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全社員にiPadを配付したJR東日本による“現場主導”の業務改善

著者: 栗原亮

全社員にiPadを配付したJR東日本による“現場主導”の業務改善

日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)でiPadシリーズの導入が始まったのは、今から10年以上前に遡る。現在は約6万8500人の全社員に対してiPad miniを配付し、多様な職種や勤務地域の実情に合わせた活用が進行中だ。さらに、現場視点で業務改善を実現したノウハウをもとに、2027年度末までに3万人以上のデジタル人材育成を計画している。

1人1台のiPadミニを配付

国内最大の鉄道事業者である東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)は、 東日本エリア(東北・関東全域、新潟県、山梨県、長野県および静岡県の一部)を広くカバーした鉄道関連事業を展開している。同社におけるICT活用の歴史は長く、2012年10月に策定された「グループ経営構想V」では、業務革新の一環として約7000台のiPadミニ(セルラーモデル)を全乗務員に導入した。2020年には全正規社員への支給が完了し、2021年には出向社員などを含めて総計で約6万8500台の“1人1台”環境を達成した。なお、JR東日本社内では、タブレット端末のことを「ジョイタブ(Joi-Tab=JR East Office Innovation Tablet)」という独自愛称で呼んでいる。

iPadシリーズのなかでiPadミニを選定した理由について、イノベーション戦略本部・システムマネジメントユニットの西塚悦久氏は次のように話してくれた。

「私は導入当時の選定には直接関わっていませんが、OSのサポート期間が5年以上あったことが理由のひとつと聞いています。これまでにiPadエアなど別のモデルを追加導入したこともありましたが、2020年の更新のタイミングで携帯性に優れたiPadミニに統一し、“ジョイタブ”として全社員に支給することになりました」

iPadミニの配付は一斉に行われたわけではなく、輸送業務において迅速な対応や顧客サービス向上を目的として主要駅や乗務員から始まった。その後、現場力の強化や社員の創造性を発揮するツールとしてメンテナンス部門や建設部門にも追加配備されたのち、全社員への配付が完了している。今では社内の情報取得をはじめ、日常業務、社内教育や研修での利用のほか、職場内外とのコミュニケーションツールとしても使われるようになった。

「現在は、育児休業中の社員や弊社から他社に出向している社員にも1人1台を貸与しています。弊社の現場から離れている社員にとっても、情報収集やコミュニケーションのために欠かせないツールとなっています」(西塚)

現場視点での活用を重視

全社員にiPadミニを支給したスケールの大きさには驚かされるが、導入と運用に関しては鉄道事業者ならではの課題もあった。というのも、JR東日本は社員が業務にあたるフィールドが多岐にわたっている。駅職員や乗務員、車両・機械設備、建設などのさまざまな職種があるとともに、関東・甲信越や東北など配置されるエリアも広域になる。このような状況があるため、各拠点に配置された社員が利用するデバイスの登録や異動時の情報更新、新たな配属先で利用するアプリ環境の変更やIT資産の棚卸しといった管理業務には多大な事務手続きが発生する。

そのため、JR東日本ではMDM(Mobile Device Management)ツールにブロードコム(Broadcom)社の「ワークスペースワン(Workspace ONE)」を導入し、デバイス配付や返却手続き、異動時の設定などを効率化している。デバイス管理の工夫について、イノベーション戦略本部・システムマネジメントユニットの大塚拓氏は次のように話してくれた。

「iPadミニの配付および返却のタイミングは、入社時と退職時のみで完結します。異動する際は、デバイス管理ソフトに誰がどの組織で利用しているかが自動で反映されるように設定したことで、所属先の変更に関する業務を効率化できました。さらに、新たに配属された組織の業務内容に合わせて、必要なアプリが自動的に配信される仕組みも用意しています」(大塚)

MDMツールの選定時は、社員のID情報とデバイス情報を紐づけられるかといった管理の効率性を求めただけではない。多種多様な現場のニーズに対して、社員一人ひとりが創意工夫しながら業務改善を図れることも重要視されている。

「MDMツールによってセキュリティポリシーの設定や端末の紛失などのリスク軽減を行いつつ、社員が一定の自由度を持ってアプリをインストールして業務改善に役立てることもできます。また社内では『ジョイコネクト365(Joi-Connect 365=Microsoft 365の社内愛称)』も導入しており、全社員が共通でダウンロードするアプリとして各種オフィスアプリや『マイクロソフト・チームズ(Microsoft Teams)』などのコミュニケーションツールを利用しています。さらに、部署や業務の系統別にeラーニング用アプリも使えます」(大塚)

デジタル人材の育成計画も推進

たとえ同じ職種であっても、勤務地や駅の規模感によって現場が抱える業務課題は千差万別だ。たとえば駅員や乗務員であれば、列車の走行位置を確認するアプリや他社路線の運行状況アプリによって、利用者への迅速な情報提供に役立てている。

「異常発生時にはiPadミニのカメラで現場の状況を撮影し、社員同士で情報共有できるようになっています。最近では、車イスを利用しているお客様の乗降位置情報の共有や、緊急時の多言語放送アプリの活用も進んでいます」(大塚)

また、メンテナンス部門や建設部門では、定期検査の記録作業やデータ保管の一元化がiPadアプリによって進められている。さらに、これまで事業所内のPC端末からしか閲覧できなかった鉄道設備の状態監視システムにも、iPadミニでアクセスできるようになった。つまり、iPadミニは現場作業の効率化や資料のペーパーレス化といった働き方の改善に貢献しているわけだ。

iPadミニを使うことで社員が業務改善に取り組める環境が整ったJR東日本では、2018年にグループ経営ビジョン「変革2027」を策定した。そのなかで、デジタルツールの活用をさらに加速するとともに、2027年度末までにデジタル人材を育成することをDX戦略の中心に据えている。

「すでに多くの社員がデジタル技術を活用し、さまざまな業務改善に取り組んでいます。たとえばラッピングを施したイベント列車が停車する駅では、マイクロソフト製ローコード開発ツール『パワー・アップス(Power Apps)』を使って、お客様をスムースに案内するためのアプリを作成した社員もいます。また、とある駅では駅構内に貼っているポスターなどの掲示物を管理するアプリを作成したケースもあります。これは、ほかの事業所エリアでも活用できるアイデアとして社内でとても話題になり、自然と利用が広まっています」(西塚)

また「変革2027」の一環として、デジタル人材の育成にあたって成長度合いのレベルを設定した。基本的なデータ処理や資料作成ができる「ベーシック」、業務課題解決に取り組める「ミドル」、DX戦略の策定と変革を牽引する「エキスパート」という3つのレベルに分け、それぞれのレベルに合わせた教育も実践中だ。

「さまざまなエリアでの多岐にわたる業務がある弊社では、多様なデジタル人材の育成を進めていく必要があります。そのなかでも、現場の業務課題をデジタル技術で解決し、輸送品質とサービス品質の向上や地域との連携に貢献できるミドル人材の役割がとても重要で、現在はこの人数を増やしていきたいと考えています。そのために、DX推進の牽引役となる“DXプロ”を各部署に専任で配置するといった取り組みも積極的に進めている最中です」(西塚)

2013年、運転士や車掌といった約7000人の全乗務員がiPad miniを携行するようになり、輸送障害が発生した際の運転状況収集のほか、車内や駅での案内に活用している。また、乗務に関する紙ベースのマニュアルを削減するなどの効果も得られた。

JR東日本における、iPadシリーズ導入以降の主なデジタル施策。全社員へのiPad mini配布により、すべての社員がそれぞれの業務課題解決にデジタル技術を活用できる環境が整備された。

イノベーション戦略本部・システムマネジメントユニットに所属する西塚悦久氏(写真左)と大塚拓氏(写真右)に話を伺った。同部署では、デジタル関連の研究開発やDXの計画策定などを担っている。

2023年11月より、DX推進を担う「DXプロ」を各職場に配置した。主に、「ミドル」「ベーシック」の社員を対象としたハンズオン形式の講習会を担当するほか、DXプロ同士の相互連携を促す交流会も開いている。

JR東日本におけるデジタル人材育成の全体像。2027年度末までに、デジタルツールで通常業務を行える「ベーシック」人材を約2万5000人、DXによる業務課題解決を行える「ミドル」人材を約5000人、DX戦略の策定や業務変革を実施する「エキスパート」人材を約200人育成する計画だ。

現場における業務課題を解決するため、2021年4月に「Microsoft 365(JR東日本内での呼称はJoi-Connect 365)」の「Power Apps」を全社で導入。駅構内に掲示するポスターの位置や掲示時期を管理できる「掲示物管理アプリ」など、現場のニーズに合わせたアプリが複数開発された。

コンセントのココがすごい!

□育児休職者や出向社員を含む全社員にiPad miniを配付

□MDMツールの効率的な運用で現場ニーズに合わせてアプリを活用

□デジタルで課題解決に取り組む社員の育成制度を開始