iPad低迷の正確な分析と対処
アップルは2010年に初代iPadを発表し、以降タブレット市場を牽引してきた。しかし、2014年を境にiPadの販売台数は前年同期を割り込み続けた。その主たる原因は、買い替えサイクルを作り出せなかったこと、そしてキラーアプリケーション不在で用途が定まらなかったことだ。
iPhoneはデザインやディスプレイ、カメラ、画面サイズ、通信、バッテリなど、さまざまな要素において進化をアピールできる部分があり、アップルがデザイン変更をするサイクルにキャリアの割引販売の周期が組み合わさった形で、2年というユーザの買い替えサイクルを作り出すことに成功した。
しかし、iPadは画面サイズも長らく9.7インチというオリジナルのサイズのまま。スマートフォン以上にシンプルなデザインで登場したことで見た目の進化も乏しく、また通信速度のアップグレードが必要ないWi-Fiモデルも存在するなど、多くの人々が新しいモデルに買い換える動機を見出せない点が低迷を招いた。
また、スマートフォンやパソコンの中間を埋めるようなデバイスとしても捉えられ、その用途は多くの人にとって限定的であった。さらに、本体は壊れにくく、WEBや動画の閲覧においてはパソコンのようにパフォーマンスの劣化が起きなかったことも、買い替えサイクルを作り出せなかった理由と言える。これはコンシューマー市場のみならず、法人市場や教育市場でも同じであり、顧客からすれば、5年以上変わらず使える非常に優秀なデバイスなのだが、アップルのビジネス的にはそれが仇となった感がある。
ペン対応と処理性能の重要さ
だが、アップルは2017年3月に、iPad(第5世代)を329ドルでリリースし、長期にわたるiPad低迷に終止符を打った。価格を大幅に下げたiPadの登場は、企業や教育市場に広く受け入れられた。もちろんグーグルのクロームブック(Chromebook)と比べればまだ3倍近い価格だったが、アップルは無料のプログラミング学習アプリ「スウィフト・プレイグラウンド(Swift Playgrounds)」と、「エブリワン・キャン・コード(Everyone Can Code)」カリキュラムをリリースすることで、新たにiPadを導入すべき理由を作り出すことに成功した。
そして今回の新型iPad(第6世代)の発表となる。価格は32GBのWi-Fiモデルで329ドル(日本では3万7800円)と据え置きで、教育向けには299ドル(日本では3万5800円)。デザインは2017年3月に登場したiPad(第5世代)をそのまま踏襲しながら、iPhone 7と同じ64ビットプロセッサA10フュージョンを搭載することで処理能力を大幅に向上、iPadとして初めてアップルペンシルに対応した。特にパフォーマンス向上とアップルペンシル対応の2点はアップルのiPad戦略における本質をよく表している。
アップルペンシルは非常に優秀なペン入力デバイスであるが、これまでもっとも安く使い始めるとしても、iPadプロ10.5インチWi-Fiモデル(649ドル)を選ばなければならなかった。しかし、今回のiPadは半額でアップルペンシルを使えるようになるため、そのインパクトは大きい。
新型iPadへの反応を見ていると、アップルペンシルによるデジタルメモを仕事に取り入れたいという声や、子ども用に1台揃えたいという声、あるいは買い換えるきっかけになったという意見が目立つ。これまでキラーアプリ不在で買い替え理由を見つけにくかったiPadにとって、初めての「買い替え動機」を与えることになった。
また前作から価格を据え置きつつ、教育市場向けにパフォーマンスを強調した点は、クロームブックとの差別化をより明確にするうえで非常に重要だった。無料でプログラミング教育を教室に導入できるエブリワン・キャン・コードに続いて、iPadの処理性能と無料アプリ群を活かした「エブリワン・キャン・クリエイト(Everyone Can Create)」を発表し、クロームブックではなく、iPadでなければいけない理由を、製品の性能で裏打ちする形で作り出そうとしている。
コンピューティングのデザイン
アップルにとって、ブランドをもっとも世界に広げる役割を担うのが、年間2億台以上を販売するiPhoneだ。このiPhone向けにアプリを開発するために必要なのがMacであり、iPhoneとともに販売台数が伸びる仕組みに組み込まれている。そこで宙に浮いていたのがiPadであり、前述の買い替え喚起の失敗とともに、ポジショニングの不足が生じていた。
329ドルでアップルペンシルをサポートするiPadの存在は、iPhoneにもMacにもないペン操作の価値を身近な価格で提供し、iPadの位置づけをより明確にすることになるだろう。同時に、文書作成や写真編集など、ビジネスやクリエイティブの現場でiPadが浸透することで、500ドル以下でも十分パワフルで長く使える「アップル製のコンピュータ」の勢力を拡大させることができる。
アップルはアップルペンシル対応する新iPadに合わせ、iWorkの各ソフト(ページズ、ナンバーズ、キーノート)に手描き機能と、文字列に紐付いて移動してくれるスマート注釈機能を追加し、ペン操作を前提としたタブレットに対応させた。これを機に、今後ペンに対応するiPadアプリが増えてくることが考えられ、iPadにペンが必需品となっていくことが予想できる。
アップルは2016年、9.7インチモデルのiPadプロで、購入から5年以上経過した6億台にものぼるPCの買い替え需要を掘り起こすというマーケティングゴールを設定した。アップルペンシルに対応するiPadは、その目標を達成する真の製品といえるだろう。