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考える力を養う情報科教諭の“つなぐ”授業

著者: 三原菜央

考える力を養う情報科教諭の“つなぐ”授業

1人1台iPadを整備し、最先端のICT教育に取り組む、東京・中野区の新渡戸文化学園。Appleが認定したADEが5名在籍しており、日本の学校の中で稀有な環境を実現している。ADEの1人であり、新渡戸文化中学校・高等学校に籍を置く、勝田浩次教諭の情報科の授業実践に迫る。

教員は、教育デザイナー

東京都中野区に校舎を構える新渡戸文化学園は、子ども園から短大までの一貫教育校だ。2027年に創立100周年を迎える同学園は、ここ数年大きな教育改革を進めている。改革のひとつであるICT教育では、小中高で1人1台のiPadを整備し、全教室に電子黒板機能付きのプロジェクタを設置した。

また、教室やホールはもちろんのこと、キッチンやカフェテリアも含め、学内のどこでもWi-Fiを利用できる環境を構築。コロナ禍においてもオンライン学習を一気に展開し、感染症拡大防止などで急遽対面授業が困難になったときでも、即日オンライン授業に切り替えができた。

そして同学園には、アップルが認定したADE(Apple Distingished Educator)が5名在籍しているほか、教員の肩書きを「教育デザイナー」と表現しているのも特徴のひとつだ。ADEの1人であり、中学校のチームに属しながら、高校の情報科の授業を担当する勝田浩次教諭にその意図を聞いた。

「数年前から教育改革を進める中で、先生たち一人ひとりが問題解決のプロセスに主体的に関わる当事者であるという意識を醸成するために、教員の肩書きを『デザイナー』と表現しています。私はプロジェクトデザインチームとラーニングテクノロジーデザインチームに所属しており、前者は一般的な学校でいうと生徒指導部や生徒会を担当するチームで、後者はICTの環境を整備するチームです。私は2年前から働いていますが、本校がおもしろいと思うのは、ICTの活用が日常に溶け込んでいて、当たり前にICTが活用されているところです。そのため、先生方に対して活用だけを目的とする研修会を実施することはほとんどありません。ですので、ラーニングテクノロジーデザインチームは、日々のトラブルシューティングや年度初めのキッティングが主な役割になっています」

勝田浩次 教諭

新渡戸文化中学校・高等学校 情報科教諭/プロジェクトデザインチーフ。大学院卒業後、大阪の公立高校で7年間情報科の教員として勤務したあと、私立の中高一貫校、関西学院千里国際中等部・高等部での勤務を経て、2022年度より新渡戸文化中学校・高等学校に着任。Apple Distinguished Educator 2017。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。 世界45カ国で2000人以上のADEが、Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

プロジェクトベースの授業

2022年度から高校のプログラミング教育が必修化され、これまでの「社会と情報」「情報の科学」の2科目が、「情報Ⅰ」と「情報Ⅱ」に再編された。プログラミングを含む「情報Ⅰ」が共通必修科目、より高度な内容を含む「情報Ⅱ」が選択科目になったことで、すべての高校生がコードを使ったプログラミングを学習している。大きな転機を迎えた高校の情報科を担当する勝田教諭は、どのような授業を行っているのだろうか。

「高校2年生の授業は、1学期はコミュニケーションと情報デザイン、2学期はデータ分析、3学期はプログラミングという構成で行いました。プログラミングの授業では、プログラミングツール『p5.js』を使い、簡単なデジタルアートづくりに挑戦してもらいました。『p5.js』は、Webブラウザ上で動作するので、どこでも気軽にプログラミングができるところに良さを感じて取り入れています。性別関係なく、生徒が夢中になってプログラミングに取り組んでいる様子が印象的でした。また、課外活動で3DCGが作成できるツール『ブレンダー(Blender)』を使って、3Dモデリングをするワークショップを開催したこともあります。2023年度からパソコンルームの機材がすべてMacBookに変わったので、これからはこうした活動も活発に行えたらと思っています」

勝田教諭の授業は、教員から出されたお題に生徒が答えていくような一方通行の学習方法ではなく、基本的にすべての授業が、生徒主体のプロジェクトベースで行われている。

たとえば「コミュニケーションと情報デザイン」の授業では、デザインプロジェクトと題して「誰かのためのデザインを考える」というテーマに取り組んだ。特撮系が好きな生徒が外部の大人と出会ったときに、より自分の特徴を伝えられるように自分好みのギミックを入れた名刺入れを制作したり、食に興味を持っている生徒が、子どもたちに牛肉の部位を学習してもらえるようなパズルを制作したりしている。なぜプロジェクトベースの授業スタイルにこだわるのだろうか。

「私が大学3年生から所属していた研究室での活動が影響しています。その研究室はすべての活動がプロジェクトベースで、私は、大学近郊の高校の情報科の先生と連携して、高校生に対して授業を行うプロジェクトに参加していました。自分で考えて何かを提案・実行するのが楽しくて、そのときが私の中での大きな転換点でした。このプロジェクトベースの学び方を大学生ではなく、もっと早い段階で経験できていたら、もっと豊かな人生になるのではないかと思ったのです。そこで、考える力を育むのにピッタリな情報科の教員になり、すべての授業をプロジェクトベースで展開しています。その一方で、2025年から情報科が大学入学共通テストの新たな試験科目になったので、知識とスキルの習得をプロジェクトの中に溶かしながら、自然と身につくような授業デザインを意識しています」

外の世界と生徒をつなぐ

勝田教諭の授業デザインのこだわりは、プロジェクトベースに留まらない。それが「外部連携」だ。たとえば昨年度は、商業施設「パルコ(PARCO)」のディスプレイ、ショーウインドウの空間創造を手掛ける株式会社パルコスペースシステムズとともに、ショーウインドウのこれからを考える授業を展開した。そして今年度は、情報科の学びがどう社会に接続しているのかを実感してもらいたいと考え、NPO法人「みんなのコード」が提供するプログラムを利用し、転職・就職のための情報プラットフォーム「オープンワーク(OpenWork)」を運営するオープンワーク株式会社の方にキャリアなどについて話してもらったそうだ。子どもたちの反応はどうだったのだろうか。

「オープンワークさんの話を聞いた後に、とてもおもしろいと思ったのが、子どもたちのキャリアパスに『転職』という選択肢が加わったことです。学校教育の中で、どれだけ転職の話をしているかというと、たぶんしていないと思います。これからの時代は、1つの会社だけですべてのキャリアを終えるわけではないと思うので、外部の人が来てくれたからこそ、そういう選択肢もあることに気づいて、子どもたちの価値観にも影響があったのではないでしょうか。実際に『何者かにならなければならない』というプレッシャーを抱えていた生徒が話を聞いて、ちょっと気持ちが楽になったと話してくれました。外の世界と生徒をつなぐのが、私たち教員の大切な仕事のひとつです。探究の授業をしていると、子どもたちのほうが詳しいことってたくさんあって。私たち教員にできることは、生徒の興味関心に関係がありそうな人と子どもたちをつなぐことだと思っています。幸いにも、ADEのつながりがそういった場面で活きています」

教科教育をとおして子どもたちの可能性を拡張し続ける勝田教諭だが、この先5年くらいのテーマとして、教科を越えて学校として、教育にいかに余白を作り出すかに全力を注ぎたいという。勝田教諭の挑戦に、ますます目が離せない。

高校の情報科の授業の様子。プログラミングツール「p5.js」を使い、デジタルアートづくりに挑戦。男女関係なく、生徒が夢中になって取り組む様子が印象的だったと勝田教諭は語る。

情報科の学びがどう社会に接続しているのかを実感してもらいたいと考え、行った職業講話の様子。オープンワーク株式会社の方の話を聞いた。

情報科の授業は、教室だけでなく新渡戸文化学園に併設されているクリエイティブ環境「VIVISTOP」でも行っている。環境の力が子どもたちに与える影響は大きいと勝田教諭は話す。

中学校の「クロスカリキュラム(総合的な学習の時間)」では、自由探究を行っており、13人くらいの小規模グループを作り、そのグループを「ラボ」と呼んで活動しているそうだ。勝田教諭は、このラボ活動も担当している。

勝田浩次教諭のココがすごい!

□高校の情報科の授業をすべて生徒主体のプロジェクトベースで行っている

□積極的に外部人材を授業に招き、子どもたちの世界を広げている

□子どもたちの考える力を育む授業スタイル、環境作りを徹底的にデザインしている