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未来を担うテクノロジストはアートに触れるべき

著者: 林信行

未来を担うテクノロジストはアートに触れるべき

「アート&サイエンス」─若き日のスティーブ・ジョブズはアップルをその接点に立つ会社と考えていた(その後、「テクノロジーとリベラルアーツ」に変わる)。ジョブズは、自らをアート好きと声高に唱えていないが、常にどこかでアートを意識した仕事をしてきた。

初代Macの広告には度々、浴衣姿の女性の絵が登場する。初期のMacのアイコンやフォントを手掛けたスーザン・ケアが、ジョブズが所有していた橋口五葉の版画「髪梳ける女」を元に描いたサンプル画だ。初代Macを擬人化したキャラ「ミスター・マッキントッシュ」を求めて、ベルギーのアーティスト、ジャン・ミシェル・フォロンをアップル本社に招いたこともあった。

特に好きだったのはピカソで、広告「Think different.」へ採用したり、インタビューで度々彼の言葉を引用した。中でも「良いアーティストは模倣をする。偉大なアーティストは奪う」という言葉を好んだ。

テクノロジー製品づくりは、要件にさえ応えれば一応の体裁が整う。だが、アートは作家が納得して初めて完成となる。ジョブズはアップルのエンジニアにアーティストのような心持ちで作品に臨むことを求めた。そんな経営者がいたからこそ、アップルは他のテクノロジー会社とは一線を画す存在になったと思う。

アートとテクノロジーの話題になると、もう1つ思い出すことがある。ジョブズのもう1つの会社・ピクサーの主要社員で「トイ・ストーリー」をつくったジョン・ラセターは、「アートはテクノロジーに挑戦し、テクノロジーがアートにインスピレーションを与える」を座右の銘にしている。アーティストが、表現のための道具が欲しいと要望すると技術者がそれに応える。するとアーティストのインスピレーションが膨らみ、さらにすごい作品が出来上がる。その結果、作品を見る鑑賞者たちも心が潤う。

人類の歴史は常にその繰り返しだったのではないかと思う。「人類を前進させる」ことを目標にしていたジョブズも、おそらくアートとテクノロジーがそんな健全な関係を持つことを夢見ていたのではないか。

だが、この十数年のテクノロジー、特に景気後退が続いた日本のテクノロジーは様相が違う。安易な金儲けとコスト削減のためのチープな代替案のために使われていることが多い印象だ。「人類の前進」どころか、「文化の後退」を招いている。それを景気のせいにすることもできるだろうが、一番悪いのは「チープな文化」を良しと受け入れるように我々が飼いならされたことだ。

先日訪れた横浜トリエンナーレで一番最初に展示されていたのは、世の中に散らばるさまざまな価値観をガラパゴス化した島として表している「Map Office」というアートユニットの作品でタイトルがズバリ「飼いならされた島(日本)─愛の島」だった。

筆者は現代アートが好きで、美術館へよく足を運ぶ。最近ではアーティストの友だちも増え会食も多い。あるとき、気鋭の若手アーティスト、長谷川愛さんが「現代アートの1つの役割は世の中をそれまでとは違った軸から見る視点を与えてくれること」と言っていた。

遺伝子操作の技術を使ってLGBTカップルの子どもをつくることを提案した「(不)可能な子供」や、増えすぎた人類の代わりに絶滅危惧のマウイイルカを人間の女性が出産する映像作品「私はイルカを産みたい…」など、数々の衝撃作で現実のもう1つの形を提案する長谷川さんはまさにそうした「異なる視点」提供の体現者だ。

テクノロジーの業界にいると、いつもみんな似たようなWEBサイトを見て、似たような情報に同じコメントを繰り返し還流させている。アートは、そんなマンネリを打破させ、新しい世界へと踏み出すインスピレーションを与えてくれる。私は未来を担うテクノロジストにこそ、アートに触れてほしいと思う。

Ai_HASEGAWA

【URL】http://aihasegawa.info/

Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/デザインエンジニアを育てる教育プログラムを運営するジェームス ダイソン財団理事でグッドデザイン賞審査員。世の中の風景を変えるテクノロジーとデザインを取材し、執筆や講演、コンサルティング活動を通して広げる活動家。主な著書は『iPhoneショック』ほか多数。