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APFSがFusion DriveやHDD非対応のワケ

著者: 千種菊理

APFSがFusion DriveやHDD非対応のワケ

フュージョンドライブのおさらい

フュージョンドライブ(Fusion Drive)とは、SSDとHDDを組み合わせることで、SSDの「性能」とHDDの「低コストで大容量」という利点を両立させるアップルのストレージ技術です。フュージョンドライブではSSDとHDDを連結し、1つのドライブのように扱えます。ファイルごとの利用頻度を見てよく使われるファイルはSSDに、あまり使われないファイルはHDDへと適切に配置していきます。よく読むファイルはSSDの上なので高速に読み出せます。

書き込みについても一工夫あります。SSD側には常に4GB程度の空き領域が確保されており、新しいデータはこの空き領域に書き込まれるので高速です。その後、アイドル時に裏でゆっくりHDDへ移動され、次の書き込みに備えます。

こうした工夫で、体感的にはSSDの速さを保ちつつ、1TB、2TB、3TBといった大容量を、HDDのコストで実現するのが、フュージョンドライブです。

このフュージョンドライブは、macOSの持つコアストレージ(CoreStorage)という機能が実現しています。これは一般的なIT用語では論理ボリュームマネージャ(LVM)と呼ばれ、実際のディスクの割り当てと、論理的なボリュームを分離、それぞれを別個管理することで柔軟性を実現する仕組みとなります。

LVMがあると、HDD2本を束ねて1本のディスクに見せかけたり(JBOD)、2本のディスクそれぞれに同じデータを書くことで1本のディスクが壊れてもデータが失われないようにしたり(RAID 1、ミラーリング)などが簡単に実現できます。

コアストレージは、フュージョンドライブだけでなく、ファイルボルト(FileVault2)でも使われています。ソフトは普通にファイルを書き出すのですが、ドライブに書き込む手前でLVMが暗号化し、たとえSSDやHDDを抜き取って別のマシンにつないでも解読できないようにしてくれます。

これまでのmacOSでは、ファイルシステム(HFS+)とLVM(コアストレージ)で役割をうまく分け合うことで、開発が楽になり新機能の追加や性能向上がやりやすくなっていました。

LVMも飲み込むAPFS

ところが、ハイ・シエラで新しく導入されたAPFS(Apple File System)でコアストレージは使われておりません。APFS自身が「APFSContainer」というシンプルなLVMを備えており、自前でドライブを管理しています。ファイルシステムとLVMという伝統的な機能分担をやめて、AFPSがLVMがやってた部分も含め全部を管理するのです。

同じように伝統的な機能分類をやめたファイルシステムの例として、「ソラリス(Solaris)」というUNIXの「ZFS」がありました。ZFSではファイルシステム、LVMに加えファイル共有までを1つのZFSの中に組み込んでしまいました。

ファイルシステムとLVMを分ける利点の一つとしてストレージの追加削除が容易、というのがあります。ウィンドウズ・サーバやリナックスなどでは、LVMでRAID 1や5での冗長化を図りつつ、必要に応じてディスクを追加、容量を段階的に拡大、なんてことが日常的に行われています。

しかし、macOSやiOSでは内蔵ストレージはほとんど1台、多くても2台で、増えたり減ったりはまずありません。LVMの柔軟性は、macOSとしてはあまり必要ないのです。特にiOSでは機能面よりも効率のいい、小さい枠組みのほうが有利でしょう。

SSDをより効率的に扱うにはLVMを分けないほうが有利であること、LVMのもつ柔軟性はことmacOSとiOSではあまり意味がないことから、APFSがこうなったのだろうと推測されます。

コアストレージの今後は?

APFSへの移行でコアストレージは使われなくなり、それに伴い使えなくなる機能がファイルボルトとフュージョンドライブでした。ファイルボルトについては、APFSにも同等の暗号化機能を組み込むことで対応しました。ではなぜフュージョンドライブは代替機能が実装されなかったのでしょうか?

これについては推測になりますが、一つはハイ・シエラをスケジュール内に確実にリリースさせる、というのはあるでしょう。機能を実装すればするほど機能テストも増えバグも増えていきます。また、すべての機能を詰め込むなら「だったらすでに安定しているコアストレージをそのまま使えばいい」という話になります。現実的には、iMacでしか使えないフュージョンドライブを必要とする人はあまり多くはいないので、ならばそのユーザには当面はHFS+とコアストレージを使ってもらう、という判断は合理的でしょう。どの機能を入れてどの機能を外すか、需要を見極めるのは非常に難しい問題ですが、ファイルボルトとフュージョンドライブの優先度が違うのは当然といえます。

しかも、SSDの容量は増大し、価格も下がってきています。数年前なら5万円以上した1TBのSSDはもう2万円台にまで価格が下がっていますし、1TB以上の大容量のSSDも手に入るようになりました。フュージョンドライブの利点は価格と性能のバランスですから、HDDが不要なほどSSDが安価になれば役目を終える運命にあります。

iMacプロも現時点で1、2、4TBのSSDオプションしかなく、フュージョンドライブは記載されていません。ハイエンドを中心に今後はすべてSSDにしていくのでしょう。

【 ZFSとMac 】

Mac OS X 10.3 Pantherや10.4 Tigerの時代、当時ZFSを開発していたSun MicrosystemsとAppleは協力関係にありMac OS X ServerにZFSを移植を行っていました。Xserveなど当時のハイエンドサーバからすればZFSの柔軟性は魅力だったのですが、結局リリースされることはありませんでした。ZFSはそれなりのCPUパワーとメモリを消費することから、おそらくAppleの趣向とはあわなかったのではないか、と推測されます。その後、CoreStorageが用意されHFS+とCoreStorageの組合わせとなったのは本文のとおりです。APFSはその意味で、数年かかって世に出た、エンタープライズ向けではなくiOSやmacOSといった個人向けのコンピュータに向いた、Apple好みの多機能型のファイルシステムといえます。

【 ハイブリッドストレージ 】

Fusion Driveのように、HDDとSSDを組み合わせていいとこ取りをするストレージは一般的にハイブリッドストレージと呼ばれます。企業向けの世界ではTintriやNimbleStorageといった新興のストレージ企業やNetAppおよびEMCといった歴史あるストレージ企業までがそれぞれ独自のアルゴリズムで効率化したハイブリッドストレージをリリースしており、大容量のストレージを利用する仮想化やクラウドの世界で使われています。こうしたハイブリッドストレージの世界から見れば、Fusion Driveはとても単純な仕組みで効率面でも微妙です。しかし、そうしたハイブリッドストレージはストレージの制御だけに複数のXeon CPUや数GB~数十GBのメモリを搭載したコントローラを搭載しています。SSDとHDDの制御だけでMac数台分の性能が必要なのです。Fusion Driveのコンセプトはリーズナブルに性能と容量の両立でしょうから、シンプルな機能でそこそこの性能というのは正しい選択といえるでしょう。

Fusion Driveの仕組み

SSDとHDDのメリットのみを使えるため、デジカメで写真や音楽をたくさん持っている人など、大量のファイルを保存している人にとってFusion Driveははお買い得な機能になります。ただし、SSDとHDD、2つのストレージが必要なのでMacBookシリーズでは使えないのがデメリットになります。

macOS Sierraのディスク内容

SSDとHDDのギガバイト単価の推移

ここ数年、HDDのギガバイト単価はほとんと変わっていませんが、SSDは急速に下がってきており、2020年ごろにはHDDと同等になると予想されています。そうなればFusion Driveのメリットは消滅するわけです。

macOS High Sierraのディスク内容

文●千種菊理

本職はエンタープライズ系技術職だが、一応アップル系開発者でもあり、二足の草鞋。もっとも、近年は若手の育成や技術支援、調整ごとに追い回されコードを書く暇もなく、一体何が本業やら…。