ChatGPTに代表される生成AIは、その知名度の高さに対して、日本の教育現場での有効活用はまだこれからという段階にあります。しかし、かつてのスマートフォンがデジタルネイティブ世代を生み出したように、生成AIとともに成長するAIネイティブ世代が社会を支える時代が目の前に迫ってきている今、中学校以上(1)の教員や生徒が生成AIのリテラシーを身につけていくことは急務といえるでしょう。
そんな中、宮崎大学教育学部附属中学校が、県内の小中高の先生方28名を対象とする教員研修の一環として、生成AIを利用した授業の視察会を実施され、筆者はそれを取材する機会に恵まれました。ここでは、当日の模様を紹介するとともに、今回の教員研修に携わった先生方、授業を受けた生徒の代表、研修に参加した教員、そしてAIサービスを提供した株式会社リートンテクノロジーズジャパンの担当者、それぞれの立場から今回の取り組みについて語っていただきます。
教員も学ぶ生成AI利用授業のあり方
今回の取り組みは、宮崎大学が実施する令和6年度の教員研修の一環として行われました。同附属中学校ですでに行われている生成AI利用の授業を宮崎県内の先生方に視察してもらうとともに、参加者への講義を通じて生成AIについての基礎的なリテラシーを身につけ、今後の教育活動に応用できるようにしていくことが目的です。
実際の研修は午前中から行われていましたが、取材対象となったのは、午後の参加者向けの講義、理科の授業観察、事後検討会の3つでした。講義には、教育学博士で宮崎大学教育学部の理科教育講座の講師もされている中村大輝さんと、株式会社リートンテクノロジーズジャパンのゼネラルマネージャである増田良平さんが登壇されました。
中村さんは、「他者との相互作用を通して最適解を追究する」というテーマに基づいて、主体的な学び、対話的な学び、深い学びの3つの視点から理科の授業のあり方を改善できると指摘します。
主体的な学びとは、自ら学ぶことに興味を持ち、課題に粘り強く取り組むことです。対話的な学びとは、生徒間の協働、教員や知識人たちとの対話、先達たちの考えを手がかりに自己の考えを深めることを指します。深い学びとは、さまざまな見方や考え方を考慮しつつ知識を関連づけ、情報を精査して深く理解したり、問題の解決策を探ることです。
中村さんは、生成AIがすでに芥川賞を受賞した小説でも活用されていたり、画像コンテストで優勝したり、PISA(2)の設問や大学入学共通テストでそれなりに高い正答率を示していることに触れながら、上記の対話を通じて相互作用を生じる相手には生成AIも含まれることに言及しました。
そして、生成AIが、学習者の電流に関する誤概念を指摘・修正できる例や、植物のスケッチを実物と比較して評価できる例を具体的に示し、宮崎大学附属中学校の「生物育成の技術」の授業で生徒の相談役として「Techるくん」というAIキャラクターが活用されていることを紹介したのでした。
もちろん生成AIには慎重を期すべき点があることにも触れ、文科省やユネスコのガイドラインや、生成AI利用に関する保護者同意書の例も挙げながら、ハルシネーションに惑わされないための観察や実験を通した検証の大切さや、人間ならではの五感を通じた体験活動の重要性を強調されました。
続いて、株式会社リートンテクノロジーズジャパンの増田さんは、韓国での創業当時から教育に軸足を置いてきた同社の歴史も紹介しながら、生成AIの仕組みや特徴について説明していきます。
教育における生成AI活用の具体例としては、言語学習の支援(文章作成、会話練習、文法チェックなど)や創造的な表現活動のサポート(アート、音楽、詩作などの創作)、業務での活用(実験設計、データ分析、レポート作成)を挙げ、リートンの生成AIサービスを利用した学習計画立案の流れも示しました。
そして、一般の生成AIサービスでは入力情報が学習に利用されることがあるものの、リートンでは利用されずに個人情報が保護される点を説明。ハルシネーションに対応するうえで一次情報にあたることやメディアリテラシー教育の重要性とともに、自分の目的に合う活用法を見つけて小さな取り組みから徐々に利用範囲を広げていくことの大切さを説きました。
iPadとAIキャラクターを使いこなす中学生
授業観察は、宮崎大学附属中学校の教諭である弓削聖一さんの指導のもとで、「アサリの砂出しをどうするか?」という理科の課題に基づいて行われました。まずは、グループごとに「どのような環境を整えれば砂出しが行えるのか?」という仮説を立てます。
参加した中学1年の生徒全員がiPadを取り出し、ロイロノートに考えをまとめていきますが、この段階で利用するのが「仮説設定お助けくん」というAIキャラクターです。リートンのサービスの1つにユーザーが自分用のAIキャラクターを作れるというものがあり、一般には日常的な話し相手のような位置づけですが、「仮説設定お助けくん」は、弓削さんが教師としての知見を活かして仔細なプロンプトを構築したことで、生徒の考えを引き出す有能なアドバイザーとして機能するキャラクターになりました。
各自のロイロノートに書き込まれた内容は、瞬時に教室前のディスプレイにサムネイルとして表示されるので、弓削さんはそれを見ながら進捗状況を把握したり、個別のテーブルを回ってAIキャラクターとのやりとりを確認したりしていきます。また、研修に参加された先生方も興味津々で教室内を自由に動き回りながら、生徒たちの操作やディスカッションを見守りました。
仮説設定の制限時間が来ると、何人かの生徒が自分の仮説を発表し、発表者自らがそれに対する意見や疑問点を他の生徒から募ります。このようにして生徒間の対話を促し、考えを深めていくわけです。
仮説がまとまると、今度は、それを検証するための実験の計画を立てるのですが、ここでも弓削さんが作った「実験計画たてる君」というAIキャラクターが登場します。理科実験に関する弓削さんのノウハウが凝縮された「実験計画たてる君」は、正しい答えを直接教えることなく、生徒が自ら気づけるようなヒントを出す仕組みです。各グループによる実験計画立案後には仮説と同様の発表があり、生徒間の質疑応答が見られました。
新1年生は、「学習時の考察や記録のために紙のノートとiPadのどちらがよいか?」という問いに、ほとんどがiPadと答えたそうです。実際にも中学校入学からわずか3カ月にもかかわらず、タッチ、タイピング、ペンによる操作を駆使してロイロノートを自在に操り、発表資料をまとめていました。また、AIキャラクターについても、違和感なく学習のパートナーとして質問を投げかけたり、逆に返ってきた質問に対して自分の考えを書き込むなど、課題に取り組むうえで大きな助けとなっている様子でした。
そして、個人的に生成AIを利用されている先生方でも、実際に身近な授業の中で生成AI技術が使われる様子を見るのは初めてだったようで、熱心にメモしたり写真やビデオに収める姿が見られました。事後検討会でも「仮説設定お助けくん」や「実験計画たてる君」のAIキャラクターを自校で利用するためにリンクなどを共有できるか(3)といった具体的な質問もあり、少しずつ宮崎県内での生成AIの教育利用が進んでいく兆しが感じられた取り組みでした。
生成AIの教育利用の方向性を示す成果
ここからは、異なる立場から今回の取り組みに関わられた人たちの声をご紹介しましょう。
まず、今回の生成AIに関する教員研修を企画された、宮崎大学教育学部理科教育講座 講師の中村大輝さんと理科の授業を担当された弓削聖一さん、そして取材時にはおられなかったが、宮崎大学教育学部技術教育講座 講師の小八重智史さんからです。
弓削さんが授業で生成AIを使うきっかけは、昨年2月ごろに長崎大学教育学部附属中学校が生成AIを使った理科の授業をしているとの話を小八重さんから聞いたことでした。
「その指導案を取り寄せて、中村さんや、先行して技術科の授業で生成AIを利用していた小八重さんの取り組みも参考にしながら、自分の授業でも生成AIを使ってみたいと思ったのです」
実際に弓削さんが生成AIを理科授業に取り入れたのは今年の5月とのことなので、この2カ月の間に教員研修の対象にできるほどキャッチアップされたことになります。
一方で中村さんは、東京都の公立小学校の教員から広島大学を経て、昨年、宮崎大学に着任され、もともとAIを活用した理科教育が研究テーマの1つだったこともあり、生成AIを活用した理科教育の事例を100件ほどレビューしたそうです。
「それを踏まえて授業向けのプロンプトの組み方の知見も得られましたので、それを弓削さんたちに提供して、実践に取り入れていただいたわけです。今年の3月にサービスの選定を行ってリートンを使うことに決め、4月頃に保護者の同意書、5月に校内の教員の研修、それから生徒への研修をして、 5月の終わりから6月の頭にかけて使い始めたというのが、導入の時系列です」
弓削さんも執筆に関わった「理科教育で生成AIを活用する」というテーマの書籍を8月に出版する中村さんご自身も、こうした取り組みがすぐに広まることはないと思いつつも、教員向けの研修会を行ったり、大学の教員養成の講義の中に生成AIを活用した授業の仕方を盛り込むなど、少しずつでも普及につながる活動を続けられています。
中村さんが考える教育における生成AI導入のメリットは、生徒だけで意見交換などを行うよりも、議論や考え方に多様性が生まれるという点です。
「生成AIによって新しい観点や情報がもたらされたり、思考を支援してくれたりすることで、授業の質が高まることに期待しています」
弓削さんも続けます。
「実際には、今はまだ生徒たちがしっかりしたプロンプトを入力するのは難しいと感じています。プロンプトが違えば結果も異なりますから、そのすり合わせが難しい。今日の授業ではみんなで考えて共有できたので良かったのですが、個別に取り組もうとすれば、最低限、プロンプトを考えるための言語能力が必要になるでしょう」
また、現状の課題としては、AIキャラクターとのやりとりの記録がロイロノートのログとして残らない点があるといいます。iPad自体には残るのですが、リアルタイムで確認できれば、プロンプトの間違いをその場で指摘して、修正を促すことができるので、そういうところが改良されていくことを望まれていました。
弓削さんは、「仮説設定お助けくん」と「実験計画たてる君」のほかにも水溶液の濃度計算をサポートするAIキャラクターを作っている最中で、計算問題にも対応できるものに仕上げるために設定を詰めているそうです。もともと言語モデルである生成AIは数字に弱い面がありますが、中村さんによれば、最近の進化でかなり良い答えが得られるようになり、順序立てて計算を行わせるプロンプトのテクニックも併用することで補えるところもあるとのことでした。
なお、小八重さんは、4年前から技術科教育向けに機械学習の仕組みを学習する教材や授業を開発する目的でAIを扱い始め、2022年11月にChatGPTがリリースされたときに、検索エンジンに代わり情報収集を劇的に変える技術が登場したとワクワクされたそうです。また、生成AIを学校の授業で活用する意義は、AIの使いこなし及び新しい技術やサービスの開発、新たなAIそのものを生み出すための素養を育むことにあるといいます。
さらに、これまで多大な学習コストがかかり諦めざるを得なかった学び、たとえばプログラミング学習をグラフィカルな簡易言語に頼らずに行える可能性があり、そういう領域で学習の幅を広げたり深める存在として期待しているとのことです。
なお、生成AIを学習に用いた際の効果やデメリットについては、現在も調査研究中であり、今後の多様な実践や研究の蓄積によって明らかにされていくとの見通しをお持ちでした。ただし、圧倒的な情報量に裏打ちされた1つの見解にすぐに到達できてしまうことは、児童や生徒の成長にとっての懸念事項と考えられるため、宮崎大学教育学部附属中学校では、教師の指導の下に利用機会や利用形態を指導するような生成AIサービスの利用心得を職員全員で共有しているそうです。
中村さんは、今後の生成AIのマルチモーダル化によって理科の授業での活用が一層進むことを予想しており、学習者自身が主体的に生成AIの使い方を考えられる段階まで持っていくことに大きな期待を寄せておられました。
ここで語られた知見は、他の教育機関にとっても参考になることでしょう。
生徒にとっての良きパートナー
では、生成AIを利用した授業を受ける立場の生徒さんは、どのように感じているのでしょうか? この問いに答えてもらったのは、友松和樹さんと森あかりさんです。
友松さんは、AIキャラクターはいろいろなことを知っているけれども、答えを提示するのではなくヒントを出してくれるところが優れているといいます。そのことによって「考える力も伸びるし、自分の主張とかも書きやすくなるので、(今の授業のような利用法は)いい活用の仕方だなと思いました」という感想でした。
また、森さんは「AIを使うことで、自分だけの見方によらない柔軟なアイデアや考え方、視点が得られるので、そこがとてもいいところだな」と思ったそうです。
そこで「たとえば、自分ならばどのようなAIキャラクターが欲しいですか?」と質問したところ、友松さんは、「技術の授業で植物の育成をしているので『こういう育成状況のときにはこうしたらいいですよ』というように絵でもヒントをくれるようなAI」、森さんは、「事情があって集団生活が難しい人の対話の相手になって、コミュニケーションがとれるようにしてくれるAI」がいたらいいと話してくれました。
そして、2人とも、生成AIも人と同様に間違えることがあることも理解し、その回答は一つの視点 、一つの考え方として捉えて、ほかのいろいろな人の意見も交えながら自分の意見の確立と知識に結びつけていきたいとのことでした。
研修を受けた先生も期待する生徒と生成AIの対話
3つめの貴重な意見は、今回の研修を受けられた高千穂町立高千穂中学校の理科教諭、三浦広大さんから得られました。
三浦さんは、生成AIに教科書を読み込ませて小テストの問題を5問作らせたり、学級懇談に参加された保護者向けのお礼のメールの文面を考えさせるなど、ご自身でも少しずつその利用法を広げている最中です。しかし、生成AIを活用した理科の授業は見たことがなかったので、今回の参加に至ったといいます。そして、実際の授業をご覧になって感じたのは、生成AIがこれから一層身近な存在となり、それを使う理科の授業がスタンダードな存在になっていくだろうということでした。
「一番メリットを感じたのは、今までは一人ひとりの生徒の考えをすべて教員がチェックしてコメントを返すために時間がかかっていましたが、AIキャラクターと生徒が1対1で対話することで即時的なフィードバックが得られるという点です」
もちろん、完全に生徒の自主性に任せて生成AIを利用するとなると、先生方の対応が別の意味で大変になることは三浦さんも認識されたうえでの感想ですが、大いに可能性を感じられたご様子でした。
また、生徒が1人1枚ずつスライドに記した問い(仮説)→結果→考察を、まず生成AIに評価してもらい、それを自分の評価と比較しながら、異なる見方や分析も加味しつつ、最終評価をまとめていくことにも興味をお持ちで、そうした相互作用によって、より幅広い視点から生徒を見ることができるようになることにも期待されていました。
AIキャラクターの新たな可能性に気付かされたリートン
最後のコメントは、AIサービスを提供する立場にある株式会性リートンテクノロジーズジャパン 日本ビジネス・マーケティング責任者の増田良平さんからいただきました。同社のサービスは、チャット系AIのChatGPT-4oやClaude 3、画像生成系AIのStable Diffusion 3をすべて無償で利用できることで知られ、簡単なステップでチャット相手となるAIキャラクターを作ることもできます。
実は、AIキャラクターを授業内で使うという利用法のきっかけは、今回の理科の授業を担当された弓削さんからのサポート部門への問い合わせにあったそうです。
「その技術的な質問の内容が、ほかのお客様とは少し違っていたので興味を持ちまして、直接お電話したところ、こういう使い方を考えているという話になったのです。AIキャラクターとのチャットが学びの伴走者として役立つという発想は、私たちにとっても大きな気づきとなりました」
増田さんは、そのようなAIキャラクターを先生方が自作されているということや、答えを教えるのではなくヒントを与えて誘導するという仕組みが盛り込まれていることも素晴らしいと感じたといいます。
今後の展開としては、こうした取り組みを全国に広げていきたいという意向がある一方で、中村さんや弓削さん、小八重さんのような現場の先生方の声やアイデアを大切にして、実際に役立つAIサービスを整備していくとのことでした。
- 中学校以上:生成AIサービスの利用規約が13歳以上となっていることから ↩︎
- PISA:OECDが実施する国際的な学習到達度調査 ↩︎
- AIキャラクターの共有:リートンではAIキャラクターの共有機能を準備中。現時点では、AIキャラクターを作る際に入力したプロンプトをコピーして、各自が新たにAIキャラクターを用意する方法で対処。 ↩︎
著者プロフィール
大谷和利
1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。