iPhoneの電話アプリと計算機アプリでは、テンキーの並び方が上下で逆になっている。いわゆる電話配列と計算機配列の違いであることはよく知られているが、なぜ違うのかについては諸説あり、決定的な理由ははっきりしていない。それぞれの配列が生まれた時代にさかのぼって調べてみた。
まず、2枚の図を見ていただきたい。皆さんおなじみのもので、左はiPhoneの「電話」アプリのキーパッド、右は「計算機」アプリだ。あることにお気づきだろうか。電話の数字キーは上から1、2、3…と並んでいるが、計算機は下から1、2、3…と並んでいる。まったく逆なのだ。

その理由は、多くの人がご存じだろう。電話は電話機のボタン配列を受け継いでおり、計算機は電卓のボタン配列を受け継いでいるからだ。では、なぜ電話機と電卓ではテンキーの並び方がまったく逆なのだろうか。この話には諸説あり、決定的な理由は明らかになっていない。

電卓式テンキーの歴史は1914年のレジスターから始まった
電卓式のテンキーの歴史は古い。1914年にロックフォード・ミリング・マシン社が取得した特許「Adding and Listing Machine(加算集計機)/US1198487A」が、その始まりだとされている。
加算集計機とは、かつて小売店で使われていたレジスターのことだ。商品の金額を入力していくと、最後に合計を計算し、同時にトイレットペーパーのようなロール紙へ計算内容を印字してくれる。このレジスターのテンキーは、下から0、1、2…と並ぶ現在の計算機方式の配列になっている。

この並びを採用した理由については、特許文書に記載されていない。しかし、ごく自然な配列だったと考えられる。レジスターは、たくさんの商品を購入した客を前にして、「ジャガイモ120円、牛乳230円…」と次々に金額を入力し、最後に「合計で○○円になります」と精算するための機械だ。
大量の数字を入力するのだから、手首を大きく動かさずに操作できたほうが疲れにくい。また、金額を入力する以上、1や2、そして0を使う頻度は高い。そうした数字が近い位置に配置されていれば、効率よく入力できる。
さらに、3列という配置も優れていた。人間の指は5本あるが、親指は他の4本とは向きが異なり、小指は力が弱く動きも鈍い。人差し指、中指、薬指の3本をそれぞれの列に割り当てることで、タッチタイピングに近い操作が可能になる。かつては視線をテンキーではなく商品に向けたまま、高速で金額を入力する達人級のレジスタッフが町のあちこちにいたものだ。
電話機式テンキーは1963年に誕生した
それから50年近くが経過した1963年、ベルシステムは現在のプッシュホン方式の電話サービスを開始し、ベルの製造部門であるウェスタン・エレクトリック社から「モデル1500」が発売された。このとき採用されたのが、現在の電話機と同じ、上から1、2、3…と並ぶ配列である。
なぜレジスターとは逆の並びになったのだろうか。
電話機とレジスターではテンキーに求められる役割が違った
その理由については、開発チームが1960年7月の『Bell System Technical Journal』に発表した論文「Human Factors Engineering Studies of the Design and Use of Pushbutton Telephone Sets(プッシュホン電話機の設計と使用に関するヒューマンファクター研究)」に詳しく記されている。
開発チームは、計算機のテンキーをそのまま流用するようなことはしなかった。なぜなら、レジスターと電話機では使い方がまったく異なるからだ。
レジスターは長時間にわたって大量の数字を入力する。そのため、打ちやすさが最重要になる。しかし電話で入力するのは、せいぜい7桁から8桁程度の番号であり、それも通常は一度入力すれば済む。電話機では、打ちやすさよりもわかりやすさが重視されたのだ。
電話番号入力の3つのパターン
さらに電話番号の入力には、主に3つのパターンがあることも考慮された。
ひとつは、電話番号を完全に暗記していて、一気に入力する方法だ。
もうひとつは、電話帳を見ながら3〜4桁ずつ覚えて入力し、再び電話帳を見て残りを入力する方法である。
そして、電話帳の数字を1桁ずつ確認しながら入力するケースもある。
これは利用者ごとの違いではなく、同じ人が状況によって使い分ける。自宅や会社、知人など何度もかける番号は暗記しているため、一気に入力できる。一方、広告に掲載された番号へ電話するときには、数字を1つずつ見ながら入力することもある。さまざまな入力方法に対応するため、わかりやすさが重要だったのだ。
そこで開発チームは16種類ものボタン配列を試作し、実際に協力者に使ってもらいながら各種テストを実施した。その結果、有力候補は5種類に絞り込まれた。


16種のボタン配列をテストした結果
各配列について入力時間と入力ミス率を測定したところ、大きな差は見られなかった。2列で上から並べる方式はミス率がもっとも低かったものの、入力時間はやや長かった。
そこで開発チームは、被験者に好きな配列と嫌いな配列を投票してもらった。利用者が好む配列は、実際の使用感においても優れているのではないかという仮説を立てたのである。
ところが、客観的な数値ではもっとも優秀だった2列方式は、もっとも不人気で、嫌われる結果となった。
一方、横方向の2列方式はもっとも好まれ、嫌われる割合も低かった。しかし、この方式には製造上の問題があった。
プッシュホン電話機は、既存のダイヤル式電話機の設計を流用して開発された。そのため、ボタン機構は電話機前面の中央部分に収めなければならない。横2列方式では内部設計の変更が必要になる。さらにデザイン面でも上下に余白が生じて間延びした印象になるため、電話機全体のデザインを見直さなければならなかった。
こうして最終的に残ったのが、現在の上から1、2、3…と並ぶ電話配列だったのである。
米国の習慣とマッチした現在の配列
この配列は、米国の電話番号特有の習慣とも相性がよかった。
米国の電話機には、ダイヤル式電話機の時代から数字だけでなくアルファベットも記されている。これは電話番号を覚えやすくするための工夫だ。
たとえば、グレン・ミラーの楽曲で有名なホテルの電話番号「PENNSYLVANIA 6-5000」。ここで「PE」はダイヤル上では数字の「73」に対応する。6は地域番号、5000がホテル固有の番号だ。これを「73-6-5000」と覚えるのは大変だが、「PE-6-5000」なら覚えやすい。
この考え方は現在でも使われている。たとえば、FedExの集荷受付番号として知られる「1-800-Go-FedEx」だ。
実際の番号は「1-800-46-33339」だが、この数字列を覚えるのは簡単ではない。しかし、「フリーダイヤルのGo FedEx」であれば記憶しやすい。
もう一度、iPhoneの「電話」アプリのキーパッドを見ていただきたい。数字だけでなくアルファベットも記載されている。このようなアルファベット表記を併用する場合も、上から順番に並んでいるほうが探しやすい。
電話式のテンキー配列は将来なくなるかもしれない
ちなみに銀行のATMでは、電話式配列が主流である一方、一部には電卓式配列も存在する。暗証番号の入力を重視するのか、それとも金額や口座番号の入力を重視するのかによって、考え方が異なるためだ。
もっとも、最近では暗証番号入力時にキー配置をランダムに変更する「シャッフル機能」を備えたATMも増えている。指の動きから暗証番号を推測されることを防ぐためだ。
一方で、電話番号をキーパッドで入力する機会そのものは減っている。主要な電話番号は連絡先に登録されているはずだし、Webサイト上の電話番号をタップすれば、そのまま発信できることも多い。
そう考えると、あと何年かすれば電話式配列そのものが、歴史の教科書の中にだけ残る存在になっているのかもしれない。








