「MacBookの電源ボタンを押してください」。そう言われたら、キーボード右上のボタンに手を伸ばす人が多いと思う。しかし、現行マシンの場合、そこには電源ボタンの記号が刻印されていないはずだ。
本当にこれは電源ボタンなのだろうか。これが今回の疑問だ。
※この記事は『Mac Fan 2021年4月号』に掲載されたものです。
MacBookのキーボードの右上。そのボタンは「電源ボタン」ではないかもしれない
MacBook Airなどのノート型Macをお使いの方にお尋ねしたい。あなたのMacBookの電源ボタンは、どこにあるだろうか? 「この人は何を言っているのだ」と思う方もいるだろう。
しかし、あなたが電源ボタンだと思っているものは、本当は違うボタンかもしれない。
なぜなら、多くの家電製品、電子製品の電源ボタンに刻印されている電源ボタンの記号が、現行MacBookのキーボードには刻印されていないからだ。
しかも、ほかのほぼすべてのキーには何らかの記号が刻印されている。だが、この電源ボタンらしきものには何の刻印もされていない。

正式名称は「Touch IDボタン」? 正しくは、「Touch IDと電源を兼ね備えたボタン」?
正式名称もよくわからない。Appleの公式WebサイトにあるMacBook Airのユーザマニュアルを見ると、「Touch ID(電源ボタン)」と書かれている。

ところが、macOSのアクセシビリティキーボードである「キーボードビューア」を表示させると、「カスタム」とも記載されている。

つまり、どうしても名前を呼ばなければならないのであれば、「Touch IDボタン」と呼ぶべきなのだ。もしくは、「Touch IDと電源を兼ね備えたボタン」としか言いようがない。
たしかに電源を入れるときに使うボタンではあるが、電源ボタンではないのだ。なお、デスクトップMacには、電源ボタンの記号が刻印された「電源ボタン」が付いている。
あまり見かけない、電源ボタンの“本当の”記号。よく見られるのは、「スタンバイ(待機)」の記号だった
ところで、電源ボタンの記号には謎が多い。この記号は国際規格である「ISO 7000」で標準化されているものだ。そして、日本でもこの国際標準に従い、日本工業規格JIS S0103「消費者用図記号」として規格化されている。
しかし、この消費者用図記号によると、主電源入りは「|」であり、主電源切りは「◯」となっている。これは、2進数の「1」でオン、「0」でオフを図案化したものだといわれる。
そのため、[オン]と[オフ]をトグル動作でひとつのボタンが兼ね備えている場合、それらを組み合わせた記号(下図①)を使うことになっている。よく見かける電源ボタンの記号(下図②)は、JISの規定では「スタンバイ(待機)」記号とされているのだ。


電子機器などで「|」「◯」「図①」の記号を見かけるのは稀で、多くが電源ボタンに、本来はスタンバイの意味を持つ「図②」の記号が使われている。ぜひ、身の回りにある電子機器を確かめていただきたい。

電源ボタンは必要なのか? 多くの電子機器は基本的に“スタンバイ”している
考えてみると現在、多くの電子機器で「電源が切られた」状態になることはほとんどない。たとえば、MacBookの蓋を閉じてスリーブ状態にしても、Power Napをオンにしていれば、メールチェックやTime Machineの更新などが行われる。
Macだけではなく、多くの電子機器でも同様のことがいえるだろう。炊飯器を使うとき、毎回電源を入れて現在時刻を合わせなる仕様だと、煩わしくて使っていられないはずだ。
節約術などの記事を見ると、旅行に行くときなどは待機電力をカットするために、電子機器のコンセントを抜いていくように勧められることがある。しかし、実際にそんなことをしたら、電子機器の設定情報が消えるなどして、あとで面倒なことになるケースが多い。また、留守電付き電話機など、意味をなさなくなるものも出てくる。
つまり、今の電子機器は、「まったく通電していない状態」がほとんど存在しない。常に設定情報をキープし、スタンバイ状態にある。だから、電源ボタンを押すのは「主電源を入れる」のではなく、「スタンバイ状態を解除する」ことなのだ。
そのため、電源ボタンにスタンバイ記号が採用されることが多くなっていると考えられる。なお、専門家の間では、まぎらわしく、混乱をすることもあるので、「図②」を電源ボタンとして再定義しようという動きもあるようだ。
薄れていく「電源を切る」概念。Mac、iPhone、iPad、いずれもスリープが基本となった
近年の電子機器は「電源を切る」という概念がかなり薄れている。1日の終わりに、iPhoneやiPadの電源を切っているという人はかなり珍しいだろう。
電源を切ることなく、スリープをさせるのが一般的なのだ。そのため、iPhoneやiPadには「電源ボタン」は存在しない。あるのは「サイドボタン」、もしくは「スリープ/スリープ解除ボタン」だ。

iPhoneの電源を切るときは、ホームボタンがないモデルの場合、サイドボタンといずれか片方の音量調節ボタンを同時に長押しし、電源オフスライダをドラッグするという操作を行う。
MacBookももはや、「電源を切る」ということが前提の使い方ではなくなっている。1日の終わりに「システム終了」をする人のほうが少数派だろう。というのも、スリープ状態にしておくほうがMacを使い始めるまでがスムースだし、大きな電流が流れる電源のオン/オフに比べると、ハードウェアへの負担も小さくて済む。
「システム終了よりスリープのほうが消費電力が少ない」という“噂”もあるが、そのような微妙な違いより、開けばすぐに使えるという利便性を考慮すべきだろう。特に持ち運び可能なMacBookやiPhone、iPadでは、その恩恵が大きい。
一方で、デスクトップMacでは、スリープ/スリープ解除を行うシーンがモバイルに比べると少ない。そのため、1日の終わりにシステム終了をする人も多く、未だに電源ボタンが残されているのではないか。
使うときはむしろ強制終了したいとき。「電源オフボタン」という呼ぶのが正しいのかも
繰り返しになるが、現行のMacBookにはすでに電源ボタンが搭載されていない。それは、Mac本体を起動させるまでの手間の簡略化にもつながっている。たとえば電源が入っていない状態(システムを終了した状態)で、ディスプレイを開くと自動的にシステムが起動するようになっている。
また、ディスプレイを開いたままシステムを終了した場合は、Touch IDボタンだけでなく、どのキーであっても押せば起動する。あるいはキーに触れなくても、電源アダプタを接続しても起動する。つまり、ユーザがMacBookを使うための予備動作自体が電源スイッチになるようにデザインされているのだ。
実を言うと、筆者はこの「ディスプレイを開くと電源が入る」ということを忘れていた。なぜなら、「MacBookの電源を落とす」ということをほとんどしたことがないからだ。Macの調子が悪いときでも[再起動]を選ぶ。皆さんはいかがだろうか。
電源ボタンは不要だとまとめたいところだが、唯一これを使わないといけないシーンがあった。システムが不調になって、Macがうんともすんとも言わなくなった場合だ。そんなときは、画面が真っ黒になるまで電源ボタンを押し続ける。
そういう意味では、実は「電源オフボタン」と呼ぶのが正しいのかもしれない。
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著者プロフィール

牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。