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記録破りの売上の裏にある確固とした企業成長戦略

生まれ変わったアドビ、その快進撃が止まらない

生まれ変わったアドビ、その快進撃が止まらない

大胆な路線変更

2013年にアドビが同社のビジネスモデルをソフトウェアのパッケージ販売から月額制で利用料金を徴収するサブスクリプション型(購読型)に移行すると発表したとき、多くのアナリストが長期にわたる停滞を予想した。ソフトウェア産業ではクラウドの利用が広がっていたものの、クリエイティブのプロ向けソフトの販売で頂点に立っていたアドビが、創業以来続けてきたソフトウェアビジネスを変革するのは容易なことではない。それはたとえるなら、トヨタ自動車がある日突然、自動車販売を止めてリースに完全移行すると宣言するようなものである。失うものがあまりにも大きく、それを埋めるのは容易ではないと見られていたのだ。

ところが、そうした予想に反して、アドビの大胆な路線変更はすぐに売上高、ユーザベースの伸びとなって現れ、同社は新たな成長フェーズへと突入した。ここ数四半期は決算発表のたびに記録を塗り替える快進撃を続けており、2016年度はさらに成長ペースが加速する見通しだ。

IT分野の大企業がビジネスモデルを根本的に変革させた例というと、インターネット時代の到来を見越して2000年代にIBMがハードウェアを切り捨ててソフトとサービスの企業へと転換を果たした。近年では、ソフト販売を基盤にしていたマイクロソフトがクラウドとサービスの企業へと移行を進めている。どちらも再生を果たしたが、転換に至る前に業績が低迷しており、移行期間と合わせて長い停滞を経験している。そうした時代の変わり目に苦闘した大企業に比べると、アドビは一時代を築いた大企業でありながら、次の時代を先取りするようにビジネスモデルを転換させて成功した希有なケースである。

アドビの売上高の推移

サブスクリプション型への完全移行を発表してから、わずかに落ち込んだものの、今ではサブスクリプションがかつてのパッケージの売上高を上回ろうとしている。

パッケージの売れ行きに異変

アドビはなぜ、失敗したときのリスクが大きい全面移行に踏み切ったのか。それは同社の売上高の推移から読み取れる。2009年度にサブスクリプション事業が加わり始めてから総売上高は着実に増加していた。そのままパッケージ販売とサブスクリプションの両方を提供しながら、時間をかけてサブスクリプションへのシフトを進めることもできたはずだ。しかし、アドビはそうしなかった。2008年以降、パッケージ販売の横ばいが続いていたからだ。その時期からスマートフォンが普及し始め、カメラ機能の急速な向上とともにかつてないほどに写真が撮られ、ビデオが撮影されるようになった。それにも関わらず、フォトショップの成長は止まっていた。そこにアドビは時代の変わり目の危機を感じ取っていたのだ。

時代の変わり目とは「デジタル・トランスフォーメーション」である。ITを使ってビジネスを変革させる時期を迎えて、パッケージ販売はユーザのニーズ、人々の生活や社会が変化するスピードに十分に応えられなくなっていた。パッケージ販売に頼ったまま、しばらく勢いを維持することはできただろう。だが、やがて社会全体が変わってしまう。そうなると古いビジネスモデルは、どんなに強大であったとしても衰退する。コダックはデジタル写真の時代を生き残れなかった。全米にDVDレンタルチェーンを展開していたブロックバスターは、映画・ドラマのオンライン配信サービス、ネットフリックスの登場によってあっという間に姿を消した。クラウドとモバイルの未来に移行し始めなければ、同じ運命をたどるかもしれない。もはや少しだけ踏み出し、足先を濡らして様子を確かめていられるような状況ではない。浮かばなければ、沈んでしまう。だから、アドビは2つの提供方法を併存させるのではなく、サブスクリプションに専念する未来を選んだ。

リスクよりも未来の成長

パッケージ販売されていた頃のアドビのツールはプロ向けソフトという色合いが強く、価格の高さも相まって導入のハードルが高かった。一方、サブスクリプション型の「クリエティブクラウド」(Creative Cloud:以下CC)ではユーザがソフトやアプリ、サービスを選択できる。コンプリートプランでも月額4980円、フォトショップとライトルームが使えるフォトグラフィプランなら月額980円。お試し感覚で使い始められるので、ビギナーやホビイスト、学生、中小企業などでも気軽に導入できる。サブスクリプションはユーザ層の拡大につながる。

その一方でユーザあたりの売上が減少するため、サブスクリプションへの移行期には売上が落ち込む。契約者の増加ペースが加速しなかったら、その期間は長くなる。それでもアドビは将来の成長に懸けた。そしてわずか3年半で500万人を超えるメンバーを獲得し、年間売上30億ドル超を達成した。決算発表時のコメントなどから推測すると、アドビにとっても予想を上回る成長ペースであったようだが、成功したのは単にサブスクリプションに移行しただけでなく、デジタル体験を通じて世界を変えるというビジョンをもってCCを提供し始めたからだろう。

クラウドの価値は、よく電力ネットワークにたとえられる。電気が一般家庭に普及していなかった頃、電気の価値を活用できたのは発電施設を持つ一部の企業に限られた。それが各家庭でもコンセントにプラグを差し込むだけで電気が使えるようになり、人々の生活は豊かになった。同様に、インターネットに接続するだけで簡単に最新のツールやデータにアクセスできるようになれば、より多くの人がクリエイティビティを発揮できるようになる。

実際、サブスクリプションになってもフォトショップそのものが持つ本質的な価値は大きく変化していない。変わったのはアドビ自身と同社のビジネスである。だが、それは絶滅しそうな恐竜から新たな環境に順応した生物に進化するようなインパクトである。

デジタル・トランスフォーメーションの時代は「デジタル・ディスラプション(破壊)」の時代でもある。破壊というと混乱を思い浮かべるかもしれないが、破壊的なイノーべーションという意味だ。人々の生活をより便利に変えるようにテクノロジーを活用することで社会の標準が変わり、人々に新たな価値がもたらされる。iPhoneは携帯電話市場に変革をもたらし、人々のコミュニケーションやモバイルを変えた。ウーバーはタクシー業界に激震を起こし、人々の移動の効率性を変えた。CCは人々が創造する力を開放し、デジタル体験を変えようとしている。

テクノロジーと創造力

アイデアを持っていれば誰もが世界を変えられる、というのがCCの理念である。アドビは、アイデアを形にするのに必要なツールを提供することで人々の発想を刺激し、アイデアを広めるのを手助けするコミュニケーションの実現から開始した。そしてツールをタッチインターフェイスに対応させてクリエイターにモバイルの可能性をもたらし、今CCはクリエイターのマネタイズのサポートに広がろうとしている。今後クリエイティブ市場では年間70万件近い就業機会が生み出され、企業が2700億ドル以上をコンテンツに支出するなど、大きな成長が見込まれている。2018年時点でCCが開拓可能な市場規模は170億ドル、「ドキュメントクラウド(Document Cloud)」や「マーケティングクラウド(Marketing Cloud)」も合わせると、その規模は最大480億ドルに達するとアドビは予測している。

昨年10月に米ロサンゼルスで開催された「アドビ・マックス(Adobe Max)2015」で、同社はCCで提供される新しいツールや革新的な新機能、それらで実現する新しいワークフローを発表した。1つ1つの機能は魅力的なものだったが、これらは2016年の最新ワークフローに過ぎない。アドビのツールやソリューションは常に進化し続ける。私たちがCCに惹かれるのは、同社がテクノロジーを以て、常に新しい表現を可能にし、社会を変える力をクリエイターに提供してくれるからだ。人々のクリエイティビティがテクノロジーの進化を促し、新しいテクノロジーが想像力を刺激する。それこそが、生まれ変わったアドビが追求するフローであり、アドビ・マックス2015の基調講演からは、そうしたアドビと世界中のクリエイターたちの新たな関係が読み取れる。

クリエイティブクラウドの柱

デスクトップソフト、モバイルアプリ、マーケットプレイス、そしてコミュニティを4つの柱とし、それらをクリエイティブシンクとアセッツによって連携させ結びつけるのがCCの基本構成である。

CC+αのビジネスの拡大

クリエイティビティ市場における成長戦略はコアであるCCに加えて、モバイルや写真など市場の拡大、そしてストックやクリエイティブサービスなど価値の拡大で推進する。

クリエイティブクラウドの変遷

2012年にデスクトップソフトのサブスクリプション型サービスとしてスタートしたCC。それからコミュニティ、モバイルへの拡大、クリエイティブシンク、アドビ・ストックなどを実現してきた。

*「Adobe2015-FA-Meeting-Slides-10-6-2015」

【URL】http://www/files/user/img/brand/macfan/article/2016/03s.adobe.com/content/dam/Adobe/en/investor-relations/PDFs/Adobe2015-FA-Meeting-Slides-10-6-2015.pdfより抜粋