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iPhoneはなぜQRコードに対応したの?

著者: 牧野武文

iPhoneはなぜQRコードに対応したの?

iOS 11になって、標準のカメラアプリがQRコードの自動読み取りに対応した。「なぜ、今頃QRコード対応?」と不思議な気持ちになった読者もいるのではないだろうか。しかし、世界ではQRコードが再びブレイクしている最中なのだ。アップルを始め、世界がなぜ今QRコードに注目するのか? これが今回の疑問だ。

どの店でも使える現金並みの利便性

QRコードが再ブレイクしたのは、中国でこの5年で急成長したQRコード方式のスマートフォン決済によるものが大きい。すでに年間の決済利用額は247兆円、日本のクレジットカードを含む電子決済額が5.6兆円なので、約44倍の規模に成長している。実際、中国に行くと、現金を使っているのは地方や海外から来た旅行者くらいで、市民はほとんどの決済をスマホで済ませている。

スマホ決済は、アリババが採用したQRコード方式の「アリペイ」と、テンセントの「ウィーチャット(WeChat)」ペイが普及していて、NFC方式の「アップルペイ(ApplePay)」は、この2強の牙城を切り崩そうとしているが、現在のところ、焼け石に水状態になっている。

なぜQRコード決済が中国では急激に普及をしたのか。それは、中国人が「スタバ以外、すべての店で利用できる」と言うように、ほぼすべての店で利用できる環境を構築することに成功したからだ。

電子決済普及の最大の障害は「この店で使えるかどうかを事前に確認しなければならない」というユーザ体験の悪さだ。日本のアップルペイもこの壁をまだ乗り越えることができずにいる。「お店にロゴシールが貼ってあるからすぐにわかるじゃないか」と言う人もいるだろうが、決済方式でお店を選ぶ人はいない。自分が立ち寄る店で使えたり使えなかったりすれば、面倒になって別の決済方式を選んでしまうものだ。

この点、今の日本でもっとも利便性の高い決済ツールは現金なのだ。現金であれば、「使える、使えない」を考えることなく利用できる。つまり、電子決済を普及させようと思ったら、現金に近い利便性の実現が必要で、アリペイとウィーチャットペイは、それに成功したことにほかならない。

簡単に加盟店になれるQRコードスマホ決済

では、なぜQRコードスマホ決済は現金並みの普及が実現できたのか。それは、クレジットカードの課題がことごとく解決されているからだ。

カード加盟店になるには、2つのハードルが立ちふさがる。1つは審査を受ける必要があること。2つ目は店舗内のネットワークのセキュリティ基準をクリアする必要があり、セキュリティ対応した決済専用端末などの高価な機器を導入しなければならないことだ。

このような高いハードルが必要な理由は、クレジットカードは立替払いを基本にする信用決済だからだ。あなたがカードで1万円を支払っても、1万円が店舗に直接支払われるわけではない。カード会社が店舗に対して立替払いをして、後にカード会社はあなたに1万円の請求をする。加盟店と利用者がグルになって架空取引をすれば、カード会社からお金を詐取することができる構造になってしまっている。そのため、利用者、加盟店の信用を事前に調査しておく必要があるのだ。

もうひとつのハードルは、プラスチックカードはそれ自身で通信手段を持っていないことだ。カードは通信ができないため、カード情報をいったん店舗側のネットワークに渡して、そこからカード会社の与信サーバへ渡し、そのカードが本物であるかどうかをチェックしなければならない。あなたのカード情報は、いったん店舗のネットワークを経由するので、情報漏洩が起こらないように店舗のネットワークには高いセキュリティが求められるのだ。

ところが、QRコードスマホ決済では、このハードルがいずれも必要ない。決済をすると、クラウド上の口座残高からお金がリアルタイムで移動するだけだ。立替払いのようなことはしないので信用審査が必要ない。また、残高が足りなければ決済をしない。それだけだ。口座情報などは店舗のネットワークを経由せずに、利用者自身のスマホ回線を使って行われるので、そこがセキュアであれば店舗のネットワークのセキュリティがどうであろうと関係がない。店舗のセキュリティレベルがどうであれ利用者の情報保護には影響しないし、セキュリティ対応の機器を新たに導入する必要もない。NFCカードリーダのようなものも不要で、カメラがついているスマートフォン1台あれば、加盟店としての決済作業ができる。

このため、アリペイ、ウィーチャットペイの加盟店になるのは実に簡単だ。サイトからメールアドレスを登録して、パスワードを設定するだけ。用意するのは、スマートフォン1台だけ。道端の屋台で焼き饅頭を売っているような露店でも、スマホ決済に簡単に対応できるのだ。

デンソーの賢いオープン戦略

カード業界は、このQRコード方式によるスマホ決済を無視することができず、カード業界の国際的な標準化団体EMVCoは、QRコード方式による標準化を行った。つまり、スマホ決済の事実上の国際標準となったわけで、アリペイ、ウィーチャットペイの海外進出もやりやすくなり、他国でも準拠したQRコード決済が登場してくることになる。

QRコードは多くの方がご存知のとおり、日本の自動車関連部品メーカー「デンソー」(現・デンソーウェーブ)が開発したもので、商標や特許権を持っている。ところが、面白いことにデンソーはQRコード決済を運用する企業から使用料を1円も受けとっていない。デンソーは、せっかくのビジネスチャンスを無駄にしてしまったのだろうか? 実はそうではないのだ。

デンソーは商標、特許などを保持しながら、デンソーが定める技術仕様に準拠するのであれば特許権を行使しないと宣言をした。つまり、勝手にQRコードを使っても権利侵害で訴えないし、権利料を請求しないと宣言したのだ。これがあったため、QRコードは爆発的に普及をした。日本でもフィーチャーフォン時代に、広告ポスターなどにURLリンクの代わりにQRコードを表示することが流行したりもした。

もちろんデンソーは社会貢献と同時にビジネスも考えていた。デンソーが得意としているのは、QRコードリーダや読み取りアルゴリズムの開発。QRコードが普及をすれば、それに合わせてデンソー製のリーダも売れるというわけだ。リーダ内部の技術に関しては無数の特許権を所有しており、他社が勝手に使うことはできず、使うのであれば権利料を支払わなければならない。迂回特許製品は出てくるかもしれないが、自社の高い技術力に自信を持っており、品質面で負けることがないと考えたのだろう。

実際にその後QRコードは2000年にISO国際規格となり、2017年には、QRコードスマホ決済が国際規格となった。日本企業は、技術開発力が高く、企業が保有する特許件数もまだまだ多い。しかし、ストレートに使用料を徴収するビジネスを考えてしまったら、それがネックとなって規格そのものが普及しない。QRコードのように技術本体はオープンにして普及をさせ、その周辺の自社の強みがもっとも発揮できる部分で商売をする。このデンソーの、実に頭がよく先見性のある戦略は、これからの日本企業が生き残っていくための、ひとつのお手本となるべきものだ。

iOS 11から、カメラアプリがQRコード読み取りに標準対応した。かざすだけでQRコード読み取り結果が通知バナーで表示される。「クイック・レスポンス」の名前のとおり読み取り速度は極めて高速で、映像の一部であっても読み取れる。

カメラアプリがQRコードに対応したが、それでも「公式QRコードリーダー“Q”」は入れておく価値がある。デンソーウェーブ公式アプリなので、読み取りが迅速、JANコード(商品バーコード)やQRコード作成機能などに対応しているからだ。

QRコードの技術のポイントは、3隅にある二重の四角マーカー。デンソーではあらゆる印刷物を調査して、もっとも出現しないパターンをマーカーにした。これにより、QRコードはどの方向からでも斜めになっていても読み取りができる。

公式QRコードリーダー“Q”

【開発】arara inc.

【価格】無料

【場所】App Store>仕事効率化

文●牧野武文

フリーライター。カメラアプリのQRコード読み取りは、明示的に操作するのではなく、映像にQRコードが含まれていれば自動で読み取られる。TシャツにQRコードをプリントして記念撮影など、これを利用した面白い使い方が今後登場しそうだ。