ノウが言えない
日本の伝統芸能といえば、歌舞伎、能、文楽(人形浄瑠璃)といったところががまず思い出される。だけど、多くのスター役者を抱える歌舞伎はまぁ別格として、他の伝統芸能を実際によく鑑賞する、あるいは語ることができる人はそう多くないだろう。だって歌舞伎以外の伝統芸能は、極めて地味で目立たない。マスコミに取り上げられるのはせいぜいお家騒動のときくらいで、学校や職場で話題になることもまずない。要するに、よほど興味のある人以外は、あまりよく知らない存在なのである。知らないものを好きになることはない。だから多くの人は(少なくともワタクシは)、伝統芸能についてほとんど何も語れないのだ。
しかし、2020年には東京オリンピックが開催され、多くの外国人が日本にやってくる。そんな外国人観光客と遭遇し、もしも能について尋ねられたらどうしますか。「ドゥー・ユー・ノウ・ノウ?」「ノウ、アイ・ドント・ノウ・ノウ」と返すしか能がなさそうだ。うーん、これはよろしくない。そう思ったワタクシは、もっと日本をディスカバろうと考えたのである。
先生は外国人
その第一歩は能から始めることにした。理由は大河ドラマなどで見ることがあって少しはなじみがあることや、前述したように伝統芸能の3トップ的存在だからだ。
そして今回選んだのは、能の音楽である「囃子」(はやし)を疑似体験しつつ学ぶことができる音楽アプリだ。大阪で一番古い能楽堂である山本能楽堂が文化庁の委託を受けて開発した、言わばお墨付き。お役所絡みとなると堅い仕上りなのではと心配したが、意外やゲームなどもあって親しみやすい。
驚いたことにこのアプリを作ったのはブルガリア人なのだ。浅学にしてブルガリアといえばヨーグルトと大相撲の琴欧州ぐらいしか思いつかないが、まさか能楽アプリを開発するほど日本の伝統芸能に精通している人がいるとはね。作者のペトコ・スラボフ氏は大阪大学の大学院に留学し、能に関する論文で博士号まで取得した人。邦楽器も演奏するという。元々はコンピュータ工学を学んでおり、その知識がアプリ作りに活かされている。日本の良さを外国人に教わるのは最近のトレンドだが、このアプリはまさにその1つなのだ。
アプリの目玉は、「囃子」を構成する太鼓、大鼓、小鼓、能管の4つの楽器が演奏できること。たとえば鼓の打面が表示されたデバイスの画面をタップすると音が鳴る。鼓はそれぞれ打ち方に違いがあって、打つ指の本数や場所によって音も変わるというこだわりようで、かなり本物に近いらしい。リアルさでは音にもこだわっていて、音源はプロの囃子方(演奏者)が実際に演奏したものをサンプリングしている。「いやあ」とか「は」といった掛け声も同様だ。これが実にいい。本物ならではの迫力、臨場感があるのだ。
もちろん、だからといって素人が簡単に演奏などできるものではない。ただ音が鳴らせる程度だが、それでもきっと囃子の音色が持つ不思議な魅力に気づくに違いない。囃子の音色には日本人の魂を揺さぶる何かがある。でなければ650年もの長きにわたって、能文化が日本で継承され続けるわけがないヨネ。
このアプリで学べるのは、主に囃子について。能についてさらに知りたくなったら、同じスラボフ氏の作った能入門アプリ『We Noh』がおすすめ。「能の舞台に必ずある大きな松の絵は、実は演目の内容とはまったく関係がない」とか、「観客からすると邪魔な4本の柱は何のためにあるのか」といった、能に関する知識がアニメ仕立てで学べるようになっている。面白そうデショ。
Ohayashi Sensei
【作者】Yanko Popov
【価格】無料
【カテゴリ】App Store>ミュージック
日本の代表的な伝統芸能の1つである「能」。その音楽である「囃子」で使われる4つの邦楽器(「太鼓」「大鼓」「小鼓」「能管」)の演奏を疑似体験できる音楽アプリ。画面上の楽器をタップすることで、リアルで臨場感ある音色が楽しめる。美しいグラフィックも魅力。iPhoneとiPadの両方に対応している。
囃子の音色を味わう! 「Ohayashi Sensei」にチャレンジ
●使い方
それぞれの楽器は画面をタップすることで、その音を聴くことができる。また「いやあ」とか「は」といった掛け声も聴くことができる。画面右下の「?」をタップすれば、各楽器に応じたそれぞれの使い方が表示される。