

Appleブースで開かれたゲストセミナーには、ふくおかフィナンシャルグループでDX推進を担う根上竜也氏が登壇しました。金融機関ではWindows PCを中心とするIT環境が一般的ですが、同社では内製開発を担うエンジニアの業務端末としてMacを積極的に導入しています。
Macを採用した背景と、人財採用、生産性、TCO、組織変革にもたらした影響について、根上氏に聞きました。

AppleデバイスのOS標準機能で実現する業務効率化
根上氏によるゲストセミナーに先立ち、Macを中心とするAppleのエコシステムを日々の業務に活用し、生産性の向上につなげるための秘訣を紹介するセッションを取材しました。
今年3月、MacBookのエントリーモデル「MacBook Neo」が発売されました。本機を使ったデモンストレーションでは、10万行規模のExcelファイルを開き、データ入力などの作業をスムーズに行えるパフォーマンスを実演しました。

日常業務の効率化や生産性の向上に役立つ機能として、macOSの「クイックルック」も紹介されました。Finderやデスクトップ上でファイルを選択してスペースバーを押すと、アプリを起動せずに内容を素早く確認できます。
さらにiPhoneのカメラで手書き文字を認識し、そのままMacにコピーする機能や、iPhoneを書類スキャナとして使用して、領収書をMacの「メモ」アプリへ直接取り込む連携機能も実演されました。
Apple Intelligenceのデモでは録音した音声をMac上でテキストに起こして、その内容を要約する一連の流れを紹介しました。音声データを第三者のAIクラウドに送信せず、オンデバイスで処理できる点が、機密情報を扱う企業にとってのメリットとして示されました。
特別なアプリケーションを追加しなくても、AppleデバイスのOSに元から備わる機能を結び付けて使いこなすだけでも、ファイルの探索やデータ入力、経費の処理、会議の議事録といった日常業務の負担を減らせることが、セッション全体を通じて強調されたメッセージでした。

このようにAppleがMacをはじめとする自社製品のビジネス活用の提案を強める中、その動きに呼応するかのように、日本の企業でもDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の基盤としてMacやAppleのソリューションを採用するケースが増えています。
その具体的な事例を、ゲストセミナーのステージに登壇したふくおかフィナンシャルグループの根上氏が語りました。
外部委託から内製開発へ、大きく舵を切った
ふくおかフィナンシャルグループは福岡銀行、熊本銀行、十八親和銀行、福岡中央銀行、みんなの銀行を傘下に持つ地域金融グループです。内製開発は2018年に小規模な体制から始まり、2022年のDX推進本部発足を機に本格化しました。

【URL】https://www.fukuoka-fg.com/
根上氏が副本部長として率いるDX推進本部は、現在は主に独自の銀行アプリである個人バンキングアプリ、事業者ポータル「BIZSHIP」、行員が利用する営業支援システムなどを内製しています。同社が内製開発を推進する背景には、顧客ニーズの変化に対して、従来のベンダー委託型を中心とする開発環境では、十分な速度と柔軟性が確保しにくいという危機感がありました。
根上氏によると、立ち上げ時には約10人だったDX推進本部は、現在では200人近くにまで拡大したそうです。開発の中核には、エンジニアとして採用された約108人の社員が携わっています。
なお、2022年、2023年、2025年にふくおかフィナンシャルグループは「DX銘柄」に選定されています。DX銘柄とは、経済産業省が、東京証券取引所および情報処理推進機構(IPA)と共同で、東証上場企業の中からDXによって企業価値の向上を実現している企業を選定・紹介する制度です。
「仕事にMacを使いたい」という多くの声があった

根上氏は、同社の内製化を支える基盤としてMacを位置づけています。
Mac導入の第一の狙いは優秀なエンジニアを採用し、力を発揮できる環境を整えることでした。根上氏は「エンジニアの採用において、仕事にMacが使えることはひとつのアピールポイントにもなった」と振り返ります。
「優秀なエンジニアには、プライベート用のPCとしてMacを使っている方が多くいます。使い慣れた環境で仕事ができれば、生産性も高くなります」
ふくおかフィナンシャルグループはiPhone向けのネイティブアプリも開発しているため、macOS上の開発環境やシミュレータを活用することで、動作検証を効率化できる場面があります。現在ではクラウドベースの開発環境が増えたことから、OSへの依存が薄れたこともMacの採用に向けて追い風になりました。加えて、金融機関として端末を安全に管理できることも選定条件でした。
現在、DX推進本部で働くエンジニアの8割近くがMacを使用しています。エンジニアには、メモリ容量を24GBに増強したM5搭載MacBook Airが支給されています。
一方、Windowsでなければ接続できない勘定系システムや、一部のデータ基盤を利用する場合には別途Windows PCを用意しています。全社の端末を一律にMacへ置き換えるのではなく、業務内容に応じて最適な端末を使い分ける、現実的な運用を採用しています。
Macを選んだ効果が各方面に表れた
「仕事環境にMacを導入するメリット」として、根上氏は安定したパフォーマンスと長時間バッテリー駆動との両立、そして高いポータビリティにより、日々のストレスが軽減されることを挙げています。「朝から夕方まで電源につながずに使える快適さは、毎日積み重なれば多くの従業員の体験向上に直結する」のだと、根上氏は語ります。
運用面ではMDM(Mobile Device Management)ソリューション「Jamf Pro」を通じて、デバイスの設定やOSアップデートを一元管理できる点も根上氏は高く評価しています。
根上氏によると、同社が求める開発環境をWindows PCで構築した場合、MacBookと比べて大容量のメモリや追加機器が必要となり、調達コストが高くなるケースがあったといいます。さらに、端末の管理や運用にかかる工数まで含めて比較すると、Macには総保有コスト(TCO)の面でも優位性があると根上氏は説いています。

ふくおかフィナンシャルグループにとってMacの導入は単なる従業員向けの福利厚生ではなく、生産性の向上と運用負荷の軽減を総合的に見据えた経営上の判断でした。
一方で、同社のDX推進は一貫して順風満帆だったわけではありません。
大きな壁となったのが銀行員とエンジニア、職種が異なる社員同士の間にある「文化の違い」でした。縦型での意思決定を行ってきた銀行組織と、自由度の高い働き方や水平的なコミュニケーションを求めるエンジニアでは、働き方におけるさまざまな価値観が異なります。職場では両者の意識がぶつかり合うことも少なくなかったといいます。
DX推進本部にはエンジニアとして採用された社員だけでなく、銀行員からエンジニアへとキャリアを転換した社員もいます。こうした人財が橋渡し役となり、双方の異なる価値観や考え方を翻訳することで、互いへの理解と歩み寄りが進んできたそうです。
AI駆動開発を加速するための環境もMacで検証中
ふくおかフィナンシャルグループではDXの次なるテーマとして、AI駆動開発にも挑戦しています。ただし、生成AIやAIエージェントは、これを使うほどにコストが増えるため、AIの活用を推進する一方で、トークンの使用量を制限せざるを得ないという矛盾が生じます。
そこでエンジニアが利用料金を気にせず、セキュリティ上の課題もクリアしながらAI駆動開発を自由に試せるよう、Mac StudioをローカルAIサーバとして開発環境に組み込み、MLXを基盤とする推論サーバを運用試行しています。
MLXは、Appleシリコンを搭載するMacの性能を活かしながら、ローカル環境で生成AIを動かすためにAppleが開発したオープンソース型の機械学習フレームワークです。現在はクラウドAIとハイブリッドに使いながら、セキュリティ、コスト、品質の最適なバランスを探っているそうです。

一方で、AIエージェントの意図しない挙動をどのように管理するかといった、新たな課題も見えてきたと根上氏は語ります。加えて、DX推進本部では先行してAI活用が進んでいるものの、一般の業務部門にまで浸透させるにはなお時間がかかるといいます。
根上氏が描くゴールは、DX推進本部だけが先行して変革を遂げることではありません。
「本来、DXは現場にまで広く浸透してこそ、全社的に実現したと言えます。今後、DX推進本部で培った考え方やノウハウが各部署に広がり、それぞれの現場でDX推進の取り組みが自律的に進むようになれば、私たちの活動が組織に根づいたと言えるのではないかと考えています」
ふくおかフィナンシャルグループでは従業員の一人ひとりが能力を最大限に発揮できる環境を整え、部署ごとに異なるカルチャーをつなぎながらDXの成果を検証し、継続的な改善を重ねてきました。同社の事例は、デバイスの選定を単なるIT環境の整備ではなく、経営戦略の一環として捉えることがDXを着実に前進させる結果にもつながることを示しています。
