「Think different.」を地で行ったiBook。Wi-Fi対応を念頭に置いた、世界初のポータブルマシン
iMacの大成功を受けて勢いに乗ったAppleは、翌1999年に初代iBookを発表する。
当時、ジョブズは自社の製品ラインを整理し、市場に受け入れられ易くするために、プロとコンシューマという2つのターゲット層に、デスクトップとポータブルという2つの属性を掛け合わせて、4つに分類されたマトリクスを使って個々の製品の位置づけを説明していた。iBookは、そのときに1つだけ欠けていた「コンシューマ向けのポータブルコンピュータ」という穴を埋める存在だった。
初代iBookはiMac譲りのハンドルを内蔵し、教育市場も意識して子どもたちが使っても壊れにくく安全なように、筐体の周囲がラバー系の素材でカバーされていた。また、製品を擬人化した“I was assembled in Taiwan”、“my Family No. : M2453”などの表記を採用していた点もユニークであり、ACアダプタさえも、円形でヨーヨーのようにケーブルが巻き取れるなど、“Think different.”を地でいく製品であった。
実用面では、世界で初めてWi-Fi対応を念頭に置いた設計がなされており、本体価格を抑えるために無線LAN機能を付加するAirPort(日本ではAirMac)カードは別売りだったものの、Wi-Fiアンテナは最初からディスプレイの両脇に内蔵されていた。
Macworld Expoでの発表時に、ジョブズはiBookをフラフープの輪の中に通す演出でワイヤレスであることをアピール。コンシューマ向けのエントリーモデルからWi-Fiを普及させようとするAppleに、会場も大いに沸いた。
“弱点”を補って余りあるデザインの魅力。効率を無視し、ジョブズとアイブが目指したもの
初代iBookは、CPUとして300MHzのPowerPC G3、グラフィックカードとしてATI Rage Mobilityを搭載し、10/100 Ethernetまで内蔵するなど、当時のこのクラスのノートコンピュータとしては、先端的な仕様を誇った。
しかし、ジョブズが「ゴージャス」と形容したディスプレイだけは800×600ピクセルの12インチで、筐体サイズからすれば1世代前の仕様といっても過言ではなかった。画質の良いTFT LCDを採用するうえでのコスト的な配慮があったのかもしれないが、この画面や3.04kgという重量は明らかな弱点だったにもかかわらず、全体のデザインに魅了された人々は(僕自身も含めて)この製品に飛びつき、AppleにとってiMac同様のヒット作となっていった。
もっとも、重量に関しては、高性能でありながら6時間のバッテリ駆動を実現するために大きな充電池を搭載していたことの影響もある。しかも、重さを逆手にとって、ラッチレスのディスプレイを開く際にも本体側を押さえることなく、片手のみでカバーを開くことができる点をセールスポイントに仕立てていた。
のちに僕はジャンクの初代iBookも入手して、中身をiPadとその純正キーボードに置き換えるという改造を行ったことがあったが、そのために分解してわかったことは、滑らかな外観とは裏腹にボディパーツの構成は複雑で、まったく量産向きではなかったという事実だ。逆にいえば、ジョブズとアイブが効率を無視しても実現したかった製品、それが初代iBookだったのである。
※この記事は『Mac Fan』2020年8月に掲載されたものです。
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著者プロフィール

大谷和利
1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。