Mac業界の最新動向はもちろん、読者の皆様にいち早くお伝えしたい重要な情報、
日々の取材活動や編集作業を通して感じた雑感などを読みやすいスタイルで提供します。

Mac Fan メールマガジン

掲載日:

高校生がお城でプロジェクションマッピング

著者: Mac Fan編集部

高校生がお城でプロジェクションマッピング

iOSデバイスや各種アプリを使い、授業を効果的に進めている教育機関は多い。それだけでなく、静岡県掛川市にある県立掛川西高等学校は、授業外でも積極的にデジタルツールを用いた取り組みを行っている。今回高校生がチャレンジしたプロジェクションマッピングには、ICT教育の新たな可能性が詰まっている。

生徒が学びやすい環境づくり

授業内でiPadや教育系オンラインツールなどを導入・活用し、ICT教育を積極的に進めている教育機関が増えている。一方で、“授業外”で効果的にICTを活用できている事例はまだ少なく、教育関係者の悩みの1つにもなっている。

そんな中、静岡県掛川市にある県立掛川西高等学校(以下、掛川西高校)では、授業内だけでなく、“課外授業”にもデジタルツールを積極的に導入し、ユニークな取り組みを行っている。その1つが、2017年12月開催された「掛川城プロジェクションマッピング」だ。

静岡県のグローバルハイスクールとして指定を受けている静岡県立掛川西高等学校。探究活動を重視した総合学習を目指し、近年ではICT整備を積極的に推進している。【URL】http://www.edu.pref.shizuoka.jp/kakegawanishi-h/home.nsf/IndexFormView?OpenView

まずは、掛川西高校におけるITデバイスおよびツールの導入状況について紹介しよう。掛川西高校では、先生の許可が出た場合に限り、生徒が自分のスマートフォンを授業中に利用できるルールになっている。各々が自分のスマートフォンを使い、授業中に調べ物をしたり、課題を作成したり、授業の意図に沿う形で活用している。また、2017年2月にはiPadを約60台導入。授業内のグループディスカションやプレゼンテーションに利用している。生徒一人一人での作業の場合は生徒自身のスマートフォン、グループでの学習の場合はiPadと、学習シーンによってデバイスを上手に使い分けている。

また、掛川西高校には1年生と2年生の各クラスに2名ずつ“ICT係”が存在している。ICT係は、授業前にプロジェクタのセッティングを行うなど、主に先生の授業のサポートを行っている。今回、そのICT係の生徒に「デジタルデバイスやツールを使ってどのようなことをやってみたいか」とアンケートを実施したところ、もっとも多く挙がったのが、iPadを使ったプロジェクションマッピングとドローンプログラミングだった。「掛川城プロジェクションマッピング」は、生徒側の発案から実現したものだったのだ。生徒が主体となるICT環境づくりに関して、掛川西高校の吉川牧人教諭は次のように語る。

「生徒たちはデジタルネイティブの世代なので、教員よりも自在にデバイスを操ります。また、全教員がツールの使い方のトレーニングを受けて生徒にそれを伝える、といった作業はなかなか難しい。ですので、生徒が自由に使える環境を作ってあげて、我々はそれを邪魔しない。そういったコンセプトで環境を整備しています」

掛川西高校のICT推進委員長を務める吉川牧人教諭。今回のプロジェクションマッピングは、生徒からプロジェクションマッピングの声が上がった際に、吉川教諭が地元の商工会議所に相談したことがきっかけで実現した。

SNSも生徒主導で運用

今回のプロジェクションマッピングは、掛川市や地元企業などが運営するイベント「掛川ひかりのオブジェ展」とのタイアップで開催された。掛川西高校からプロジェクションマッピングに参加したのは、ICT係ではなく、有志で集まった20名。プロジェクションマッピングのテーマ決めをはじめ、市役所や第3セクターのかけがわ街づくり株式会社といった大人との打ち合わせも、吉川教諭が付き添いながらも、すべて生徒たちが主体となって行った。

掛川市や地元に企業が運営するイベント「掛川ひかりのオブジェ展」。掛川駅前から掛川城までの駅前通りを使い、地元の企業や市民が“光”をモチーフにさまざまに表現・演出する。掛川城プロジェクションマッピングは、本イベントとタイアップする形で、行政や民間企業と協力して開催された。

プロジェクションマッピングの作り方に関して、最初は右も左もわからなかった生徒たち。その技術的なサポートを行ったのは、一般社団法人センセイワークの理事・住ノ江修氏だ。普段は大阪に拠点を構える住ノ江氏は、チャットツール「スラック(Slack)」やテレビ会議で遠隔から生徒と連絡を取り合った。また、全員が集まって頻繁に会議するのは物理的にも難しいため、授業支援ツール「スクールタクト(schoolTakt)」を使って遠隔地間でリアルタイムの協同作業を行うなど、可能な限り効率的に作業を進めた。生徒の制作状況について、住ノ江氏は次のように振り返る。

「普段私は、先生向けにICTの講習などを行っていますが、ツールの習得率でいえば生徒のほうが何倍も速い。現在生徒たちは次の発表に向けて制作していますが、私はほとんど関わっておらず、“聞かれたら答える”だけ。それでも、少し前に製作中の映像を見たら、予想をはるかに超える出来栄えでした」

一般社団法人センセイワークの住ノ江修氏。プロジェクションマッピング制作において、生徒たちにツールの使い方や技術的なアドバイスを行った。

制作のほとんどは、iOS版「キーノート(Keynote)」をメインに進められた。城に映し出す映像は、キーノート上でiPadに取り込んだ手書きイラストや写真にアニメーション演出や映像効果をつけ動画化し、その動画にiMovieで音楽や効果音をつけている。動画を投影するツールとしてもキーノートを使用。これはキーノート上で動画投影位置の微調整を行うためである。投影には、iPadとエプソンとNECのプロジェクタを接続し、作成した動画ファイルをiMovieで再生。音響設備は同校のギター部から借りて使用した。

制作には主にiOS版のKeynoteを使用。そのほかにもチャットツール「Slack」や協働学習ツール「schoolTakt」を使って、限られた時間の中で効率的に作業を行った。

掛川城内には3カ所に計4台のプロジェクタを配置。プロジェクタはエプソンとNECからレンタルし、そのほかのスピーカやミキサは掛川西高校のギター部の機材を使用した。

プロジェクションマッピングの出力は、iPadとプロジェクタを接続して行った。投影映像は、Keynoteのアニメーション演出で作成し、iMovieで編集している。

SNSや新聞広告などの影響もあり、当日には約1000人もの観客が生徒の作品を観に集まった。中には県外から来場した人も多く、イベントは大成功。有志として参加した掛川西高校2年生の松永明子さんと鈴木舞さんは、今回のイベントを振り返って次のように語る。

「苦労したのは、有志メンバーのスケジュールを把握し、会議の日程を調整すること。でも、それはスラックやライン(LINE)の投票機能などのツールを使うことで乗り切れました。今後、私たちは3年生になって受験生になり、活動できなくなるので、後輩たちがこのような取り組みを受け継いでくれたらうれしいです」

有志メンバーとして活躍した2年生の松永明子さん(左)と鈴木舞さん(右)。参加のきっかけは、「プロジェクションマッピングをテレビで観て面白そうと思っていたから」だ。

掛川西高校の生徒によるプロジェクションマッピングは、今後も同校のダンス部とのコラボレーションや「掛川桜まつり」での発表も控えているそうだ。学校の授業以外でICTを活用し、高校生と地元の企業や行政が協力しながら作り上げた掛川城プロジェクションマッピング。「授業外でどのようにICT教育に取り組んでいくか」という悩みに対する、素晴らしい成功事例の1つになったといえるだろう。

作品のテーマは「掛川市の歴史」。山内一豊や二宮金次郎といった掛川市にゆかりのある人物や関係の深いモノをプロジェクションマッピング内に登場させた。これらのテーマ設定も、すべて生徒が発案したものだという。

イベント当日には、予想を遥かに上回る約1000人の観客が来場し、掛川城内が人で溢れかえるほどの盛況ぶりとなった。掛川西高校の生徒による活動は今回に止まらず、今後もダンス部の定期公演や掛川市が開催する「掛川桜まつり」でもプロジェクションマッピングを行う予定だという。