学際的教育への移行を支援
2010年創業のスフィロ社は、まだ若い企業ながら今夏には4500万ドルに上る資金調達にも成功するなど、勢いのある成長を続けている。今回、来日した同社のロス・イングラム氏に話を聞いた。
同社のビジョンは「ロボティクスによって未来をシェイプする(形作る)」(ロス氏)ことにあり、製品開発もそれに基づいて行われている。
そんなスフィロ社のベストセラーはボール型ロボティックトイの「スフィロ」だ。スマートデバイスのアプリ次第で遊び方が変わったり、使い方を進化させられる仕組みを当初から備えている。また、早い段階からマクロベースのプログラミング環境や、サードパーティ向けのSDKが整備され、コンシューマとプロの双方に対してオープンなプラットフォームとして普及してきた。
二人の創業者もそうであったように、同社は子どもたちが機械やロボットに興味を持てるような環境作りに情熱を傾けている。折しもオバマ米大統領による教育重視の政策や、STEAM(今後の産業基盤となる科学・技術・工学・芸術・数学の頭文字から名づけられた学際的教育)への関心が高まる中、2014年4月に同社も「SPRK」という独自の教育プロジェクトを立ち上げた。
「それはちょうどナショナル・ロボティクス・ウィークの開催中で、スフィロを使って学べる5つのアクティビティを、先生方が共有できるように公開しました」。それからわずか1年の間に、SPRKは、世界各地の2000もの教室でカリキュラムに採り入れられるようになった。
その使われ方は、何らかの課題に対する答えをスフィロのプログラミングによって見つけ出すようなものが多いという。それは学科ごとの学習では対応できない、さまざまな科目にまたがる知識を学際的に融合してこそ解けるような学びの姿である。
Sphero SPRK Edition
【販売】Orbotix Inc.(Sphero)
【価格】1万6800円(税別)
【サイズ】直径74mm
【重量】168g
【URL】http://www.sphero.com/sphero-sprk
スフィロSPRKエディションは、メカニズム的にはすでに日本でも販売中のスフィロ2.0と同一だが、筐体が完全に透明化されて内部の構造や動きがよくわかる。また、パッケージ内には分度器などの学習サポートツールも含まれ、さまざまな好奇心を喚起できるように考えられている。日本では、10月初旬からアップルストア直営店にて販売開始予定だ。
ボールが持つ無限の可能性
スフィロが、教育と相性の良い理由としてロス氏は、次のように話す。
「シンプルなボール型は、子どもたちの想像力を掻き立てます。また、スマートフォンやタブレットと簡単に接続でき、利用に伴う煩雑さがありません。高度なメカニズムやセンサが内蔵されている割に安価なうえ、教育機関向け価格も用意されていますから、導入しやすいのです」
そんなスフィロの利点にはアップルも注目し、同社がアメリカで展開中のConnectEDプロジェクト(低所得者層の学校にテクノロジー機器を無償提供する)において、5年間に渡ってハードウェアとカリキュラムを供給する契約を結んでいる。
また、筆者がSNSなどで得た情報によれば、アップル製品を使って先端的な教育を行う教師たちの国際的な集まりであるADE(Apple Distunguished Educator)の合宿イベントでも、スフィロの情報交換を行う機会が設けられ、それが導入につながるケースも増えているようだ。
そこでスフィロ社は、より教育市場を意識したスフィロSPRKエディションというハードウェア製品と、スフィロSPRKアプリを開発。前者は、これまでのスフィロの外装が白色なのに対し、ハードウェア技術に興味のある子どもの好奇心を満たそうと内部メカニズムが見えるようにした透明バージョン。後者は、グラフィカルなコマンドブロックのドラッグ&ドロップによってプログラミングしながら、同じ処理をテキストベースのコードでも確認することが可能で、さまざまなユーザのスキルレベルに合わせて利用できる画期的なプログラミングツールだ。従来からあるMacroLabやorbBasicといったスフィロ向けプログラミングアプリより高機能にも関わらずユーザフレンドリーで、テクノロジーは苦手という親や教師でも簡単に使えるように工夫されている。
「私たちにとって教育は優先順位の高い分野です。日本の皆さんにもスフィロSPRKを試していただきたいですし、今後さらなる展開も計画中なので、ご期待ください」とロス氏が語るように、今、科学技術系教育は、プログラミングとロボティクスのシナジーによって大きな変革を迎えつつある。
スフィロ社のコミュニティ&マーケティングプログラムマネージャーのロス・イングラム氏は、同社の7番目の社員として黎明期から活躍。スフィロ製品を核とする地球規模のコミュニティ作りを行い、今回のSPRKプロジェクトの立ち上げと普及にも深く関わってきた。
STEAM(スティーム)教育の現場に浸透するスフィロ
ハードウェア製品のスフィロSPRKエディションは、アメリカで8月に発売されたばかりだが、それ以前からさまざまな教育機関は、市販のスフィロ2.0とスフィロ社が提供するSPRKカリキュラムなどを利用して、STEAM教育を進めていた。
たとえば、バンク・オブ・アメリカは社員が地域活動にボランティアとして参加することを奨励しているが、社員の1人であるウッディ・ウッドレイさんは、自分の息子がスフィロとMacroLabなどのアプリに夢中になるのを見て、SPRKカリキュラムを参考にした子ども向けの8週間コースを作り、そのコーチ役をボランティアとして努めている。
「具体的な見返りがない状態で何行ものコードを書くようなプログラミング講座では子どもたちは飽きてしまいますが、スフィロの場合には、すぐに目の前でボールが動くことがやりがいにつながっているのです」(ウッドレイさん)。
また、ウィスコンシン州ホルメンの小学校では、スフィロの導入でラーニングラボでの学習方法が完全に変わってしまったという。ここでもやはり導入のきっかけは、教師が自宅に持ち帰ったスフィロに、8歳の息子と71歳の父が共に夢中になる様子を見たことにあった。すぐに、自分が担当する生徒全員に同じ体験をさせようと思い立ち、今に至っている。
子どもたちは、基本を理解すると次々に新しい課題を自分たちで考え出し、それをスフィロとプログラムを使って実現することに熱中する。そして問題解決に必要な知識や考え方を自ら進んで知りたいと思うようになる。それこそが、受け身の勉強とはまったく異なる新しい学びの形なのだ。
誰もが直感的にプログラミングを学べるスフィロSPRKアプリ
スフィロには、単純な操縦から一人遊び、そして多人数用のパーティゲームまで、約40ものアプリがあり、SPRKエディションからも利用可能だ。
たとえば、幼稚園児や小学校低学年の生徒ならば、フリーハンドの図形を描くとそのとおりにスフィロが転がる「ドロー&ドライブ」という無料アプリを使って、「このボールに何らかの指示を与えれば自分の思いどおりに動く」という感覚が得られる。小学校高学年や中学校では、同じく無料のMacroLabアプリにより、マクロをグラフィカルに組み合わせてスフィロをコントロールできるようになる。そして高校生くらいになると、SDKを利用した本格的なプログラム開発まで行う生徒も現れるだろう。
それでも、子どもにも理解しやすいグラフィカルなプログラムと、上級者向けのテキストベースのコーディングの間には、大きな隔たりがあった。スフィロSPRKアプリは、このギャップをエレガントに埋めることを目的に開発された画期的なプログラミング環境で、マクロよりも細かく複雑な処理をスクラッチ(Scratch)ライクなブロックベースのビジュアルプログラム形式で行える。そして、作業の途中でいつでもそれをOval Code(Cライクなスフィロ制御言語)に変換して確認できるのだ。
これによりユーザは、それぞれの好みやレベルに応じて両方を見比べながら、徐々に高度なプログラム技術を身につけられるようになる。つまり1つのプログラミング環境で、小学校から大学レベルまで、幅広い習熟度の学習者をサポート可能なのである。
ちなみに、スフィロSPRKアプリは一方的にスフィロに指示を与えるだけでなく、内蔵センサの値(向き、速度、加速度)を取得して、それに基づく処理も行える。まさに、スフィロのロボットとしてのポテンシャルを解き放つことのできるプログラミング環境といえるだろう。
プログラムの一例
(1)0度の方向、172のスピード、カラーは緑に設定。250ミリ秒間、一時停止
(2)カラーを赤に変更
(3)4000ミリ秒間、360度スピン
(4)停止
(5)青く光る
アプリの機能には、スフィロSPRKエディションのインタラクティブな分解図も含まれ、ソフトウェアのみならず、ハードウェア的な興味にも応えられるように構成されている。このコンパクトなパッケージングの中に、ロボット工学のエッセンスが詰まっているのだ。
【NewsEye】
スフィロ社は、12月18日公開の「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」に登場する新ドロイド、BB-8のトイバージョンの開発と販売も手がけている。映画さながらの動きを見せるミニサイズのBB-8は、9月4日の関連マーチャンダイズ解禁日にも熱い視線を集めた。
【NewsEye】
スフィロSPRKを含むスフィロ製品対応のグラフィカルなプログラミング環境としては、非純正のティクル(Tickle)というアプリもある。ティクルとは「くすぐる」の意味で、ルック&フィールの似るスクラッチが「引っ掻く」を意味することにヒントを得て名づけられたようだ。