アップルは第5世代iPadとともに、「アップルティーチャー(Apple Teacher)」の日本語対応も発表した。アップルティーチャーとは、指導や学習にアップル製品を組み込んでいる教育者を支援し、その成果を讃える無料のラーニングプログラムだ。早速取得し、その狙いを探った。
教育市場に向けたiPad
アップルは3月21日に、第5世代となるiPadをリリースした。このiPadの魅力は価格だ。米国で329ドル、日本でも4万円を切る3万7800円という価格で、A9プロセッサを搭載する9.7インチのiPadをラインアップしたこと自体がアップルの戦略なのだ。
iPadエア2の後継機種となるものの、iPadエアシリーズの名を引き継がなかったのは、iPadエア2よりも厚く、重たくなったことに起因している。そのボディはバッテリ容量も含めて、初代iPadエアに逆戻りした。だが、その分、バッテリは長持ちすることが期待でき、また厚みは耐久性向上につながる。
安い端末価格、そして耐久性が求められる環境とはどこだろうか。最たる場所は、大量導入し、子どもたちが利用する教育現場だ。
これまで教育といえばアップル、という印象は強かったが、現在米国市場では、グーグルのクロームブック(Chromebook)が実に58%のシェアを獲得し、アップルはMacとiPadを合わせても19%と、ウィンドウズの22%よりも下回っている。
低価格のiPadはその状況を打開する目的があるが、329ドルという価格はクロームブックよりも、まだ150ドル高い。アップルは価格競争ではない、より教育の本質に関わる形で「教育のアップル」を再構築しようとしている。それが、「アップルティーチャー(Apple Teacher)」というプログラムが日本にも導入された背景だ。
アップルティーチャーのWEBサイト(【URL】http://appleteacher.apple.com/ )。アップルIDでログインして、オンラインコースや(バッジを取得可能な)テストを無料で受けることができる。ログインに教員資格等は特に問われない。
無料で認定される
アップルティーチャーは前述のとおり、教育者のための無料のラーニングプログラムだ。オンラインでは、MacもしくはiPadを授業で活用するための使い方やヒントを学ぶことができ、その知識を問う8ジャンルのクイズが出題される。
ジャンルにはMacもしくはiPad、アップルの純正ソフトウェア/アプリ(Pages, Numbers, Keynote, iMovie, GarageBand)などの活用方法を中心としたコースがある。生徒同士が共同作業を行う際に重宝するファイルの受け渡し方法、エアドロップ(AirDrop)なども含まれる。そしてさらに2コース、「学習効率化」と「創造性」が用意されている。
各ジャンルのテストでは、5題のうち4題に正解するとバッジが獲得でき、8ジャンルすべてのバッジを集めると、晴れてアップルティーチャーの認定を受けることができる。筆者も、Mac、iPad両方のコースで8つのバッジを獲得し、アップルティーチャーの認定を受けた。
認定を受けると、アップルティーチャーのロゴを教科書やWEBサイトなどに掲載することができるようになる。オンラインコースの受講と認定に費用はかからないが、認定を受けても報酬がもらえるというわけではない。あくまで、ロゴを使って良いと認定されるだけだ。
教材は目的思考
現在、アップルティーチャーのロゴ取得のメリットが直接的にあるわけではない。しかし、学校の現場には非常に良い制度といえる。アップルティーチャーのオンラインコースは、教員のトレーニングにぴったりだからだ。
たとえば、学校にMacもしくはiPadを導入する際、まず教員が使いこなして、生徒に教える立場にならなければならない。そのうえで、デバイスを活用した授業の設計や運営をデザインする必要がある。
現状、教育機関でのIT活用は、担当する教員のスキルレベルに大きく左右される。結果、ITが苦手な教員の授業では活用が進まず、生徒たちがビデオでレポートを作りたくても、手書きを強いられることになるのだ。
アップルティーチャーのオンラインコースは、単純な使い方に詳しくなるのではなく、なんらかの目的や課題に対して、どんな機能やアプリを使えば良いかを知ることがゴールとなっている。非常に実践的で、授業のアイデアにあふれた活用を学ぶことができるのだ。
この点は、機材を導入して終わり、というベンダーとは明らかに異なるだけでなく、教員の独習で十分に授業への活用方法を身につけられる点も含め、導入活用コストの低さをアピールすることにつながる。
生産性と創造性
これまでコンピュータやタブレットは、情報の授業で扱ってきた。しかも、受験を控える中学・高校では、受験科目に関係ない情報やコンピュータ、インターネットは、その高い中毒性から「受験勉強の邪魔」とまでいわれてきた。
しかし、アップルティーチャーの思想は、こうした日本の教育現場をまったく変える可能性もある。アップルは、MacやiPadを「熱中」の対象ではなく、「筆記用具」として扱えるようにしようとしているからだ。生徒も教員も、もちろんMacやiPadがスムースに使えるようになることを目指すが、それがゴールではない。
その証拠に、アップルティーチャーのコースには、「学習効率化」と「創造性」という2つのコースが含まれている。コースとテストにこそ、アップルティーチャーの本質が詰まっているのだ。
その他は使い方の知識を問う問題が中心だったが、学習効率化と創造性では、複数のアプリを組み合わせて効率的にリサーチからレポートのまとめへと学習を進めたり、考えをレポートやスライド、ビデオにまとめる方法などが問われる。
たとえばナンバーズ(Numbers)で調査項目の表を作り、カメラでフィールドワークを記録し、それらをページズ(Pages)でレポートにまとめるといったワークフローは、MacやiPadを筆記用具として使う授業の実践的な風景そのものである。
新アプリもすかさず活用
アップルティーチャーは、一度取得すれば、ずっとそのロゴ使って教育活動や情報発信を行うことができる仕組みだ。しかし、アップルは毎年OSをアップデートし、新しいデバイスをリリースし、アプリを頻繁に刷新している。WEBサイトでは、こうした新しいテクノロジーへのキャッチアップにも対応していくという。
たとえば、アップルティーチャーとともに日本語化された「スウィフト・プレイグラウンズ(Swift Playgrounds)」については、プログラミングの授業を行うためのコースを別に用意しており、スウィフトの授業への採用を促しているのだ。
加えて、アップルは、ツイッターアカウント「@AppleEDU」を用いて、教育に関する情報発信のキャンペーンを展開し始めた。その中で素早い対応を見せたのが、4月にリリースされたばかりの新しいビデオ編集アプリ「クリップス(Clips)」の教育活用だ。
クリップスは、新しい世代のビデオ編集アプリで、たとえば「バイン(Vine)」や「スナップチャット(Snapchat)」、「インスタグラム(Instagram)」などの、インスタントで装飾可能なビデオを簡単に作成できるツールだ。これを授業の資料作りに取り入れたり、生徒たちの課題提出方法として使うアイデアを、早速発信していた。
繰り返しになるが、アップルはMacやiPadを「文房具」として使ってもらおうとしている。そのために説明書なしで使いこなせるシンプルさを実現してデバイスやアプリの学習コストを極力下げ、活用に時間を割けるようにしている。
アップルティーチャーは、アップルと教育の関わり方の本質を先生たちに伝え、現場レベルでの支持者を増やす、じっくりとした取り組みといえるだろう。