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ホーキング博士が予言した人類のこれから

著者: 林信行

ホーキング博士が予言した人類のこれから

遺伝子治療、つまり、人が持つ遺伝子情報(ゲノム)を編集してエイズやガンといった病気を治療する実験が最近よく話題になる。不治の病のように思われていた病気から助かる人がいるのはうれしいし、万が一、自分がそうした病気にかかっても救いの手があるということには希望が持てる。だが、こうしたニュースを聞くたびに1994年に聞いたある予言を思い出し、現生人類の時代の終焉の足音を感じる。

予言をしたのは先日亡くなった車椅子の英国人宇宙物理学者、スティーブン・ホーキング博士で、その舞台はスティーブ・ジョブズがiPhoneを含む数々の新製品発表を行ったことでも知られるアップルの祭典、マックワールド・エキスポの基調講演だった。そこで博士は我々が他天体に住む生命に出会う可能性の話と、地球上の生命がこれから辿る行く末に関する予言からなる「宇宙の中の生命」と題した講演を行った。

ビッグバンから150億年後、地球上で自らを複製する生命の元であるDNAという分子が誕生した。この複製は時々失敗し、突然変異となる。生物は異なる個体間でDNAを交換しあって次世代を作る。突然変異で環境により適した強いDNAが出現すると、交配によりそちらの傾向が強く生き残る。そう、ダーウィンの進化論だ。25億年をかけて単細胞生物が多細胞生物に、さらに十数億年をかけて魚類・爬虫類が哺乳類に、そこから数億年で人類に。

人類の誕生は地球上の生命の進化のターニングポイントだった。人は「言葉」を生み出し、ダーウィン論的な生物学的進化に頼らず、一世代の間で知識を蓄え進化する。その後、「書き言葉」も生み出し、世代を超えた情報の継承も可能になった。DNAをはるかに超える膨大な情報の蓄積や伝播が可能になったのだ。

このような脳から脳へと引き継がれる情報を「ミーム」と呼んで、初めて話題にしたのはリチャード・ドーキンス博士が1976年に著した書籍「利己的な遺伝子」だった。ホーキング博士のオリジナルではないかもしれないが、ここまででも当時の筆者には衝撃だった。

だが、ここからがホーキング博士の本領だ。博士は講演で人間の欠点を紹介する。特に深刻なのが、紛争の引き金にもなっている人間の破壊衝動。こうした欠点はいずれ人類が自らを滅ぼす原因にもなりえる。人類の系統を長く存続させるには、もはやダーウィン的進化が起きるのを待ってはいられない。そこでホーキング博士が語っていたのが、人類が自らの肉体を改造する「自己設計進化(self designed evolution)」の時代に突入するだろうという予言だ。

こうした人体改造については倫理的な視点から反対論も多く出てくるのは明白だが、それでも最初は筋ジストロフィーなどの遺伝子的欠陥による病気から人を救うために利用が始まり、やがて病気への抵抗力をつけるためや超長寿を手に入れるため、そして自らの破壊的性向を抑えるためといった具合に利用が拡大していくのは防げないだろうと博士は予言していた。

こうして超人類が誕生すると、従来型の人間は彼らに脅威を感じ、新たな紛争の火種になり、大きな政治問題に発展し、類人猿が絶滅していったのと同様に、やがては非改良の人類も絶滅する。あるいは残ったとしても社会的重要性を持たなくなってしまう。そして、そのタイミングに合わせるようにして、超人類の自己改造の進化のスピードも加速を始め、地球上の生活だけでは収まらなくなり、宇宙に生活の場を広げていくことになるだろう、というのがホーキング博士の予想だ。少しディストピアSFのような世界観だが、言われてみるとそうとしか思えないし、ゲノム編集のような事例はすでに現実になりつつある。

ホーキング博士は惜しまれつつ逝去したが、彼の予言した未来の扉は今、まさに開かれようとしている。

©chombosan

Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/デザインエンジニアを育てる教育プログラムを運営するジェームス ダイソン財団理事でグッドデザイン賞審査員。世の中の風景を変えるテクノロジーとデザインを取材し、執筆や講演、コンサルティング活動を通して広げる活動家。ツイッターアカウントは@nobi。