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憧れのMacworld Expo

著者: 大谷和利

憧れのMacworld Expo

熱いユーザは山も海も越える

Macが今よりもはるかにマイナーな存在だった頃、ユーザの熱意は逆にはるかに強かった。それはインターネットが存在しないことによる情報飢餓状態も手伝って、とにかく自分たちが愛した製品とメーカーについてのあらゆることを知りたいという気持ちからくるものだった。

そんな時代の濃いエピソードの1つに、次のようなものがある。1987年のこと、瀬戸内のApple製品取り扱いショップに、当時最速だったMacintosh II fxが入荷したとき、四国の太平洋側のMacユーザが一目見ようと連れ立って押しかけたというのだ。

その頃、アメリカ本国における新製品発表のニュースが日本の一般ユーザのもとに届くのは、発行までのタイムラグが最大ひと月になる月刊専門誌によってであり、ましてやそれが店頭に並ぶ日取りなど普通は知りようがない。おそらく、そのショップの経営者が懇意にしている顧客に連絡して、さらにそこから仲間内に伝わり、みんなで行くことになったのだろう。

以上は熱いユーザたちが四国山地を越えた例だが、それを太平洋に置き換えれば行き先はMacworld Expo(正式名称Macworld Conference & Expo)になる。1985年から年に2回、冬のサンフランシスコと夏のボストン(後にニューヨーク)で開かれていたこの催しは、月刊誌Macworldを発行するIDGのイベント部門であるIDGワールド・エキスポが主催し、かつてはAppleもキーノートや新製品発表の場として活用していた。

特に、ジョブズが復帰してからの出展時の光景はある種異様で、Appleのブースだけ、初日のキーノートが終わるまで巨大な黒い幕で覆われていて中を覗くことができない。そしてキーノートの製品発表が終わると、メディアの人間は我先にブースへ向かい、一般客に混じってハンズオン代わりに実機を触るのだ。その場にいるAppleのスタッフに質問しても、「実は自分たちも、今、初めて新製品を見たところなのでよくわからない」と返されることも少なくなかった。

だが、このイベントこそがAppleの新製品を一番先に体験できる機会のため、ライターのみならずヘビーなMacユーザが自腹で現地に出向くケースも多く見られた。

Apple Storeに奪われた役割

しかし、復活を遂げたAppleは、開催時期やブースの機密保持に関してコントロールが効かないMacworld Expoへの出展を2008年に中止。Apple Storeの実店舗が成功し、毎日そこを訪れる顧客の総数だけでも、限られた会期のMacworld Expoを軽く上回る。告知効果やユーザとの関係性において、Apple Storeの優位性は明らかだった。

とはいえ、個人的なMacworld Expoの魅力は、会場中央に広いスペースを確保した大手企業たちよりも、周辺の通路脇に並ぶパパ・ママ・カンパニーのような小さなブースで、次世代を担うアイデアや技術に出会うことも少なからずあった。今や実社会でも特徴豊かな個人商店が大資本の前に店じまいを余儀なくされる時代だが、Expoという祭りの縁日の屋台にあたる小ブースも同じ道を辿ったといえる。Macworld ExpoはMacworld/iWorldの名称で2013年まで続いたが、2014年の予定がキャンセルされたことで、28年の歴史に終止符が打たれたのだった。