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Apple、機械学習分野の国際会議で最優秀論文賞

著者: 山下洋一

Apple、機械学習分野の国際会議で最優秀論文賞

開発中の製品や技術について非公開を徹底しているAppleと、研究成果の発表・共有を重視するAI研究者のコミュニティの相性は「水と油」。そのため、AI分野の優秀な研究者がAppleを敬遠していると指摘されていた。ところが、Appleが昨年公開した機械学習に関する研究成果が、権威ある国際会議で最優秀論文賞に選ばれた。

合成画像で人工知能を訓練

米ハワイで開かれた「コンピュータービジョンとパターン認識国際会議」(CVPR)において、アップルの機械学習に関する論文が最優秀論文賞に選ばれた。

CVPRは、コンピュータビジョンで権威のある国際会議だ。コンピュータビジョンは機械学習の最適な応用分野の1つであり、近年の深層学習の成長によってCVPRに提出される論文の大半が機械学習に関するものになっている。今年の選考対象論文は2600本以上。その中から2本が最優秀論文に選ばれた。

受賞したのは、昨年12月にアップルが人工知能関連で初めて研究成果を発表して話題になった画像認識精度を効率的に高める手法の論文だ。

ニューラルネットワークの訓練に現実の画像を使うと、手作業でラベルを貼り付ける必要があり、コストや時間がかかる。コンピュータが生成する人工的な画像(合成画像)を用いると、狙いどおりの画像を簡単に用意でき、自動的に注釈も付けられる。ただ、今日の合成技術でも現実の画像ほどリアルなものは作成できない。合成画像による訓練の成果をそのまま一般化すると、現実とのギャップから誤認識が生じる。そこでアップルの研究者は、ラベルが貼られていない現実の画像を使って合成画像のリアリティを強化するネットワークと、その成果を判定する別のネットワークを対抗させて合成画像と現実の画像のギャップを埋めた。

この手法を使えば、手作業の負担なく、効率的に機械学習を活用した画像認識の精度を向上させられる。また合成画像を使えるから、アップルのようにユーザのプライバシーを保護しながら必要最小限のデータしか収集しないプラットフォームでも効果的に機械学習を鍛えられる。

AI研究の成果を共有する取り組みの一環として、Appleは7月に「マシンラーニング・ジャーナル」というサイトを開設した。8月末時点で4つの成果が公表されており、いずれも機械学習の活用をエンドユーザにもたらすうえで重要な提案になっている。【URL】https://machinelearning.apple.com

研究者視点とユーザ視点

アップルは開発中の製品や技術について非公開を徹底している。研究成果の公表も例外ではないが、人工知能に関して、その方針を改めたのは優秀な研究者を引き付けるのが目的と見る向きが多い。人工知能はまだアカデミック主導で、研究者が広く研究成果を発表・共有しながら技術として確立しようとしている段階だ。そのため、グーグルやマイクロソフトといったよりオープンな研究環境を選ぶ研究者が少なくない。

ただ、この9カ月を振り返ると、研究者を獲得するための論文発表というにはアップルが発表した論文は少ない。わずか数本であり、本数だけなら他のIT企業との差は歴然としている。

アップルは閉じた環境ではあるが、飛び込めば豊富な知的財産に触れられる。特にコンシューマ向け製品が関わる分野に関心がある研究者には挑戦しがいのある環境であり、決して魅力に乏しい研究環境ではない。だから、同社が研究成果の公開に乗り出したのは、機械学習に関して研究者コミュニティに関わっていく必要性を感じたからと見るべきである。

昨年、カーネギーメロン大学のラスラン・サラクディノフ氏がアップルのAI研究のディレクターに就任。同氏がこれから論文発表を増やしていく意向を明らかにした際に、発表していく論文の規模の質問に対して数に言及せず、質の高い成果を生み出すのが重要であると答えた。

今年の春からグーグルが、モバイルユーザのプライバシー保護を重んじた機械学習テクニックの導入に舵を切り始めた。昨年までのグーグルを思い出すと方針転換と呼べるような変化である。アップルの1つの研究成果発表ですべてが変わったとは言わないが、ユーザからデータを収集するほどに機械学習の実用化が加速するという認識の風向きを変える力にはなったはずだ。

AI技術は開発速度が速く、ユーザからはその動作が見えにくい。だからこそ、イノベーションの推進力になるような技術に育てるには、これまでの研究者視点だけでなく、ユーザがどのように恩恵を受けるかというようなユーザ視点が重要になる。

Siriの共同クリエイターであり、AppleのAIデザインを率いるトム・グルーバー氏が、今年4月にTEDで、人々と協力し、人々の能力を拡張する「ヒューマニスティックAI」について講演した。その講演ビデオが8月からTEDのサイトで公開されている。【URL】https://www.ted.com/talks/tom_gruber_how_ai_can_enhance_our_memory_work_and_social_lives/

Appleは技術を押しつけるのではなく、ユーザを中心に据えて、機械学習がユーザの体験をどのように向上させられるかを考え、その存在をユーザが意識することがないぐらい自然に提供するようにハードウェアとソフトウェアを最適化させる。