「アップルは、大胆に捨て去る決断を下せる規範を持ち続けている」
Apple has always had the discipline to make the bold decision to walk away.
アップルはレガシーを捨て、変化を促すことで進化を加速し、より優れた体験を実現する。昨年iPhone 7シリーズでオーディオジャックを廃し、MacBookプロでサンダーボルト3にポート類を統一したのが記憶に新しい。PCとタブレットの論争についても、クックは「PCのレガシーに執着しなかったらタブレットでやりたいことはできる」と述べている。アップルが2イン1PCを否定するのは、今日の2イン1PCが古いPCを残したデザインであるからだ。同じキーボードが使えるタブレットでも、その点でiPadプロは異なる。レガシーを捨て去るのはアップルの判断規範である。
「人生ははかなく、明日の保証は何もない。
だからこそ全力を尽くせ」
Life is fragile. We're not guaranteed a tomorrow so give it everything you've got.
2012年にオールシングスデジタルのカンファレンスで紹介したスティーブ・ジョブズから学んだことの1つ。ジョブズからクックへのメッセージというと「自分が正しいと思ったことをやれ」が有名だが、その下の句と呼べるような言葉。たとえスーパーマンであっても万能ではなく、やりたいこと、正しいと思ったことを成し遂げられるとは限らない。人生どうなるかはわからない。アップルだって、常に正しいことをできているとは限らない。だが、人生の喜びは冒険の中にある。失敗のないところには成功もないのだから、今やれることにすべてを注ぎ込め、というメッセージ。
「努力せずに成功を収めようとする人たちは、
最後には自身を欺くことになる」
Those who try to achieve success without hard work ultimately deceive themselves.
2010年にオーバーン大学の卒業式でのスピーチでクックは、努力を怠らず、準備することの大切さを説いた。当時はまだリーマンショック後の経済危機の影響で大学を卒業しても職を得られない学生が多かった。クックが大学を卒業した1982年も経済状況はよくなかったが、困難なときでもいつかはチャンスが巡ってくる。だから、準備をしておくようアドバイスした。十分な用意を整えていたら、扉が開いたときにすぐに行動を起こせる。準備を積み重ねてきた結果の成功は必然である。しかし、正しく努力せずにチャンスだけをつかもうとすると、自分を傷つけ、最悪の場合は他者をも欺くことになる。
「何をやるにしても直感が重要な意味を持つ」
Intuition is critical in virtually everything you do.
クックの人生を変えたもっとも大きな決断は1998年のコンパックからアップルへの転職だった。アップルが倒産する可能性があったときであり、場合によっては仕事を失うかもしれなかった。それでも転職したのはジョブズと出会い、そして自分の直感を信じたからだ。直感に従うというと運まかせのように見なされるが、そうではない。自分の人生においていくつか開いているドアから、進むべきドアを直感が示してくれる。だから、あらゆる局面で直感が重要になる。そしてドアの先で自分の直感の正しさを証明しなければ、直感の価値は無意味になる。だから、日々の努力を怠らず、全力を尽くせと説いている。
「サイドラインの外側で人生を送りたい人はいない。
世界はあなたのフィールドでの活躍を必要としている」
The sidelines are not where you want to live your life. The world needs you in the arena.
2015年にジョージワシントン大学の卒業式でのスピーチで、クックは誰もが世界を変えられる可能性を説いた。どのような会社で、どのような仕事をするにしても、たとえ1人であっても変化を起こせる。私たちの周りには解決すべき問題がたくさんある。解消すべき不公平、克服すべき疾病もある。すべての人の力を世界は必要としているのだから、リスクや批判を恐れて縮こまってはいけない。キング牧師のように人生において何度も、1人の力で世界に大きな影響を与えた人物もいるのだ。最後に「君たちには可能性があり、君たちがそうなるべきであり、君たちは成し遂げられる」と述べた。
「受け入れることがイノべーションにつながる」
Inclusion inspires innovation.
文化や人種、宗教、性別、経験など、さまざまな違いを受け入れることで、ユニークな創造性を発揮でき、イノベーションが生まれる。同性愛者であることを公表したクックが多様性の大切さを説いた言葉だ。制約のない自由な発想やものの見方の価値を説いた「Think Different.」にも通じる考え方である。人々に最高の製品やサービスを提供するという目標を掲げるアップルにとって、人々の多様性を理解するのはユーザのためのもの作りに不可欠である。クックは「人生におけるもっとも重要な問いかけは『他者のために何をしているか』だ」というキング牧師の言葉を座右の銘にしている。
「アップルにしかできないこと」
Something only Apple can do.
2014年のWWDCの基調講演で最後に、発表した製品の開発に関わったアップル社員を称えたときに、その成果を「アップルにしかできないこと」と表現した。それ以来、クックの講演やインタビューの決め台詞としてたびたび登場している。「アップルにしかできないこと」とはアップル製品の体験を指す。ハードウェアの機能やスペックだけならどのメーカーも簡単に取り入れられるが、優れたデザイン、ハードウェアやソフトウェア、サービスの一体開発で実現するアップルのユーザ体験は唯一無二である。そんなアップルの持ち味をライバルはよく研究しているが、容易には追いつけないという自信が伝わってくる。
「われわれは複雑ではなく、シンプルを良しとする」
We believe in the simple, not the complex.
インタビューでクックはよく「フォーカス」の大切さを説いている。それはアップルの経営者としてだけではなく、個人の生活でも彼の行動規範になっているという。本当に優れたことはいくつもできない。あれこれと手を広げた結果、それなりに良い製品やサービスは揃えられるかもしれない。だが、最高の製品はいくつも生み出せない。だから、アップルはシンプルな理念に徹する。最高の製品、人々の暮らしをより豊かにする製品やサービスにフォーカスする。それだけに集中して、最高の製品を中心としたエコシステムを構築すれば、豊かな市場を構築できると考えている。
「我々をコピーしてほしい」
We want people to copy us.
アップルといえば製品の秘密を徹底する企業として有名だが、クックがCEOになってからは何でも隠すのではなく、透明性を高める取り組みも行われるようになった。たとえば、製造を委託している製造施設の労働環境、サプライヤー施設、プライバシー保護の取り組み、多様性のデータ、環境保護の取り組みなど。他の企業や組織にもコピーしてほしいところ、透明化によって大きな違いを生み出せるところ、社会貢献につながる情報やデータを積極的に共有する。チャリティやLGBTパレードへの参加もその1つであり、クックの考えはアップル社内でもコピーされ社員に広がっている。
「イノベーションを生むためにコラボレーションは不可欠」
Collaboration is essential for innovation.
2012年にiOS 6のマップ騒動が起こったときに、クックは複数のOS開発を統合し、またハードウェアとソフトウェア、デザインの連携を密にする大胆な組織再編をすばやく実行した。ソフトウェアとハードウェア、サービスの一体開発から優れた体験を生み出すアップルにとって、開発チームのコラボレーション(協働)は不可欠である。組織再編後のブルームバーグのインタービューでクックは、すでにアップルは高い水準のコラボレーションを実現していたが、それを「A+」と呼べるレベルに引き上げたと語った。アップルをアップルたらしめる体験の創出をクックがいかに重視しているかがわかる。
「博物館は好きだが、そこに住みたいとは思わない」
I love museums but I don't want to live in one.
ユニークな文化と歴史を持ち、多くのユーザを抱えるアップルのCEO職をカリスマ創業者から受け継いだクック。当時ユーザの間に、アップルの文化が変わってしまうのではないかという見方も広がった。そんな不安をクックは博物館のたとえで払拭した。変わることなくアップルは、ミュージアムに展示されてもおかしくないような最高の製品やサービスを生み出していく。しかし、それまでのアップルのままではない。アップルのマジックは、アップル自身が日々変わり続けていく中から生まれてくる。博物館に収まり、博物館でしか見られないような遺物にはしないという宣言。
「訴訟を嫌ってきた、それはこれからも変わらない」
I've always hated litigation, and I continue to hate it.
アップルは2011年から長年にわたってサムスンとスマートフォンの特許に関する訴訟を争い、昨年はFBIとの対立が訴訟に発展した。今年1月には半導体ライセンス料の過剰請求でクアルコムを提訴している。戦略的に訴訟を利用する企業も少なくないが、アップルが訴訟に踏み切るときにクックは訴訟を好まないことを明言している。訴訟は最終手段であり、だからこそアップルの提訴は特別な意味を持つ。独創性や革新性といったアップルの価値を侵害したり、または公正な競争を阻害するものなら、伝家の宝刀を抜いて、法廷で徹底して戦うという意思表示である。
「しっかりとした考え方を持つ2人の人物は
お互いをより理解できると思う」
I think two people with strong points of view can appreciate each other even more.
iOSにツィッターが統合され、フェイスブックの統合の実現が議論されたときのオールシングDカンファレンスでの発言。ツイッターとフェイスブックの競合関係、フェイスブックのプライバシー問題などから、フェイスブックとの提携の難しさが指摘されたが、クックは異なる意見や考え方が人々のために働かない理由にはならないと述べた。「ユーザのため」という共通の目標があれば、互いを理解し、解決策も生み出せる。実際に、その年の秋にiOSへのフェイスブック統合が実現し、iPhoneユーザが手軽にSNSを利用できる環境が整った。
「売上高や株価などを目標と見なす会社は混乱する。
それらを生み出すことに集中すべきである」
Companies that get confused, that think their goal is revenue or stock price or something. You have to focus on the things that lead to those.
クックがCEOになってからアップルの株価は安定して上昇しており、ウォーレン・バフェットが率いる投資会社バークシャイア・ハザウェイもアップルへの投資に乗り出した。だが、クックは株価に執心するCEOではない。それどころか「私に投資利益率だけを期待しているなら、アップル株は手放すべきだ」と、株価を急落させかねない発言までしている。最高の製品を提供するのがアップルの目標であり、そのために全力を注ぐ。売上高や株価は、その結果である。ただし、株式配当を行わなかったスティーブ・ジョブズとは違い、アップルの姿勢を株主にも理解してもらったうえで、クックは株主の利益にも配慮している。