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プレゼンのプロから学ぶビジネス文書作成の極意●Macで極める日本語デザイン

プレゼンのプロから学ぶビジネス文書作成の極意●Macで極める日本語デザイン

“相手の立場になって作るのがプレゼン資料作成の極意です”

相手に伝えるために

あるときは書家として、またあるときはプレゼンテーション講師として活躍する前田鎌利さんですが、書もプレゼンも「相手に思いを伝えるためのツール」であることは共通しているといいます。ですが、その認識に至るまでには大きな失敗も経験したとのこと。

「実は僕、プレゼンや資料作りは不得意でした。通信会社勤務時代にシンクタンクの人たちと仕事をさせていただく機会があり、そのときに初めてパワーポイントを使うという文化に触れました。彼らはレポートに用紙5000枚とか大量の紙を使うんですね。私も見よう見まねで本部長がキックオフミーティングで話すプレゼン資料を作ったんですが、スライドの動きのすべてに音を付けてしまって、本部長が話すたびにドーン!と鳴ってしまってうるさくて(笑)、今でもその上司の方には申し訳ないことをしたなと思っています」

そんな前田さんのプレゼン資料作りに大きな変化が起きたのは、5歳から続けてきた書道の考え方を取り入れるようになってからだといいます。

「それまでは学芸大学の書道科を出て教員免許を持っていても、現在の仕事にはまったく役に立たないと思っていました。ところが、パワーポイントというツールが出て、“表現”する分野では、書やアート作品のデザインについての考え方が活かせると感じました。その後、ソフトバンクへ転職してからは、なるべく少ない文字で相手に伝えるにはどうすればよいかとか、写真はどう使うのが効果的かなどを考え続け、ソフトバンクアカデミアで研鑽を積み、そこから孫さんのプレゼン資料作りを任されることになりました」

現在は独立して書やアートのデザイン技術を融合した独自のプレゼンテクニックの伝道師として活動する前田さん。書から援用した代表的なテクニックとして、余白の取り方やフォントの選び方があるといいます。

たとえば、余白の取り方として「メッセージを中央よりもやや上に置く」というテクニックがあるそうですが、これはお寺や古民家にある横書きの「扁額」から発想を得たそうです。

「扁額の書は、最初からそれが見る人の目線より高いところに掲げられることを意識して、文字の下の余白を少し多めに取って書くんですね。プレゼンの場合もだいたい見上げることが多いので、すっと目に飛びこんでくる位置にメッセージを置くわけです。こうした相手の立場に立った資料作りをやるかやらないかで、内容以前に説得力が全然違ってきます」

また、前田さんがメインで使用するフォントはMacでは「ヒラギノ角ゴStdN」、目的によっては丸ゴシック系の「メイリオ」、「ヒラギノ明朝ProN」なども選択するそうです。主に太めのゴシック体を選ぶ理由として、「視認性の高さ」が挙げられます。

「ソフトバンクの株主総会は通例、東京・有楽町の国際フォーラムで行うのですが、こうした大きな会場で1番後ろの席からでもきちんと読めるフォントとサイズを選んでいます。メイリオはちょっと優しい雰囲気が出てしまうので、伝えたことを実施してもらう社内の研修セミナーなどでは使わないほうがよいでしょう。逆に、IRや株主への説明では親近感を持ってもらうためにあえてメイリオを使うこともあります。明朝体は横線が細いので基本的には使いたくないのですが、ネガティブな情報を伝える際には緊張感や不安定感、おどろおどろしさを演出できるので解決すべき課題を煽る際にピンポイントで使うことがあります。大事なことは、フォントは見ている人の感情を動かせるということ。特に社外向けのプレゼンの場合は、ビジュアルとフォントで相手の感情を動かさないと興味を持って聞いてくれないので、ビジネスパーソンはぜひ覚えておいてください。たとえば、営業に行ってプレゼンした際に『これにお困りですよね』とゴシック体で書いても、安定感を与えすぎて相手には『別に困ってない』と言われてしまいます(笑)」

キーメッセージは中央よりやや上に配置します。なぜなら、スライドは見上げる場合が多いからです。この考えは鴨居などに掛ける「扁額」の余白の取り方の考え方を応用しています。

心理テクニックを利用

ほかにも、見出しとして使う文字数を13文字以内にすることも、前田さんが実践しているテクニックだといいます。これは認知心理学の短期記憶に関する知見を応用したものだそうです。

「世代によっても多少違いはあるのですが、多くの人は13文字を超えると、一目で意味がわからなくなってしまい、文字を読み始めてしまいます。読ませる資料になると何が起こるかというと、読み終わってしまえば話を聞かずに寝てしまうんですね。話を聞いてもらいたいのであればたくさん書いてはいけません。ただし、書かないとなると今度は話さなくてはならないので、何を話すか、そして補足する形で写真やグラフなどを使ってどのようなイメージを与えるか、見ている人たちの気持ちをどう動かしていくかをデザインしていく必要があります」

この見ている人の気持ちを動かしていくために最適なツールは、やはりパワーポイントよりキーノートのほうが優れていると前田さんはいいます。

「どちらも機能自体は揃っていますが、キーノートのほうが表現力が豊かですね。特に、僕は目線を誘導できる『マジックムーブ』という機能を多用しています。これを使えば、スライドの一部が次のスライドにスーッと動いていくので、見ている人が疲れにくいのです。なぜ、そんなことをするかというと、やはり相手の立場に立って資料を作ることがプレゼンでは大事だからです。仮に2時間の講演であれば、スライド枚数は120~130枚になることもあります。それを見続けるのは誰でも目が疲れてしまいますし、眠くもなりますよね。なるべくそう感じにさせないように見せるテクニックを出しやすいのがキーノートです。もちろんパワーポイントでも同じことはできますが、キーノートで10秒でできることが、パワーポイントでは10分かかってしまったりします」

同様に、伝えたい項目を極力絞り込むことも大切だといいます。たくさん伝えたいことがあるのであれば、多くの項目を並べることになってしまいますが、実際に伝わる内容はその「3割」にも満たず、むしろ伝えたいことを絞り込むことで大事なメッセージが伝わるのだとか。

「これは、人は3つまでのことなら覚えておける“マジックナンバー3”の法則です。3つまでなら聞こうという気になりますが、5つや7つになると相手に疲労感が出てしまいます。それでもどうしても7つ伝えなければいけないのであれば、今度は視覚的なデザインにこだわっていきます。一番いけないのは7つを全部列挙してしまうこと。これは相手に寝てくださいと言っているようなものです。たとえば、7つのタイルを作って文字数もそれに合うように短くし、話すたびにタイルをめくっていけばワクワク感を生み出せるんですよ。同じ内容でも聞きたいと思える資料にするには、相手の立場に立って考えられるかどうかが重要です」

右脳はひらめきや直感を司っていて、逆に右目から入ってくる情報はクロスして左脳の言語野で理解されます。そのため、プレゼン資料では左にグラフを置き、右側にメッセージを入れることで、脳の中で自動的に理解してくれます。

文字の先端が尖っていて緊張感を与える明朝体は「ネガティブ」なメッセージを伝えるのに適しているとのこと。さらに「赤色」というシグナルを組み合わせることで、相手の危機意識などを刺激し感情を動かします。

前田さんはキーノートの操作感がお気に入り。特にマジックムーブ機能を使うと、前のページで表示されていた文字が、次のスライドのタイトルとして移動させることができます。目線を自然に誘導できるので、見ている人が疲れにくくなります。

どうしても多くの項目を伝えなければならないときはデザインの力で解決します。たとえば、一気に羅列してしまいがちな項目も、パネル状にして短い文章でめくっていくようにすれば、見ている人も話に飽きずワクワクする気分になれます。

決裁者の性格を把握

ここまで語っていただいたのは、主に社外に向けたプレゼンの場合。社内向けの場合は、相手が上司などの決裁権者や経営者であったりするため、デザインとは別の力学が働くことに注意する必要があると前田さんはいいます。

「社内の場合は、デザインに細部までこだわりすぎると、上司から『そこまでやらなくてもいい』と言われることがあります。内容をしっかり担保したうえで、新しくてわかりにくい事柄を、素早くわかりやすく伝えるためのデザインに注力すべきですね。今はどの企業もデータドリブンで、数字がしっかりしていないと意思決定ができないケースが多いです。数字の桁を1つ間違えただけで大きなリスクですし、過去の統計が間違っていてミスリードを生んでしまうと予測と全然違う数字になってしまいます。ロジカルさを出すためにも数字を大切にすることがポイントです」

また、社内でプレゼンを行う際は、話し方の巧拙よりも、決裁者の性格をきちんとつかんでいるかが重要だと前田さんは強調します。

「たとえば、理論派の上司が株価を知りたいときにざっくりと『2000円です』と答えた瞬間、その人のことは性格上信用しません。そこで『2340円です』という受け答えができるかが重要です。同様に、資料の数字でも『30・4%』と書くか『約3割』と書くべきかは上司のタイプによって異なります。逆に、感覚派の上司は細かい数字よりも社交関係を重視するので、事前のネゴシエーションとか裏付けを重視します。いくらよいプレゼンだと言われても、他所から事前相談がないとクレームが来たらその瞬間に梯子を外されます(笑)。ほかにも放任主義か心配性かなど、上司の性格を織り込んでプレゼンや報告のスタイルを複数使い分けるようにするとよいですね」

プレゼンの相手が社内か社外か、社内であればどのようなプレゼンスタイルが有効かなどケースバイケースですが、いずれも共通しているのはプレゼンは相手がいてはじめて成立する行為。まずは「相手の立場に立って考える」ことが重要です。プレゼンのデザインは「コミュニケーションデザイン」であることを意識することが、伝わるプレゼンの第一歩であるのは間違いないでしょう。

左に写真を配置するのでも良いのですが、写真を全面に使ってメッセージを載せたほうが「美味しい」というインパクトが強く、リアリティを伝えやすくなります。また、不必要に周辺に枠を設けないようにしましょう。

広くターゲットに訴えるためには、画像をなるべく多く使ってホールドする「多画像効果」を利用しましょう。たとえば、台湾に行きたい理由は人によって異なります。1枚の画像(上)よりは、複数の画像(下)で多くの人をホールドして「自分ごと」にするのが大切です。

前田さんの本

「社内プレゼンの資料作成術」(右)

「社外プレゼンの資料作成術」(左)

 

[著] 前田鎌利

[版] ダイヤモンド社

[価] 各1728円

前田鎌利さん

大学卒業後、携帯電話販売会社へ就職し2000年に通信会社へ転職。2010年にソフトバンクアカデミアに第1期生として所属し、初年度首席の成績を修める。ソフトバンク子会社の社外 取締役や、ソフトバンク社内認定講師(プレゼンテーション)として活躍。2014年に独立し、起業。書家、プレゼンテーション講師として活動中。【URL】http://www.kamari-maeda.com