コラボツールもメールも基本は同じ
ビジネスの現場でコラボツールが大流行だ。シリコンバレーで人気の「スラック(Slack)」を筆頭に、「シスコ・スパーク(Cisco Spark)」も手軽で支持されている。また、全社導入するときは、基幹システムとの相性もいい「IBMコネクションズ(Connections)」や、マイクロソフト「シェアポイント(SharePoint)」などが採用されている例も多い。
こうしたコラボツールはそれぞれに特徴の違いはあるものの、大まかに言えばLINEのグループチャットのような会議室が作れるチャットツールといえる。使い込んだ人の中には「メールはもういらない、むしろ廃止してほしい」という人までいる。
しかし、コラボツールの基本はメッセージングとファイル共有であり、メールと基本機能は変わらない。なぜメールではだめで、コラボツールはいいのだろうか。
実際、メールでもコラボツール的な使い方はできる。CC(同報送信)と「全員に返信」を利用すればグループが作れるし、ファイルも添付できる。題名を工夫してスレッド化すれば「会議室」のような仕組みも作れる。今ではモバイルデバイスでもメールを読むのが当たり前になっているので、レスポンスが遅くなることもそうそうない。実際、昔から電子メールをコラボツールのように使っている人たちは多かった。
合理的な“作法”に誘導してくれる
コラボツールがよくてメールではだめな理由の1つは、メールは「マナー」を要求することだ。マナーといっても“礼儀”のことではなく“作法”のことだ。メールをコラボツールのように使うためには、「文章をできるだけ短くする」「時候の挨拶などは省略する」「余計な雑談はしない」「1要件1メール」などの作法をあらかじめ定めて、メンバーがそれを厳格に守る必要がある。
だが、これがかなりの心理的負担になるのだ。そのようなツールを使うのは煩わしくなってしまい、活用が進まなくなる。特にリーダーがルール設定をしてメンバーに強制的に守らせるようなケースでは、メンバーは義務的に使うだけで自発的な活用がほとんどされなくなってしまう。
一方で、コラボツールはこのような“作法”を定めなくても、自然に効率的なメッセージングがされるようにデザインされているのがポイントだ。たとえば、多くのコラボツールではメッセージ入力欄が最下段の狭い場所になっている。これを見た人は、自然と短いメッセージを書くようになる。どのコラボツールも仕様としては長文でも入力できるが、入力欄をあえて狭くすることで人の心理に訴えかけ、短いメッセージを書くように誘導しているのだ。多くのメールでは、新規メッセージを作成すると広々とした白紙画面が広がる。そのため長い文章を書きたくなってしまうのだ。
人の振り見て我が振り直せる
コラボツールにはメールの堅苦しい作法がないといっても、まったく作法が不要というわけでもない。たとえば、誰かがファイル共有をしたときに「受け取りました。ありがとうございます」という返信は必要だろうか。メールの場合はリアクションが必要だが、コラボツールの場合は不要だ。なぜなら、メッセージに既読マークが付くからだ。メンバーは同じ目的を共有しているので、既読は「そのファイルを受け取った」という暗黙の共通認識となっているはずなのだ(そのためコラボツールはリアルな関係がすでにある者同士で使うのが望ましい)。
また、コラボツールを使い始めると、メッセージの大量連投をする人が必ず現れる。たとえば、展示会などに参加した人が見たものをすべて写真に撮り、コメントを付けて投稿する。本人は皆の参考になればと善意からやっているのだと思うが、メンバーにしてみたら大迷惑。なぜなら、重要なメッセージ受信はプッシュ通知するように設定しておくのが普通なので、連投されると一日中iPhoneが鳴りっぱなしになってしまう。もし大量の情報を投稿したいのならば、通知をオフにできるよう別の専用チャットルーム(スラックではチャンネル)を作るか、書類にまとめてファイル共有すればいいだけの話。
しかし、コラボツールの優れた点は、こういった“無作法”も自然に修正されていくことだ。なぜなら、こちらも相手も同じアプリを使い、同じ環境でメッセージを読んでいる。そのため、自分がされて迷惑に感じたことは、自然としなくなる。「人の振り見て我が振り直せ」の原則と「相手への気遣い」がうまく融合して、“いい作法”がメンバー内に自然に出来上がっていく。
メールは、機能そのものは決して悪くないものの、相手がどのような環境で読んでいるかがわからないのが難点だ。メールソフトは無数にあり、相手がどのソフトを使っているかをすべて把握しておくことができない。普通は受信ボックスの一覧に、送信者の名前と題名が表示されると思うが、送信者名でなくメールアドレスの表示にしている人もいる。そのため、誰からのメールかがわかりづらいだろうからと、冒頭に「お世話になっております。◯◯社××です」と名乗り、最後にはシグネチャをつけたほうが親切なのではないか?と考えてしまう。相手の環境が見えないために気遣いが空回りしてしまい、それが蓄積して「電子メールのビジネスマナー」のようなものが出来上がっていき、いきすぎた礼儀作法が使いづらさや息苦しさを生み出している。
メールも進化してコラボツール的に
ただし、メールも進化が停滞しているわけではない。グーグルのGメールは「整理しなくてもいい、ゴミ箱に捨てなくてもいい」をコンセプトにメールの使い方をまったく変えた。ところが、Gメールの受信ボックスのUI/UX(ユーザインターフェイスと体験)は、郵便をメタファーにした古臭いままだった。しかし、「インボックス(Inbox)」が登場して、格段に使える電子メールになった。iOSアプリ、WEB版があり、プロモーション(広告メール)、トラベル、ショッピングなどに自動仕分けしてくれる。さらに、重要な送信者のメールだけをプッシュ通知してくれる。
面白いのは、返信を書く欄がコラボツールのように1行表示な点だ(ポップアップすることで、広い画面に書ける)。そのため、インボックスを使っていると、ごく自然に返信が短くなる。コラボツールを研究して、そのよさをメールに取り入れようとしている意欲作だ。
「コラボツールがあれば、メールはもういらない」ということにはもちろんならない。しかし、仕事で同僚とやりとりするメッセージは、どんどんコラボツールに移行していくことになるだろう。ただし、コラボツールといえども、まだ考えなければならない作法がある。それは、コラボツールを使うメンバーそれぞれが「これをどのように使いこなせば仕事上のイライラが減り、全員の生産性が上がるか」という視点を持つことが重要だ。それができるグループはコラボツールによって雑用という非生産的な仕事が減り、本来やるべき生産的な仕事に集中できる環境を作り上げられるだろう。
Gメールの「インボックス」アプリは、再び電子メールの姿を変えることに成功した。内容を自動識別して、プロモーション、ショッピング、トラベルなどに自動分類してくれる。しかも、ショッピングやトラベルでは、メールの文面を読んで情報の整理までしてくれる。
ツール本来の目的は、「雑用に気を取られず、本来の仕事に集中できる環境を作る」こと。うまく活用している人に聞くと「アプリを開くのは1日に数回程度。でも、プッシュ通知は横目で見ておく」という使い方。会議室ごとにプッシュ通知をオン/オフ設定して、メッセージのやりとりに気を取られない環境を作りたい。
【知恵の実の実】
コラボツール導入でよくある勘違いは「メッセージには即レスしなければならない」というLINEを使う女子高生のような思い込み。これではコラボツールに気を取られて仕事にならない。“即レス”勘違いのままでいると、集中する仕事ができず「スマホの奴隷」になってしまう。
【知恵の実の実】
インボックスでメールに返信するときは、メールの下部にある一行欄にある「返信」をタップして書く。きわめてコラボツールに近い感覚になった。「いきなりコラボツールを使うのはちょっとハードルが高い」という方は、まずはGメールのインボックスを使って、新しいメッセージングの世界に慣れてみよう。
文●牧野武文
フリーライター。コラボツールを使ってみてわかったのは、高機能なツールほど「使いづらい」こと。本文で触れた“作法”をより多く要求するからだ。多機能よりは、プッシュ通知の設定など「集中すべき仕事を邪魔しない」機能に注目してツールを選択しよう。