初期のBYOD時代、なぜMacが「自然な選択」だったのか
note株式会社が設立されたのは2011年。CTOの今雄一さんが入社したのは、その約2年後の2013年でした。当時の社員数は20人に満たず、業務端末は各自が所有するものを使うBYOD(Bring Your Own Device)が基本でした。しかし当時から、社内端末のほとんどはすでにMacだったと今さんは振り返ります。
その背景には、創業期の組織構成がありました。社員の8〜9割をクリエイティブ職が占め、営業職は少数派。これらの職種にとって、Macは単なる好みではなく「業務上もっとも生産性が高いツール」として定着していました。
エンジニアである今さん自身も、Webアプリケーション開発においてMac以外の選択肢は考えにくかったと話します。
「私はソフトウェアエンジニアなので、基本的にはLinuxやUNIXを触ることがほとんどです。macOSはUNIXを基盤としたBSD由来のOSなので、開発環境の構築において非常に親和性が高い。逆にWindowsだとWeb系の開発は当時はかなりやりにくかったため、Macを選ぶのは極めて自然な判断でした」
上場準備というターニングポイント、BYODの限界
状況が大きく変わったのは、同社が株式上場を視野に入れ始めた時期でした。
上場企業として厳格なIT統制(セキュリティやガバナンスの維持)を整備するには、MDM(モバイルデバイス管理)を導入し、全社共通のセキュリティポリシーや運用ルールを強制できる環境が不可欠です。しかし、社員の私物であるBYOD環境のままでは、十分なIT統制を実現することは極めて困難でした。
「IT統制をクリアするため、MDMを使って強固なセキュリティルールを適用する必要が出てきました。BYODのまま運用ルールをガチガチに縛ることも不可能ではありませんでしたが、個人の端末に対するプライバシーや技術的な制約が多すぎます。であれば、会社側でMacを買い揃えて一括配布したほうが、結果的にコストも低くスピード感もある。そう判断し、BYODの廃止とMacへの統一を決定しました」
端末導入の検討は、当時のコーポレートIT部門と今さんを中心に進められましたが、そこに「Windowsを混ぜるか否か」という選択肢は存在しなかったといいます。
「当時、Windowsを選択肢に入れるかどうかといった議論は、正直した覚えがないですね。Macを標準配備することはほぼ前提で、議論したのは『どのモデルを採用し、どのスペックにするか』という実務的なレイヤーの話だけでした」

トップの理解と、アプリ開発における技術的制約
同社のMac統一を後押ししたのが、経営陣のエンジニアリングへの理解度でした。
noteの創業メンバーであり、代表取締役CEOを務める加藤貞顕さんは、自身も長年のMacユーザであり、開発の現場感を持った人物です。
「CEOの加藤自身、Macが開発においていかに効率的かを深く理解していました。もし私たちが『管理が楽だからWindowsにします』という提案を持っていったら、おそらく合理性を巡って大激論になっていたと思います」
さらに技術的な要因もありました。当時、同社はiOSアプリの開発に注力しており、主要な開発言語はObjective-C。iOSアプリの開発にはmacOSが必須であることも、開発インフラとしてMacを採用する大きな理由になっていました。
BYODという自由な黎明期から、上場という組織の成熟期へ。noteの「Mac統一」は、何か新しい仕組みを無理に導入したわけではなく、創業期から現場に根付いていた開発効率の最大化という企業文化を、制度に落とし込むプロセスだったといえます。
「少数派を切り捨てる」合理性と、そこから生じたトレードオフ
しかし、なぜ「MacとWindows PCの選択制」にしなかったのでしょうか。そこには、IT部門の運用コストを最小化するための合理性がありました。
「当時、社内でWindows PCを使っていたメンバーは1人か2人程度。もしWindows PCとの混在環境にすれば、MDMの管理設計も、トラブルシューティングのノウハウも2系統用意しなければならなくなります。それは組織の規模に対して非合理的でした。そのため、対象のメンバーには個別に『申し訳ないが、会社のガバナンスと運用のためにMacを使ってほしい』と、我慢してもらうコミュニケーションをとりました」
もしWindowsユーザが1〜2割存在していれば、マルチOS環境の構築も検討したかもしれないと今さんは言います。しかし、圧倒的多数がMacである以上、例外をつくらず、管理コストを圧縮する道を選びました。
もちろん、この「Mac一極集中」にはデメリットもありました。自社サービスである「note」はWebブラウザを通じて一般のWindowsユーザも多く利用します。しかし、社内がMac環境に偏りすぎたことで、Windows環境におけるフォントの見え方や崩れのチェックが手薄になるという課題が浮き彫りになったのです。
「当時は、新機能を実装してリリースした後に、デザイナーから『Windowsで見るとフォントの見え方が気になる』といった指摘が上がることがありました。こうした検証環境の不足は、統一化とセットで考えるべき論点でしたね」
こうした課題を抱えつつも、プラットフォームをMacに一本化したことで、MDMによる統制やセキュリティ環境の構築は極めて円滑に完了しました。
創業期の文化を壊さず、かつ上場準備という高いハードルを乗り越えたnote。次回は、同社がMac統一後に構築した、具体的なIT統制とMDM運用の内実に迫ります。
