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Appleが“生まれた”ガレージの今。Apple Parkビジターセンターにみるジョブズの美学

著者: 大谷和利

Appleが“生まれた”ガレージの今。Apple Parkビジターセンターにみるジョブズの美学

※この記事は『Mac Fan』2018年10月号に掲載されたものです。

今も静かに佇む、“Appleがはじまった”ガレージ

7月にシリコンバレーを訪れる機会があり、その際にジョブズの養父母の家のガレージとApple Parkのビジターセンターに立ち寄った。本記事では、この2つの記念碑的な建物を軸に、時の流れを振り返ってみたい。

ジョブズのガレージはカリフォルニア州ロスアルトスのクリスドライブ2066番地にあり、現在の所有者はジョブズ・トラストという信託団体だ。

昔の写真と比較すると、今は番地を示すプレートが取り付けられているガレージドアの上部中央のスペースには照明があり、屋根の上に大きなテレビアンテナが設置されていたようだ。おそらく、ケーブルテレビやブロードバンドインターネットの発達により、不要になったアンテナが取り払われたのだろう。外装は、当然、塗り直されているはずだが、総じてジョブズが養父母と暮らしていたときの雰囲気が、よく保たれているように思える。

Apple Iの開発や組み立ては、このガレージで行われたと信じられてきたが、同期の設計者でAppleをジョブズと共同設立したエンジニアのスティーブ・ウォズニアックによれば、それは単なる伝説に過ぎないそうだ。

ジョブズは、ほとんどの仕事を客人用の寝室でこなし、Apple Iの開発は、ウォズニアックの勤務先だったヒューレット・パッカードのキュービクルや自宅アパートで行われた。完成したApple Iをガレージに運んで最終チェックなどを行うことはあったものの、いうなれば販売店のバイトショップに納品するまでの倉庫代わりだったのである。

ビジターセンターに集約されたジョブズ美学

そこからApple Parkのビジターセンターまでは、6マイル弱。クルマで約9分の近さにある。元はヒューレット・パッカードの敷地だった場所なので、創業者の1人、ビル・ヒューレットから直々に与えられた夏のインターンの仕事をこなすため、若きジョブズもこの付近の道を足繁く通ったに違いない。

ジョブズのガレージが世間の認識とは異なる目的の場所であったように、このビジターセンターも、それらしいのは備え付けのiPadの特製ARアプリを介して構造や仕組みを見ることのできるApple Park全体の模型くらいのもので、実質的にはカフェが併設された特別なApple Storeといえる。また、建物の構造の一部をなす石材と一体の、削り出しによる手すりを持つ階段を上るとオープンスペースのテラスがあるが、ドーナツ型のメインビルディングは、木々の隙間から一部が見える程度だ。

ただ、この施設にそれ以上の機能を持たせても、人々の滞留時間が長くなって混雑しすぎることは目に見えており、あえてシンプルに抑えているようにも感じられた。 

製品においてはクローズドなアーキテクチャとエンクロージャ(筐体)にこだわったジョブズが、ことApple storeなどの建築に関してはガラスを多用した開放的なスペースを目指したことは興味深く、彼の最後の承認プロジェクトに含まれていたと考えられるビジターセンターは、後者における究極の到達点であろう。

建築物として高く評価されるビジターセンターは、しかし、そこに近づくほど姿を消し、内部の製品だけが浮かび上がる。その意味で、ジョブズの究極の愛が製品そのものに注がれていたことは、ガレージ時代から現在に至るまで、40年を経ても変わりないことを思い知らされるのだ。

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著者プロフィール

大谷和利

大谷和利

1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。

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