※本記事は『Mac Fan』2021年8月号に掲載されたものです。
–読む前に覚えておきたい用語–

探索機能を持たないAirTagの不思議
Apple純正の紛失防止タグ「AirTag」は、近くにあるAppleデバイスに見つけてもらうこと、そのたった1つの目的に特化したデバイスだ。そしてAirTag自体は、GNSS(衛星測位システム)受信機能などの自身の位置情報を取得する機能も、その情報をインターネット上に発信するための通信機能も持たない。
AirTagの位置特定にはこれを発見したiPhoneやiPadなどのデバイスの位置情報が使用され、これをインターネットに発信する機能も、発見したデバイスが担う仕組みになっている。
AirTagを探すデバイスは、AirTagの所有者のデバイス(同じApple Accountを有するデバイス)のみでなく、第三者のデバイス(AirTagを「探す」機能を有するものすべて)が対象になる。Bluetoothが届かない遠方に存在するAirTagを探す際には、まずAirTagを「紛失モード」に設定する。
紛失モードに設定されたAirTagは、Bluetoothの届く距離で偶然AirTagを見つけた第三者のデバイスの位置情報と通信機能を用いることで、世界中のどこにあっても所有者にその位置情報を知らせることができる。
このとき、AirTagで使用されるのはBLE(Bluetooth Low Energy)を使ったiBeaconだ。そのiBeaconを受け取ったデバイスがAirTagの所有者のiCloudにその位置情報を送信し、所有者はそれを自分のデバイスの「探す」アプリで見つけることできる。
なお、Appleによれば通信内容はすべて暗号化され、AirTagの所有者、AirTagを見つけたデバイスの所有者のいずれもプライバシーは守られるとしている。
距離と方向を計測するAirTagの「IR-UWB」
UWB(Ultra Wide Band)は非常に広い周波数帯かつ極めて低出力の信号を用いることで、高速な通信を実現できる近距離無線通信技術だ。2000年代はじめに当時のWiFiやBluetoothを大きく凌ぐ高速無線通信技術として期待を集め、一部はWireless HDMIやWireless USBなどの製品としてリリースされた。

しかし、その性能や通信品質が市場の期待を満足させるレベルに達していなかったなどの理由から、いつしかその姿を消した。一方で、2010年頃から主に産業市場向けに発展を遂げてきたのが、ナノ秒オーダーのごく短時間のインパルス信号を用いる「IRUWB(インパルスラジオUWB)」技術だ。
AirTagにはこのIRUWB技術が採用されており、AirTagを発見したiPhoneからAirTagまでの距離と方向を特定するのに用いられている。これはリアルタイム測位システム「RTLS(Real Time Location System)」と呼ばれ、IRUWBの大きな特徴の一つだ。もちろんこの機能を利用するためには、相手もUWB通信機能を持っていることが必要で、現時点ではiPhone 11シリーズ以降のモデルに限定される。
IRUWBを使って相手との距離を測定するには、インパルスの伝搬時間を測定すればよい。これには機器間の時刻同期を前提とした「TOA(Time of Arrival)方式」と、「TWR(Two Way Ranging)方式」と呼ばれる双方向測距方式があるが、AirTagとiPhoneの組み合わせでは、お互いに時刻同期を必要としないTWR方式が用いられていると推測される。電波は光と同じ速度で空気中を進むことから、伝搬時間と光速を掛け算することで、お互いの距離を算出することができる。

一方、AirTagの方向を測定するためには、AirTagから発信されたインパルスを複数のアンテナで受信し、各パルスの到達時間の違いを元に、各アンテナから相手までの距離の違いを算出することで方位が求められる。
iPhoneの分解の結果、同モデルの金属製背面シールドにはワイヤレス受電コイル用の丸く大きな切り欠きのほかに、2つの長方形の開口部が確認されており、ここに3基のUWBアンテナエレメントが収納されていることが確認された。この3基のUWBアンテナへのインパルス到達時間の違いから、AirTagの方向を算出しているものと推測される。

画像:iFixit
IRUWBを用いて測位を行うには、高い周波数で極めて短いインパルスを送信・受信できる無線通信技術と、それを用いて高精度で距離や方位を計算するための高性能なプロセッサが必要だ。Appleがこの目的のために開発したのが「Apple U1」チップで、これによりiPhoneに搭載された3基のUWBアンテナを駆使してAirTagの位置を高精度に測定することが可能となっている。

画像:iFixit
一方、AirTagにもApple U1チップが搭載されているが、搭載されているUWBアンテナは1基のみだ。つまりAirTagがインパルス発信源となり、iPhoneがそのインパルスを複数のUWBアンテナで受信することでAirTagまでの距離と方向を割り出す仕組みになっている。
AirTagの驚きのスピーカシステム
自宅などのBluetooth圏内でAirTagを付けた鍵や財布といったものを紛失した際、「探す」アプリの[持ち物を探す]タブから[サウンドを再生]をタップすることで、AirTagの内蔵スピーカから音を鳴らして探し出すことができる。
AirTagのスピーカシステムは特殊な構造になっており、一般的なスマートトラッカーに内蔵されている単体のスピーカユニット(圧電スピーカが多い)が存在しない。AirTagはドーナツ状のロジックボードにボイスコイル、バッテリケース裏にマグネットを含む磁気回路が搭載されている。

画像:iFixit
つまり、AirTagはそれ自体がスピーカユニットであり、ケース全体が振動板になっている。ではなぜ一般的なスピーカユニットを採用せず、本体をスピーカとしたのか。
AirTagはIEC60529に準拠するIP等級に適合した防塵・耐水性能を実現するため、内蔵したスピーカユニットの音を外に出すための穴は開けたくない。そこで本体自体をスピーカとすることで、穴を開けずに大音量を出せるようにしたのだと考えられる。AirTag自体が振動板となることで、コイン電池の限られた電力で充分な音量と音質を実現した画期的なアイデアだと言えるだろう。
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