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iPhone 高速充電の鍵を握る「PPS対応USB PD」の採用

著者: 今井隆

iPhone 高速充電の鍵を握る「PPS対応USB PD」の採用

※本記事は『Mac Fan』2023年6月号に掲載されたものです。

– 読む前に覚えておきたい用語-

パワールールPDOPPS
USB PD 3.0で定められたUSB PDの給電仕様で、出力可能な電圧を定義したもの。5V、9V、15V、20Vの4つの電圧レンジが定義されており、パワールールではPDP(Power Delivery Power)に応じた供給電圧および供給電流を定義している。USB PDで給電機器(ソース)が対応するパワールールを受電機器(シンク)に伝える仕組み。各PDPに対して対応の可否と、対応している場合の供給可能電流を伝える。受電機器はこのPDOをベースに、自分が求めるパワールールを給電機器に要求する。USB PD 3.0 Version1.1で追加された拡張機能(オプション)。従来のUSB PDが数段階の電圧を要求できる仕様だったのに対し、電圧を0.2V刻み、電流を50mA刻みで細かく要求できるのが大きな特徴で、特にバッテリ充電時にその威力を発揮する。

iPhoneもUSB-C搭載へ

AppleデバイスにUSB-Cが採用されたのは、2015年3月に発表された12インチMacBookが最初で、2016年以降にリリースされたMacBookシリーズに順次展開された。また2018年10月にはiPad ProがLightningポートをUSB-Cに更新、その後ほとんどのiPadに展開された。現在でもLightningポートを採用しているのは、iPhoneシリーズとiPad(第9世代)、一部の周辺機器に限定されている。

2022年10月には、EUの欧州議会で審議されていた「RED(Radio Equipment Directive)」の改定案が可決された。REDの目的は、各製品が専用のACアダプタ(充電器を含む)を使用することによる消費者の不便さや、デバイスの買い換えにともなう廃棄物(環境負荷)を減らすこと。ACアダプタを共通化することで消費者の利便性を高め、複数のデバイスで共用できるようにするのがその狙いだ。このためREDでは、デバイス本体にACアダプタを一律に付属することも禁止している。すでにUSB-CのACアダプタを所有しているユーザであれば、付属していない製品を選択しても困らないはずだ。

この改訂によりEU圏内で販売されるすべてのスマートフォンやタブレット、カメラデバイスは、その充電ポートとして2024年末までにUSB-Cを採用することが義務づけられた。つまり2023年秋に登場するiPhoneは、次のモデルが出る2024年秋以降もEUで販売し続けるにはUSB-Cに切り替える以外に選択肢がない。このためiPhoneの次のモデルでは、そのインターフェイスがLightningからUSB-Cへと変更されると予想されている。

多くのユーザにとっても、iPhoneがUSB-Cに変更されることのメリットは大きい。MacBookやiPadと共通のACアダプタやモバイルバッテリでiPhoneを充電できるようになり、容量の大きいACアダプタを使えばより高速な充電が可能になると考えられる。接続ケーブルもUSB-C to USB-Cケーブル1本ですべてカバーできるようになることから、今までのようにiPhoneの充電のためだけにLightningケーブルを持ち歩く必要がなくなるわけだ。さらにMacやiPad用に開発された周辺機器がダイレクトに接続できるようになり、USB 3への対応によってMacとの同期や周辺機器へのアクセスが高速化されるなど、機能や利便性が大きく向上することが期待される。

「PPS」による効率的な充電とデバイスの発熱抑制

近年のITデバイスでは、USB PDの普及によって汎用のACアダプタを多くのデバイスで共有できるようになった。しかしUSB PD規格のパワールールはいくつかの固定電圧の中から選ぶ方式のため、必ずしもデバイスにもっとも最適な電圧や電流が提供されるとは限らない。たとえばiPhoneなどのスマートフォンに充電を行う場合、内蔵されたリチウムイオンバッテリへの充電は定電流定電圧(CCCV:Constant Current,Constant Voltage)方式が採用されている。

iPhoneなどのリチウムイオンバッテリの充電では、急速充電領域では定電流(Constant Current)充電、一定電圧に達したら定電圧(Constant Voltage)充電に切り替わる。このような複雑な電源制御は、従来のUSB PDでは難しかった。

この方式では充電初期は一定の電流値(定電流)で充電を行い、一定の電圧に達したら一定電圧(定電圧)での充電に切り換える。急速充電が可能な領域では定電流充電を行い、さらに定電圧充電でフル充電へと持っていく方式だ。このような充電制御を行うためには電圧や電流を自在に制御できる電源が求められることから、バッテリを搭載した製品には必ず充電用電源(出力可変型DC/DCコンバータ)が搭載されている。

問題はこの充電用電源には変換ロスがあり、そのロスは充電速度を上げる(多くの電力を変換する)ほど大きくなることだ。変換ロスは熱に変わるため、密閉されたスマートフォンではバッテリ温度が上昇し高速充電の妨げになる。しかし、もしACアダプタにこの充電用電源機能を持たせて任意の電圧や電流を出力することができれば、この変換ロスをなくすことができる。その機能をUSB PDに持たせたのが、USB PD 3.0 Ver.1.1で規定されたPPS(Programmable Power Supply)オプションである。

PPS対応のデバイスとACアダプタの間では、きめ細かい電圧値または電流値を要求できるため、ACアダプタから供給される電力で直接バッテリを充電できる。充電電源回路のロスがなくなることでデバイスの発熱を抑え、より高速な充電が可能になる。

PPSでは出力可能な電圧および電流範囲のPDO(Power Data Object)が給電側(ACアダプタ)から提供され、受電側のデバイスはその範囲から最適な電圧や電流を要求できる。従来のUSB PDと大きく異なるのは、その電圧を0.2V刻み、電流を50mA刻みで細かく要求できることと、給電中もリアルタイムで要求を細かく変更できることだ。これによってデバイスはACアダプタから最適な電力を受けて直接バッテリを充電でき、デバイス内部の充電用電源による発熱から解放される。USB PDではこれを「ダイレクトチャージ」と呼ぶ。

iPhoneの「PPS」対応に期待

PPS方式を採用したスマートフォンはすでに各社からリリースされている。たとえばSamsungのスマートフォン「Galaxy S23」は最大25Wの急速充電に対応しているほか、同社のGalaxy S23+や同S23 Ultraでは最大45Wの超急速充電も可能となっている。Samsungではこれらを「Super Fast Charging」と呼んでいるが、その仕組みにはPPSが利用されている。Galaxy S23(3900mAh)は25W供給時に30分で容量の50%、S23+(4700mAh)とS23 Ultra(5000mAh)は45W供給時に30分で容量の65%を充電できるという。

AnkerのUSB PD対応ACアダプタ「Anker 711 Charger (旧Nano II 30W)」は、PPSに対応する。GaN(窒化ガリウム)トランジスタを採用した高効率設計により、コンパクトサイズながら最大30W(PPSでは最大33W)出力を実現している。
画像:Anker
AVHzYのトリガーデバイス「CT-3」でAnker 711 ChargerのPDOを確認した。USB PD 3.0に対応し、固定電圧(Fix)では5V、9V、15V、20Vに対応する一方で、PPSでは3.3〜11.0V(最大3A)または3,3〜16.0V(最大2A)に対応することがわかる。

スーパーファーストチャージングではPPSを利用することで、スマートフォン本体の発熱を低く抑えながら、より高速な充電が実現されている。PPS機能に対応したスマートフォンは他にも、OnePlusのOnePlus 9シリーズおよびOnePlus 10シリーズ、GoogleのPixel 6シリーズおよびPixel 7シリーズなどがある。

今後iPhoneにUSB-CポートとともにPPS対応のUSB PDが採用されれば、発熱にともなうバッテリへの負担を抑えつつ、さらなる高速充電が可能になるものと考えられる。次世代iPhoneがLightningからUSB-Cポートに切り替えるのであれば、それはPPSに対応する絶好のタイミングであり、高速充電と高効率、そしてバッテリ寿命の両立を実現できるメリットは大きいと考えるがいかがだろうか。

著者プロフィール

今井隆

今井隆

IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。

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