“パソコン室のお下がり”から、教員のための校務端末へ
「私も最初は、当然Windowsだと思っていました。ですが、児童生徒用の端末がiPadになり、連係のしやすさからMacという選択肢が浮かんできたのです」
そう振り返るのは、藤岡市教育委員会で指導主事を務める高橋智之さん。藤岡市は2026年夏、市内の小中学校15校と教育委員会に、計390台の校務用MacBook Airを導入しました。
中心となって立案した高橋さん自身、当初はWindows PCを更新するつもりでした。Macの使用経験も過去に少し触れた程度で「校務端末=Windows」という固定観念があったといいます。転機となったのは、先行導入していた児童生徒用のiPadでした。教員も学習指導でiPadを活用しており、「端末同士の連係を滑らかにすれば、校務効率も上がるのでは」という発想が芽生えたのです。

これまで藤岡市の学校では、教員用PCにパソコン室の“お下がり”を再利用していました。メモリ増設などの工夫を重ねて使い続けていたものの、端末の老朽化や性能不足による起動・動作の遅さが日常業務の足かせとなっていたのです。
「以前は市がパソコンを用意してくれるだけで十分ありがたかったんです。ですが時代は変わり『起動が遅い』『頻繁にフリーズする』といった現場の声が増えていきました」
教育委員会の学校教育課長・佐藤淳さんも言葉を揃えます。電源を入れてから業務を始められるまでに待たされ、教材をつくろうにもファイルすら満足に開かない。ICTを活用する業務が増えるほど、端末のスペック不足が大きなボトルネックになっていました。
そこへGIGAスクール構想が推進され、児童生徒の1人1台端末が実現したことでパソコン室がなくなり、従来の「お下がりを転用する仕組み」は物理的に終わりを告げました。教育委員会は数年前から市に新たな端末配備の必要性を訴え続け、2026年度の予算化に向けて動き出したのです。
慣れ親しんだWindowsをそのまま選ぶか、それともiPadとの連係に長けたMacに舵を切るか。日々の校務の快適化と、その先にある授業の質向上を見据えた比較検討が始まりました。


現場の不安を確かめ、390台の導入を決める
数百台におよぶ校務端末を、未経験者が多いMacへ一斉に切り替える。合意形成には多大な労力がかかると思われがちですが、藤岡市での決定プロセスはきわめて順調でした。
もちろん、最初から不安がなかったわけではありません。佐藤さん自身もMacには馴染みがなく「高価で、デザインや音楽など、芸術系の専門職が使うもの」というイメージを抱いていたといいます。現場の先生方からも「今の業務がそのまま続けられるのか」「操作をゼロから覚えるのは大変だ」といった懸念が寄せられました。
そこで教育委員会は、教員を集めてMacBookの体験会を開催。実機を触ってもらいながら「Macで何ができるのか」を具体的に提示しました。体験後にアンケートを取ったところ、現場からは期待する声があがってきました。
続いて検証したのが「既存の校務が滞りなく行えるか」という点です。
「現在はブラウザベースのサービスが増えてきているので、WebブラウザとMicrosoft Officeさえ動けば、基本的な日常業務の多くは困りません。まずは基本業務を担保し、そのうえで活用を深めたい先生が新しいことに挑戦できればいいと考えました」(高橋さん)
既存システムの互換性調査も徹底しました。Macでの動作保証が明記されていないWebサービスについても、提供元への問い合わせや他校での実績を確認。結果として、必要とするサービスの多くがMacで動作するとわかりました。
懸念されたコスト面でも、うれしい誤算がありました。導入事業者を通じて見積もりを取ったところ、比較したWindows PCよりもMacBook Airのほうが安価だったのです。「Macは高い」という先入観が消え去り、予算担当への説明も一気に現実味を帯びました。
運用管理には、MacやiPadを一元管理できるMDM「Jamf Pro」の導入を決定。導入事業者は入札により選ばれましたが、幸いにも、すでに児童生徒用iPadの導入・運用実績がある導入事業者が今回のMacの導入に関わりました。この一貫したサポートを受けられたことが、運用面での大きな安心材料となりました。
検証結果と現場での手応えを揃え、高橋さんは調整を加速させます。
「明確な導入意図と客観的な根拠、そして予算の裏づけがある。段階を踏んで丁寧に関係各所と調整すれば、規模の大きさだけでMac導入が頓挫することはないと思います」(佐藤さん)
業務効率性や業務互換性の確認、そしてコストと管理体制のクリア。1つずつ条件を証明していくことで、390台規模のMac導入は確固たる決定へと至りました。

起動の待ち時間が減り、iPadの写真をすぐ教材へ
MacBook Airは5年間のリース契約で配備されました。初期設定やキッティングは導入事業者が担い、教育委員会は利用上の条件を伝え、設定を調整しました。また、夏休み期間には、Mac初心者向けの講習から応用活用に向けた研修まで幅広く実施しました。
事前の検証を経ていたとはいえ、長年使い慣れた道具が変われば誰しも戸惑いは生じます。市内の藤岡第一小学校でも、導入当初は「従来のソフトは動くのか」「キーボード配置や操作感の違いに適応できるか」といった不安が渦巻いていました。

【URL】https://10209.schoolweb.ne.jp/1010001
しかし、研修を経て日々の業務で触れるうちに、利便性を実感する声へと変わっていきます。1年生を担任する間庭有紀先生が真っ先に挙げたのは「時間的ストレスからの解放」でした。
「起動がとにかく速い。朝出勤してから電源を入れて待つ無駄な時間がなくなりました。また、iPadで撮影した写真をすぐにWordへ貼り付けられるため、ワークシート作成が驚くほどスムーズです」(間庭先生)
以前なら、iPadで撮った写真をWindows PCに移すためにクラウドストレージを経由する手間がかかっていました。それがMacなら、Apple標準の「写真」アプリを介して自動同期されるため、教材づくりのハードルが下がったのです。
バッテリ駆動時間の長さも、働き方を一変させました。従来のWindows PCは職員室での据え置きが基本で、持ち運ぶにはACアダプタが不可欠でした。一方、MacBook Airなら充電器なしで教室へ持ち出せます。直感的に操作できるトラックパッドのおかげで、マウスを持ち歩く必要もなくなりました。
4・5年生の社会科などを教える今井貴秀先生は、Macで教材を作成し、そのまま教室へ持ち込んで授業で提示しています。データを別端末に移し替える手間がなく、準備から本番まで1台で完結するスマートさを高く評価しています。
さらに、6年生担任で情報主任を務める田島佑樹先生は、職員室の雰囲気の変化を肌で感じています。
「導入前よりも、実際に使い始めてからのほうが現場の評判はいいですね。最初は『Macで大丈夫?』と半信半疑だった先生方も、今では『動作が速くて快適』と笑顔で話しています」(田島先生)
操作で困ったときは隣の席の教員や得意な人に尋ねる。研修で知った便利機能を試し、同僚にシェアする。そうした自然発生的な助け合いが、現場での定着を強力に後押ししています。
授業での活用スタイルも多様です。Macで作成した資料をそのまま画面投影する教員もいれば、手書き入力ができるiPadをメインに使う教員もいます。Macが加わったことで、用途や好みに応じて最適な道具を自由に選べる環境が整いました。

プリンタと一部ソフトへの対応は、残された課題
合意形成から導入までスムーズに進んだ藤岡市ですが、実運用が始まって初めて浮き彫りになった課題もありました。高橋さんが特に頭を悩ませたのが、プリンタへの対応です。
「事前の動作検証ではプリンタも問題なく使えていたのですが、実運用が始まると、現場で長年使われている機器の中に、Mac非対応の古い機器が残っていることがわかりました。学校によって設置機器が異なるため、どれが使えてどれが使えないかを把握・調整する作業は難航しました」(高橋さん)
現場の先生方からも「ポスター印刷がうまく動作しない」「両面・カラー印刷の設定箇所がわかりにくい」といった困りごとが寄せられ、取材時点でも個別の最適化作業が続けられていました。
また、特別支援教育向けクラウドサービス「LITALICO教育ソフト」の対応についても、丁寧な交渉が必要でした。藤岡市では「誰一人取り残さない教育」を目指し、特別支援教育の充実に力を入れています。先に導入が決まっていたサービスを、新しい校務端末でも使えることは重要な条件でした。
「LITALICOは児童生徒の特性把握や個別の支援計画づくりを支えるサービスで、Mac導入の議論が始まる前から予算化を進めていた重要システムでした。しかし検証を進める中で、当時の同サービスがMac非対応であることが判明したのです。使えないとなると死活問題ですから、事業者へ直接掛け合い、Mac対応のスケジュールを前倒ししてもらうよう働きかけました」(佐藤さん)
最終的に事業者の協力によってMac対応が完了し、無事に事なきを得ました。
このほか、既存のWordファイルをMacで開いた際にレイアウト崩れやフォント置換が発生するといった細かな違和感も報告されています。日々の細かな作業も従来どおりに進められるよう、現場で一つずつ確かめながら対応を進めています。
端末を配って終わりではなく、現場で生じる摩擦を根気強く解消していく。藤岡市の校務Mac移行は、現在、定着の過程にあります。

教員の創意工夫と、無理なく働ける環境を支える
佐藤さんがMac導入の先に見据えているのは、教員による「授業づくりの進化」です。子どもたちの笑顔を思い浮かべながら教材を練り上げ、工夫を凝らした授業で好奇心を引き出す。その成功体験こそが教員の本質的なやりがいになると信じているからです。
「教員というのは、創意工夫を重ねるクリエイティブな仕事だと思います。その創造性を最大限に発揮できるICT環境を整えることこそが、私たち教育委員会の本来果たすべき役割だと考えています」(佐藤さん)
すでに定着しているiPadにMacBook Airが加わることで、教員のアイデアを形にしやすくする環境が整いました。今回の選定基準は「業務をこなせるか」にとどまらず、「授業を創る楽しさ」や「新しい挑戦への余白」を生み出せるかという未来志向の視点に基づいています。
一方、高橋さんが一貫して追求しているのは「教員の負担軽減」です。かつて現場の教員として汗を流した経験から、日々の業務ストレスを少しでも減らしたいという強い想いがあります。
「先生方には、もっと肩の力を抜いてスマートに働いてほしいんです。iPadと校務端末がシームレスにつながったことで、日々の業務負担は軽くなると感じています」(高橋さん)

今後はクラウド活用をさらに推し進め、セキュリティを担保しながら必要な情報へ即座にアクセスできる次世代の校務環境を目指していく構想です。
藤岡市の事例が示しているのは「規模の大きさ=移行の難易度」ではないということです。慣れ親しんだ環境を変える不安に対し、業務実態に即した検証で答えを出し、コストと管理体制をロジカルに整理し、教育の質を高めるビジョンを共有する。その丁寧な積み重ねの結実が、390台のMacBook Airという決断でした。

Photo●山田秀隆

