シカゴが選ばれた理由
イリノイ州シカゴの高校で開催された今回のイベントは、ティム・クック「校長」の朝礼から始まり、教室での模擬授業が用意されるなど、一風変わった体験で構成されていた。アップルが本社のあるカリフォルニア州クパチーノ以外でイベントを開催したのは2012年にニューヨークで電子教科書ソリューションを発表して以来のこと。アップルが選ぶ土地には意味がある。ニューヨークで電子書籍のイベントを開催した理由は、当地が出版・メディアビジネスの中心地だったからだ。
では、今回はなぜシカゴか。全米の中の大都市として知られていると同時に、公教育の学区としては、40万人弱と全米3位の規模を誇るからだ。アップルが2017年12月に発表したプログラミング教育カリキュラムが導入されるシカゴの生徒数は大学も合わせて50万人規模。同時にシカゴの学区にはグーグルのソリューションが導入されてきたことから、グーグルからアップルが市場を取り戻した、象徴的な都市ともいえる。
また、カリフォルニアの外で開催したことには、もう1つ重要な意味がある。特にシリコンバレーではトランプ政権の各種政策に反対する意見が噴出している。裏を返せば、それだけシリコンバレーは、現在アメリカ社会の中で少数意見を持つ地域となってしまった。シリコンバレー内でデジタル教育やクリエイティブの重要性を説いても他人事で済まされたり、「シリコンバレーはそうなのだ」と別の世界の出来事に映る可能性すらある。そうした事情を踏まえて、今回はシカゴが選ばれたのだ。
知識編重ではない新しい教育へのアプローチ
“ワイルダー小学校(アイダホ州ボイシ市郊外)に一歩足を踏み入れると、ほかの学校とは違って、普通よく耳にする「何か」が聞こえないことに気づくでしょう。この学校には、授業と授業の間に生徒たちに教室を移動するよう告げるチャイムがありません。黒板の前に立ち、30名ほどの生徒たちに向かって授業を行う教師もいません。実際、この学校には、大きな声でおしゃべりしている光景も、教師が叱っている光景も、騒がしい音もありません。でも、この静けさに惑わされてはいけません。この静かな教室では、今まさに教育革命が起こっているのです。”
─Apple「iPadとMacで、生徒たちは自分のペースで学習し成果を実現」
【URL】https://www.apple.com/jp/newsroom/2018/03/students-succeed-at-their-own-speed-with-ipad-and-mac/より
このように始まるのが、AppleのWEBサイトに掲載されている米アイダホ州・ワイルダー小学校のiPad導入事例だ。この学校では、驚くことにすべての生徒が学習内容とスケジュールを自分で選び、自分のペースで学ぶ。そして夢中になればなるほど自主的に学習し、クリエティブなスキルを獲得することで新たなチカラを獲得していくという。これからの教育とは何かについて考えるならばぜひ一読してほしい。
新しいリテラシー
基調講演終了後に開催された模擬授業では、アップルの考える学びの在り方が垣間見れた。中でも目を引いたのが、数学の授業ではビデオ制作ソフトの「クリップス(Clips)」が、歴史の授業では音楽制作ソフトの「ガレージバンド(Garage
Band)」が教材として披露されていた点だ。ここで重要なのは、それらがビデオ制作や音楽制作を学ぶためではないということ。それぞれの学科で、自分が学んだ知識や考えたアイデアを表現したり、共有したりするために、iPadでビデオや音楽を制作する。iPadとアップルの純正アプリケーションは学科や学問を問わずに利活用でき、子どもの表現手段(クリエイティビティ)をどんな授業においても発揮できることが強調されていた。
言い換えれば、アップルが大事にしているのは、iPadという新しい形のコンピュータはテストで満点を取るためではなく、子ども(そして教師)の自由な発想や表現を広げるためのものであるということ。今や「スーパーコンピュータ」並みの性能を持ち、安価で、手軽に持ち運べるiPadさえあれば、そうした新しいリテラシーやスキルセットを教室内だけでなく、世界中の子どもたちに届けられるというメッセージである。
先生のニーズを的確に
しかし、単にツールを用意しただけでは新しい教育は実現しないことをアップルは知っている。実際に米国で働いている先生に話を聞くと、公教育であればあるほど、採用試験の際に「どのようにして教室内にコンピュータを取り込むか」というアイデアを求められるという。しかしコンピュータサイエンスを修めた教員でない限り、具体的な授業プランに落とし込むまでの知識やアイデアを持ち合わせておらず、もっとも頭を悩ませるそうだ。
そこで、アップルが今回併せて発表したのが、ビデオ、音楽、写真、スケッチの4つのテーマにフォーカスして、iPadを活かした創作や表現を授業に取り入れるカリキュラム「エブリワン・キャン・クリエイト(Everyone Can Create)」だ。このカリキュラムは、学校の中でクリエイティブを誰がどのように教えるのか、という問題を解決しようとしている。道具の使い方に終始するのではなく、どのような目的や効果を狙ってクリエイティブさを発揮するのかを、クリエイティブの専門家ではない先生が指導できるようにするものだ。カリキュラムを参考にして授業を設計する先生が増えれば、iPadの学校への導入も現場からさらに後押しされるだろう。
学びとは何かに迫る
iPadがある教室の風景は、知識をひたすら詰め込む日本の学校教育とはまったく違う。そうした教育を受けてきた人からすると、アップルが示す授業体験はもどかしく感じるかもしれない。授業の進行が遅く、学べる内容が極端に少ないと感じてしまうからだ。もしかしたら知識習得に集中する場合は、iPadを使った授業は向かないのかもしれない。
しかし、概念を理解したり、多様な考え方に触れるといった、1人ではできない学びを構成するには、iPadとそれがもたらす創造力、問題解決力が重要なピースとなる。どんな学びを経験させるか、その中での教室やテクノロジーの役割をきちんと整理しなければならない。
日本では2020年にプログラミング必修化が迫る。コンピュータの授業ではなく、一般の授業の中に導入していくというアイデアそのものは、アップルがクリエイティブ教育のカリキュラムで目指すことと同じだし、賛同できる。しかし、日本では、なぜ、どのように、誰が、といういくつもの欠けたピースが存在しており、デバイスの導入だけでは一切解決の糸口は見えない。
アップルのアプローチは、デバイスやアプリ、カリキュラム、それらを活用する先生と、さまざまなピースをうまく埋めながら、現実的な変革を実現していこうとする。そうした活動から学ぶことは非常に多い。日本の教育シーンにおいても、今回のアップルの動きを機に、教育の変革が加速するかもしれない。