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Appleシリコンを支える高性能メモリ「LPDDR5 SDRAM」の可能性を探る

著者: 今井隆

Appleシリコンを支える高性能メモリ「LPDDR5 SDRAM」の可能性を探る

画像:iFixit

※本記事は『Mac Fan』2022年2月号に掲載されたものです。

読む前に覚えておきたい用語

低消費電力を実現した最新の高性能メモリ

2021年10月に発表されたMacBook Proに搭載された「M1 Pro」および「M1 Max」は、Mac専用に設計された圧倒的な性能を持つAppleシリコンだ。そしてその高性能を支えているのが、新規設計のメモリシステムとそこに組み込まれた高性能メモリ「LPDDR5 SDRAM」である。

サムスン電子は2020年8月に第3世代10nm(1z)プロセスで製造されたLPDDR5 SDRAMの量産開始を発表した。このLPDDR5 SDRAMは1ピンあたり6400Mbpsの速度を誇り、1zプロセスの採用によりチップが約30%薄くなったとする。
画像:Samsung


LPDDR5 SDRAMの正式名称は「Low Power Double Data Rate 5 Synchronous Dynamic Random Access Memory」で、「低消費電力」かつ「第5世代DDR」の「SDRAM」という意味だ。SDRAMはメモリセルのデータ読み書きをメモリクロックに同期して行うDRAM(ダイナミックメモリ)のことで、登場当時はメモリセルへのアクセスクロックと入出力クロックは同一だった。その後のCPUやGPUの高性能化に伴ってメモリ速度も向上が求められたが、メモリセル自体のアクセス速度向上は技術的に難しかった。


そこで考えられたのがメモリセルを2つのバンクに分け、同時にアクセスすることで2倍の速度を得る方法だ。ただし、そのままではメモリバス幅も2倍になりメモリのピン数が増えてしまうため、メモリバスを従来の2倍の速度で動作させることで同じバス幅で2倍のアクセス速度が得られるようにした。これがDDR(Double Data Rate)SDRAMの仕組みで、その後もDDR2、DDR3、DDR4、DDR5と速度向上を続けている。


一方、LPDDR5 SDRAMは「DDR5 SDRAM」の低消費電力版で、動作電圧を下げる、リフレッシュ間隔の自動調整、ディープパワーダウンモードの追加などを行うことで、スマートフォンやタブレットなどでのバッテリ消費を抑えるよう設計されている。また、SDRAM自体も世代を追うごとに動作電圧を下げており、両者の組み合わせで省電力ながら高速アクセスが可能なメモリとなっている。


従来は標準版のDDR SDRAMがリリースされたあとに、遅れて低消費電力版のLPDDR SDRAMがリリースされるのが一般的だったが、最近はメモリの市場ニーズがスマートフォンなどのモバイルデバイスにシフトが進んでいることから、DDR5とLPDDR5はほぼ同時に開発が進められている。この傾向は加速されつつあり、今後はLPDDR SDRAMがDDR SDRAMより先行して市場に投入される可能性も充分考えられる。

直近15年あまりのDDR SDRAMのスペックとその進化。世代を重ねるごとに転送速度が2倍になり、動作電圧が引き下げられることで消費電力が下がっている。LPDDR SDRAMはこのDDR SDRAMをさらに低電圧動作させることで消費電力を抑える。

さらなる高速化を目指したM1 Pro/M1 Max

MacBook Proに搭載されたM1 Pro/M1 Maxは最新のLPDDR5SDRAMを搭載するが、このメモリは「M1」チップに採用された「LPDDR4X SDRAM」と比べて50%速い。M1ではLPDDR4X SDRAMを128ビット幅(64ビット×2個)で接続しており、メモリ帯域幅(アクセス速度)は68.2MB/秒だった。

M1 Pro(写真左)ではプロセッサダイの左右に2個、M1 Max(写真右)は左右に2個ずつ計4個の積層「LPDDR5 SDRAM」を搭載する。各SDRAMとプロセッサダイのメモリバス幅は128ビットで、M1 Proは計256ビット、M1 Maxは計512ビットで接続される。


これに対して、M1 ProではLPDDR5 SDRAMを256ビット幅(128ビット×2個)で接続しており、その転送速度は204.8MB/秒と、実にM1の3倍に達している。M1 MaxはさらにLPDDR5 SDRAMを512ビット幅(128ビット×4個)で接続しており、その転送速度はM1の6倍の409.6MB/秒にも達する。


Appleシリコンはシステムの中核にメモリを置く「ユニファイドメモリアーキティクチャ」を採用している点が大きな特徴となっている。従来のIntelプロセッサ搭載MacではCPUの管理下に置かれていたメインメモリをAppleシリコンが解放し、CPUコア(高性能コアおよび省電力コア)、GPUコア、Neural Engine、イメージプロセッサ、ビデオエンジンなどの処理ユニットから自在にアクセスできる「共有(ユニファイド)メモリ」とした。


これによって、従来のシステムでは必須だった各処理ユニットのローカルメモリ間のデータ転送を不要とし、処理を高速化できると同時にシステム全体の消費電力の低減も実現している。

共有メモリは数多くの処理ユニットから同時にアクセスされることから、従来のメインメモリ以上に広帯域(高速)なアクセス速度が要求される。つまり、M1をベースにM1 Pro/M1 Maxといったより強力なプロセッサを開発するうえで、メモリシステムの大幅強化が欠かせなかった理由がここにある。最新のAppleシリコンは現時点で最高速のメモリチップを従来の2倍および4倍のバス幅で接続することで、共有メモリへのアクセス性能を大幅強化したわけだ。

今後も続くメモリの進化「LPDDR5X」も登場

2021年時点で最高性能となるLPDDR5 SDRAMだが、すでに次の時代を担うメモリの開発も進められている。「LPDDR5X SDRAM」は2021年7月にJEDEC(半導体技術協会)によって定められた最新のメモリ規格で、韓国のサムスン電子は2021年11月9日、LPDDR5 SDRAM比で1.3倍のデータ転送速度を実現する「LPDDR5X SDRAM」を発表した。

サムスン電子は2021年11月に14nmプロセスで製造された「LPDDR5X SDRAM」の開発を発表。LPDDR5XSDRAMは1ピンあたり8533Mbpsの速度を誇り、消費電力は現在のLPDDR5 SDRAMよりも約20%少ないという。
画像:Samsung


台湾の半導体メーカー・MediaTekは2021年11月、最新のスマートフォン向けSoC(システム・オン・チップ)「Dimensity 9000」において、LPDDR5X SDRAMをサポートすることを発表。Dimensity 9000は台湾・TSMCの4nmプロセスで製造され、今後発表されるであろう多くのハイエンドスマートフォンに採用されると考えられている。来年秋に発表されるであろうiPhone向けのAppleシリコンにも、このLPDDR5Xが採用される可能性が高い。


JEDECのロードマップには、その先の「LPDDR6 SDRAM」も予定されている。すでにメモリメーカー各社では開発が進められていると推測され、次世代のMac向けAppleシリコンにはLPDDR5X SDRAM、またはLPDDR6 SDRAMが採用される可能性も充分考えられる。至高の性能を追求するAppleシリコンと、そのアーキテクチャを支える最新の高性能メモリの密接な関係は、今後も変わりなく進化を続けていくだろう。

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著者プロフィール

今井隆

今井隆

IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。

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