フリーライター。充電が必要な機器が年々増えてきて、私のカバンの中には充電が必要な機器が常に5つ、ケーブルは2本入っている。確かに乾電池駆動の時代から考えればマシになったわけだが、何とかならないものだろうか。