企業のAIインフラを再考する
2026年6月、Appleは「Rethinking critical AI infrastructure」と題したレポートを公開しました。これは米調査会社Omdiaが複数国の企業IT意思決定者およびAI開発者約1500人を対象に実施した調査をもとに、企業におけるAIインフラの現状と課題を分析したものです。
レポートでは、「これまで企業ではAIの開発と展開を支えるために、主にクラウドおよびオンプレミスのインフラに依存してきたが、オンデバイスAIが持つ測定可能な利点については十分に評価されていないケースも少なくない」と指摘。そのうえで、「セキュリティ」「継続コスト」「ワークロードへの適合性」という観点から現在のAIインフラを検証し、オンデバイスAIが有効となりうる領域を示しています。

【URL】https://www.apple.com/jp/business/enterprise/docs/resources/Omdia_Rethinking_Critical_AI_Infrastructure.pdf?
企業が直面するAI活用の現状と課題
まずレポートの冒頭では、企業におけるAI活用の現状と、そこから見えてくる課題について整理されています。主なポイントは以下の5つです。
①オンデバイスAIの位置づけ
AI成熟度が高い企業ほど、クラウドとオンプレミス、オンデバイスを組み合わせたハイブリッド構成を採用する傾向が強い。これは排他的に選ばれた結果ではなく、それぞれ異なる目的を担うために戦略的に組み合わせた結果である。MacでオンデバイスAIを実行している企業の56%は、NVIDIAのGPUによるローカル環境も併用している。オンデバイスAIは既存の計算基盤を置き換えるものではなく、補完する役割として位置づけられる。
②オンデバイスAI活用の拡大見込み
「今後12カ月で、オンデバイス/オンプレミス/クラウドの比率はどう変わるか?」という問いに対して、企業の3分の1以上が「今後12カ月以内にオンデバイスAIを増やす計画」だと回答している。従来のクラウド中心のアプローチでは十分に対応できない領域、具体的には機密データを扱う処理やリアルタイム性が求められる開発ワークフローなどにおいて、オンデバイスAIの活用が進む。
③外部AIサービスへの不満
外部のAIサービスに対する不満として、データプライバシー/セキュリティ制御の不十分さ(32%)、継続コストの予測不能性・高さ(32%)、既存エンタープライズシステムとの統合の弱さ(28%)、リアルタイム用途における性能制約(21%)、ベンダーロックイン懸念・柔軟性不足(21%)、業界特化のカスタマイズ不足(19%)、オンプレミス展開オプションの限定性(16%)が挙げられる。「パートナーシップが要件を完全に満たしている」と回答した企業は9%にとどまっている。
④見えにくいセキュリティコスト
AIインフラのTCO(総所有コスト)として、クラウド、セキュリティ、ソフトウェアライセンスが挙げられる。このうちクラウドコストは、請求が明細化されるため「見えるコスト」として管理しやすく、72%の企業が独立した費目として追跡している。一方でセキュリティはTCO上で2番目に大きな懸念事項であるにもかかわらず、半数未満の企業しか独立したコストとして管理していない。コンプライアンス対応、監査、インシデント対応、専用ツールなどのセキュリティコストは存在するものの、複数の部門や予算に分散しているため可視化が難しく、意思決定が「見えるコスト」に偏る構造が生まれている。
⑤クラウド中心アプローチの制約
クラウドAIを活用するにはデータを組織外へ送信する必要があり、この点を企業の76%がリスクとして認識している。また、企業の87%は、オンプレミスまたはオンデバイスでの処理が重要、あるいは不可欠であると回答している。クラウドファーストのアプローチではセキュリティリスクを完全に排除することはできない。
オンデバイスAIの優位性とMac
こうした現状・課題を踏まえ、レポートではオンデバイスAIの優位性、そしてMacが企業のAI活用に適したプラットフォームである理由を次のように説明しています。
①データの安全性

オンデバイスAI処理は、データを外部へ送信しないため、送信に伴うリスクを構造的に排除できる。機密データをローカルに保持する必要がある企業にとって、手続き的な管理による対策ではなく、アーキテクチャとしてプライバシーを実現できる点が大きな利点である。現在、企業の99%はAIモデルの学習やファインチューニングに独自データを利用しており、オンデバイスAIはデータ送信に伴うリスクの排除、手続き上の負担の軽減、そしてAIによるデータ準備作業の実現において重要な優位性を持つ。
②ワークロード適合

AIの価値を引き出すのに巨大な基盤モデルが必須とは限らない。企業の95%はモデルをゼロから開発するのではなく、既存モデルのファインチューニングや推論を行っている。また、企業が使用するモデルの57%は100億(10B)パラメータ未満であり、MacBook AirやエントリークラスのMacBook Proのような現代のデバイスでも十分扱える範囲にある。
③AI推論を支えるユニファイドメモリ

組織が展開するモデルのサイズとインフラの選択(クラウドかオンプレミスか)との間に、有意な相関は見られない。100B(1000億)パラメータ以上のモデルを運用している組織であっても、10Bパラメータ規模のモデルを扱う組織と比べて、クラウドを選好する傾向が高いわけではない。インフラ選択を左右している要因は、モデルサイズではなく、「セキュリティ要件」「コスト」「開発ワークフロー」といった要素である。また、100Bパラメータを超えるモデルを利用する企業の約20%のユースケースではメモリ容量が重要な要件だが、AppleのユニファイドメモリはCPU、GPU、Neural Engineが同じ物理メモリを1つの巨大メモリプールとして使えるためボトルネックが生じない。M4 Maxを搭載した128GBのMacBook Proでは70BパラメータのモデルをQ8精度でローカル実行することができ、M3 Ultraを搭載した512GBのMac Studioでは300B以上のパラメータを持つモデルをサポート。いずれもディスクリートGPU(専用のグラフィックスプロセッサ)で一般的に見られるような性能低下なしに実行できる。
④予測しやすいコスト構造

クラウドAIでは利用量に応じてコストが増加するが、オンデバイスAIでは固定的なハードウェア投資を中心としたコスト構造になる。開発段階では追加コストを気にせず試行錯誤を繰り返せるほか、本番運用でも利用量の増加に伴う推論コストの膨張を抑えやすい。
⑤開発者からの支持
AIソリューションを自社開発している企業は、商用AIサービスを利用している企業と比べて、AIワークロード向けにMacを採用する割合が約2倍高い。開発者が重視する試行錯誤のしやすさ、ローカルデータへのアクセス、セキュリティ、パフォーマンスといった要件がオンデバイスAIの強みと一致しており、その結果としてMacが選ばれている。
AI時代におけるMacの価値
そしてレポートでは最後にまとめとして、組織におけるMacの選好は、偶然や恣意的なものではなく、クラウド中心またはオンプレミス中心のアプローチが抱える課題やギャップに直接対応するアーキテクチャに起因していると説明しています。
また、Appleシリコンのユニファイドメモリは、一般的な企業のAIワークロードに十分な容量を提供すると同時に、同一価格帯では比類のない大容量メモリを実現している点を再度強調。これにより、より大規模なモデルをデバイス上で実行することが可能となり、ワークロードのミスマッチを解消し、クラウドの継続的なコストや高価なオンプレミスサーバに依存することなく、十分なパフォーマンスを提供するとされています。
今回のレポートで興味深いのは、単にMacの性能や機能をアピールするものではなく、企業のAI活用がクラウド一辺倒から、オンデバイスを含めた適材適所の構成へと変化しつつあることを実際の調査結果に基づいて示している点です。生成AIの活用が本格化する中で、企業は「どのAIサービスを使うか」だけでなく、「どこでAIを動かすか」という視点も求められるようになっています。その意味で本レポートは、オンデバイスAIという選択肢を含め、AIインフラのあり方を改めて考えるきっかけを与えてくれる内容だと言えるでしょう。Appleは以前からプライバシーやオンデバイス処理を重視してきましたが、生成AIの普及によって、その設計思想が企業ITにおいても新たな意味を持ち始めていることがわかります。
ここではレポートの主要ポイントのみを紹介しましたが、本文ではAIインフラの構成比率や企業の課題認識、AIにおけるメモリアーキテクチャの重要性、モデル推論に必要なメモリ容量など、より詳細な調査結果が数多く掲載されています。生成AIの活用が広がる中で、企業はどのようなAI基盤を選択すべきなのか。そのヒントを得られる内容となっていますので、興味のある方はぜひ原文も参照してみてください。
