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WWDC 2017に見た新しい教材のあり方

著者: 林信行

WWDC 2017に見た新しい教材のあり方

今年のWWDCでちょっとした変化があった。基調講演があり、新製品が発表され、各技術の詳細なセッションがあって、と体裁だけを見ているとそれほど変わらないように見える。変化があったのは各セッションのビデオ配信の部分だ。

このイベントに四半世紀近く通ってきた筆者だが、昔は見直したいセッションは業者が撮影/販売するVHSビデオを通販で買っていた。しばらくすると各セッションをアップルが自社撮影するようになり、半年後くらいに数枚組のDVD│ROMが送られてきた。アップル開発者サイトからネット中継で見られるようになったのは2010年頃から。最初はWWDCの数週間後に少しずつ公開されていく感じだったが、その後公開ペースが早まり、昨年くらいからは当日から閲覧が可能になった。

WWDCのセッション内容は原則NDA、つまり秘密保持契約を結んだ人が口外しない条件で見ることになっており、昨年まではIDとパスワードで開発者登録をしている確認が取れて初めて見ることができた。ところが、今年はそうした確認は不要で、「WWDC Video」で検索して見つけた誰もがユーチューブ感覚で見れてしまう。

ここ数年、筆者が感じていた「開かれたアップル」の動きだ。現在、Swift Play

groundsの提供で若い子ども達のプログラミング教育にも熱心なアップルとしては、興味を持ってどんどん先に進んでしまった優秀な次世代のプログラマーが天井なく、プロの開発者達と同じ情報を得られるようにしたかったのかもしれない。

いよいよ日本でも本格的にプログラミング教育の一斉導入が始まる。さまざまな会社が、さまざまな自治体や学校に自社開発したプログラミング授業の教材を熱心に営業していることだろう。教育関係の意思決定者には、教材を通して興味を持った生徒が、いったいどれくらい先まで羽ばたけるかをしっかりと見据えて教材選びをしてほしい。その判断が未来の日本に次のアップルやソニーを生むこともあれば、誕生する機会を奪うことにもなる。

今回のWWDCのセッションビデオについては、もういくつか気になったことがある。

1つはビデオの下に表示されるTranscriptの文字。クリックすると、スピーカーが話した内容が全文書き起こされていて検索もできる(100以上のセッションの書き起こしに音声認識技術を活用したのだろうか?)。これだけでも十分にすごいが、書き起こしの一部をクリックするとビデオが頭出しされ、該当部分から再生できる。これは今後の学習教材のあり方としても、かなりの可能性を感じさせる。

さらに1つ気になったのが(もしかしたら今回が初めてではないかもしれないが)、ビデオ配信専用のセッションがいくつか設けられていたことだ。つまり、WWDC後に特定のテーマに興味を持った人が見るための、スタジオ収録されたセッション映像だ。しかも、十数分という短いものも多い。

WWDCのほとんどのセッションは60分間で、講義と開発者からアップルへのフィードバックの時間で構成されている。しかし、こうしたフォーマットにはハマらないが、それでも重要な情報もある。

本の執筆をしていると、書店である程度以上の価格で販売するために、そしてそれに見合う重さを出すために、実は伝えたいメッセージは短くてもある程度、文章を膨らませてページ数を増やさないといけないことがある。学校の講義やWWDCのセッションも同じだが、アップルはこの配信専用セッションで、その殻すらも壊した。

アップルは何をやるにしても「これは本当に意味があることか」と考え直し、やり方を進化させるデザインカンパニー。今年のWWDCは、改めてそれを感じさせた。そして、このやり方の進化にはこれからの教育業界に対しての示唆もたくさん詰まっていると思う。

Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/デザインエンジニアを育てる教育プログラムを運営するジェームス ダイソン財団理事でグッドデザイン賞審査員。世の中の風景を変えるテクノロジーとデザインを取材し、執筆や講演、コンサルティング活動を通して広げる活動家。主な著書は『iPhoneショック』ほか多数。