「叱らない教育」はICTでどう実現するのか。さやか星小学校に見る、iPadによる個別最適な学びの環境づくり

2026.06.15 更新 2026.06.05 三原菜央 約6分
「叱らない教育」はICTでどう実現するのか。さやか星小学校に見る、iPadによる個別最適な学びの環境づくり

「子どもが間違えるのは、教え方や環境が合っていないから」。そう語るのは、2024年に開校した「さやか星小学校」の青木高光校長だ。行動分析学に基づく「ポジティブな行動支援(PBS)」を掲げる同校では、叱責を排除し、iPadを駆使して一人ひとりに最適な学びの環境を構築している。

青木高光
学校法人西軽井沢学園 さやか星小学校 校長。Apple Distinguished Educator 2023。長野県特別支援教育ICT活用推進リーダー、国立特別支援教育総合研究所主任研究員などを経て、2024年開校のさやか星小学校校長に就任。大学時代より障害児支援に関わり、NPO法人ドロップレット・プロジェクト代表として、シンボルライブラリ「Drops」やアプリ「DropTap」等の開発も手掛ける。

原点は開発者としての経験

さやか星小学校の青木高光校長とICT、そしてアップル製品との関わりは、教員になる以前、大学時代まで遡る。当時、発語が困難な子どもたちへの支援を研究していた青木校長は、発声練習そのものよりも「代替となるコミュニケーション手段」を先に提供することの重要性に着目した。

38年ほど前、まだ音声再生システム自体が珍しかった時代にMacintoshと出会い、HyperCardを用いて「絵を押すと音が鳴る」ソフトウェアを自作したのが、開発者としての原点だ。

その後、特別支援学校の教員となった青木校長は、子どもたちのコミュニケーションを補助する「視覚シンボル」の開発に着手する。当初は携帯電話向けのシステムとして企業と共同開発を行っていたが、そこで「権利関係」の壁に直面することになる。企業との連携ではライセンス管理が厳しく、また有料の教材は現場の教員が導入しにくいという課題があった。

「特別支援が必要な子どもたちにとっては、シンボル、つまり絵でコミュニケーションするためのイラストというのは、『言葉』そのものなんです。だから、これは無料で公開したいなと思って。コミュニケーションが取れないことは大きなストレスになります。自分の気持ちを伝えられる仕組みを作ることが基本であり、そこから学習や生活の豊かさへつなげていきたいと考えました」

そう考えた青木校長は、2007年にNPO法人ドロップレット・プロジェクトを立ち上げ、視覚シンボルライブラリ「Drops」の無料公開に踏み切った。現在、このシンボルを用いたコミュニケーション支援アプリ「DropTap」は、GIGAスクール構想の端末向けに120万本以上が無償提供され、日本で広く普及している支援アプリの一つとなっている。

環境を調整するためのiPad

長野県特別支援教育ICT活用推進リーダーや、国立の研究所での経験を経て、2023年にはADE(Apple Distinguished Educator)に認定された青木校長。自身の開発経験と、現場での実践知を融合させ、現在は2024年4月に長野県佐久市に開校した「さやか星小学校」で学校経営という新たなフィールドへ、その知見を広げている。同校のICT環境は、徹底してアップル製品で統一されている。児童は入学時に購入した個人のiPadを1人1台持ち、教員は全員がMacを使用。各教室にはアップルTVと大型モニタが完備され、エアプレイ(AirPlay)を用いた画面共有も日常の風景だ。青木校長がiPadを選んだ最大の理由は「操作の統一感」にある。

「ほかのタブレットと比較しても、操作にもたつきがなく、どこを触っても迷わずに使える。この直感的な操作性こそが、子どもたちにとって大きなアドバンテージになるのです」

この恵まれた環境の上で実践されているのが、同校の最大の特徴である「ポジティブな行動支援(PBS)」の徹底だ。PBSとは、子どもの学習のつまずきや問題行動を個人の資質や性格のせいにせず、「不適切な学習をさせてしまった環境や支援方法に問題がある」と捉える考え方だ。「子どもが間違えるのは、間違えるような教え方をしているからです。もし子どもが不適切な行動をとったなら、環境や支援者の関わり方に原因があると考えます」と青木校長は語る。 

「子どもを叱ったら、それは教育者としての『敗北』だというのが我々の共通認識です。なので、職員室で子どもの悪口を言う教員は一人もいません。トラブルが起きれば『こちらの教え方が違っていた』と考え、支援方法を見直します」

この「環境側の調整」を実現するための重要なインフラが、iPadとMacによるICT環境だ。通常の一斉授業では、学習進度の遅れを「授業についていけない子」として個人の責任にしがちだが、同校では一人ひとりのつまずきを想定した「個別最適な課題」をあらかじめ用意する。

35人の児童に対して紙のプリントだけで個別の課題を用意することは物理的に不可能だ。そこで導入されているのが、「デジロク」と呼ばれるオリジナルのデジタル教材システムである。これはiPad上で、同じ学習テーマであっても、児童の理解度に合わせて問題数や難易度が異なる課題を選択できる仕組みだ。 

「紙では絶対間に合わないんです。タブレットの中にバリエーションのある学習課題を用意しておいて、先に進める子はどんどん進んでいいし、じっくりやる子は問題数が少ないプリントから取り組む。同じ教室で同じタブレットに向き合っているけれど、中身の課題は実は一人ひとり違うのです」

iPadを使えば、操作の統一感があり、子どもたちは迷わずに学習に入れる。個別の学びに寄り添い、「間違えさせない環境」を作るためには、紙での学習も大切にしつつ、タブレット前提の環境が必須だった。

「できた」「楽しい」を増やすICT活用

さやか星小学校では、教員も児童もアップル製品を活用している。青木校長が教育現場におけるiPadの強みとして挙げるのが「アクセシビリティへの信頼」だ。アップルは創業当初から一貫してアクセシビリティ機能を重視しており、OSのアップデートを重ねても、誰もが使える環境を維持・向上させ続けている点を高く評価している。

青木校長が今、学習支援の先に見据えているのは「生活の豊かさ」の追求だ。そこで新たに開発されたのが、楽器演奏アプリ「DropTone」だ。

「勉強も大事ですが、その子の『好きなもの』を広げていくことが人生を豊かにします。特に障害のある子にとって、音楽などは演奏のハードルが高いものでした」

「DropTone」は、指先や視線など、わずかな動きしかできない重度の障害がある子どもでも、スイッチ一つでコード演奏やメロディが弾けるように設計されている。楽器メーカーのKORG社から音源提供を受け、本格的な音色で合奏を楽しむことができるこのアプリは、「できない」と思われていた体験をテクノロジーで可能にした。

「やっぱり好きなものがあると人生豊かになるし、社会に出るにしても強い力になるので。子どもたちの生活の楽しさを広げるツールとして、iPadは本当に大事な存在です。自分たちの学校だけで終わらせず、他の学校でも使ってもらえるような仕組みを作っていきたいです」

今後は、これらのデジタル教材や支援の仕組みをさらに進化させ、他の学校にも広げていきたいと青木校長は展望を語る。障害の有無にかかわらず、すべての子どもが「できた」「楽しい」と感じられる瞬間を増やすこと。そのために、「環境を変える」青木校長とさやか星小学校の実践は続いていく。

同校では、児童全員がiPadを使用する。アシスティブアクセスを設定して使うことを原則とし、大人の目の届かないところでの利用を制限しているそうだ。
自閉スペクトラム症や知的障害の子のための視覚支援や、発語のない方のコミュニケーションのために開発したシンボルライブラリ「DropTap」。無償提供されている。
https://droptalk.net/droptap-2/

※この記事は『Mac Fan 2026年5月号』に掲載されたものです。

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