※本記事は『Mac Fan』2022年1月号に掲載されたものです。
–読む前に覚えておきたい用語–
「ハイブリッド・コアアーキテクチャ」とは?
Intelは2021年11月4日、第12世代コアプロセッサ「Alder Lake」をリリースした。同時にデスクトップPC向けの6モデルが発売され、その最上位モデルである「コアi9 12900K」が同年10月に発表されたM1 Pro/M1 Maxを上回るCPUベンチマークを叩き出したとして話題になっている。
Alder Lakeの最大の特徴は、同社のメインストリーム向けプロセッサとしてはじめてのヘテロジニアスマルチコア(異種混合コア)を採用している点だ。従来のIntelコアプロセッサは、同性能のCPUコアを複数搭載するマルチコアプロセッサだったが、Alder LakeではPコア(高性能コア)「Golden Cove」とEコア(高効率コア)「Gracemont」を複数組み合わせる「ハイブリッド・コア」アーキテクチャを採用している。
Intelが異種混合コアを採用したのはAlder Lakeがはじめてではなく、2020年6月にリリースされた「Lakefield」でPコア「Sunny Cove」1基とEコア「Tremont」4基を組み合わせている。しかし、このときリリースされたプロセッサは2モデルのみで、一部のモバイルPCに採用されるに留まったまま、今年7月にひっそりと生産が終了された。
異種混合コアは、2011年10月にARMホールディングスによって「big.LITTLE」アーキテクチャとして発表され、現在のスマートフォン向けARMコアSoC(システム・オン・チップ)では標準的なテクノロジーとなっている。性能は控えめだがエネルギー効率に優れた「高効率コア」と、エネルギー効率より性能を優先する「高性能コア」を組み合わせ、負荷状況に応じて両者を切り替えることで、高性能と省電力を両立するシステムだ。
Appleも2016年9月にリリースしたiPhone 7に搭載された「A10 Fusion」でこの技術を採用し、高性能コア「Hurricane」2基と高効率コア「Zephyr」2基を組み合わせた。「A11 Bionic」ではこれをさらに進化させ、負荷状況に応じて任意のコアを個別に動作させることができるようになった。もちろん、Mac向けAppleシリコン「M」シリーズも同様だ。
コアタスクを管理するThread Director
「ハイブリッド・コア」アーキテクチャを新たに採用したAlder Lakeにとって、その威力を発揮できるか否かは、性能の異なる複数のCPUコアをいかに有効活用できるかで決まる。そこでIntelはAlder Lakeに「Thread Director」と呼ばれるコアスレッド管理機能を実装した。そして2021年10月にリリースされたMicrosoftの「Windows 11」では、このThread Directorのサポートが追加されている。あとは実際のアプリがどこまで各コアを有効活用できるかにかかっている。
このような仕組みはAppleシリコンではすでに導入されている。Mシリーズでは「パフォーマンスコントローラ」と呼ばれており、各プロセッサコアに与えるタスクを最適化する。Appleシリコンの場合、ハードウェアとOSはいずれもApple製であり、サポートを追加するまでもなく両者の相性は抜群だ。さらに並列実行タスクを効率的に処理するためのフレームワーク「GCD=Grand Central Dispatch」など、マルチコア環境でのアプリ開発を支援する仕組みも用意されており、その実績や開発環境はより進んだレベルにあると言えるだろう。
Alder Lakeの場合、Thread Directorの役割はAppleシリコンより複雑だ。なぜならAlder LakeのPコアである「Golden Cove」はHT=Hyper Threadingをサポートするためだ。HTは1つのコアで2つのスレッドを同時に実行できる仕組みで、 Intel Macのユーザならご存じのとおり、ソフトウェアからはあたかも2つのコア(論理コア)が存在しているように見える。
しかし物理的にコアが2つあるわけではなく、単一コア中の使われていない演算処理ユニットなどのリソースを有効活用する仕組みのため、2つの論理コアが対等な処理能力を持つわけではない。つまりAlder LakeのThread Directorは、Pコアの2つの(性能の異なる)論理コアとEコアを統合的に管理しなければならない。Windows 11がこの複雑な仕組みをいかにうまくハンドリングできるかで、Alder Lakeのパフォーマンスが大きく左右されることになる。
Appleシリコンの脅威となるかは未知数
Alder Lakeではこれ以外にも、第6世代コアプロセッサ「SkyLake」以来となるCPUコア(Pコア)の大幅更新を実施し、命令デコーダや実行ポートの増強、キャッシュメモリの強化などにより、第11世代コアプロセッサ「Rocket Lake」に比べてIPC(クロックあたりの処理性能)が19%向上しているという。これはM1シリーズの高性能コアに匹敵する水準だ。
しかし現状において、Alder LakeがM1シリーズの強敵となるかどうかは微妙なところだ。現時点でリリースされているのはデスクトップPC向けのモデルのみで、モバイルPC向けのモデルではCPUコアの削減とGPUコア(Xe)の強化が行われる見込みだからだ。特にiGPU(統合グラフィックス)に関しては、Alder Lakeが統合する「Xe」は、その性能においてM1シリーズには遠く及ばない。また、プロセッサ全体のエネルギー効率はいまだ大きく開いたままだ。
それでもなお、Intelにはより強力なプロセッサをスケーラブルに展開できる高い開発力がある。最大56基のPコアを備える「Sapphire Rapids」の例を挙げるまでもなく、Intelには市場ニーズに合わせてさまざまなプロセッサを派生できるだけの底力がある。今後iMacやMac Pro向けのAppleシリコンが無敵の強さを誇れるかは、まだわからない。ゲーミングPC市場を席巻するAMDの「Ryzen」シリーズ、Alder Lakeで首位奪還を図るIntel、そしてMac専用に生まれ変わったAppleシリコン「M1」シリーズの三つ巴の闘いは、まだ始まったばかりだ。