8月、iPadの活用を支援させていただいているお客様の取り組み事例がメディアに出た。某地下鉄でのトンネル検査における活用事例だ。事例の詳細はいずれ本誌でも取り上げられる可能性が高いため割愛するが、普段、我々が利用している地下鉄の安全にiPadが一役買っている。
私がこの事例に携わるなかで感じたことを共有したい。それは「他人への感謝」である。資本主義が高度化した世のなかではついつい忘れがちであるが、我々が安全・快適に生活を送ることができるのは、他人のおかげである。移動するのも食事をするのも、風呂に入れるのも他人が何かしらの努力をしてくれた結果である。しかし、対価としてお金を支払っているとつい「当たり前」のように考えてしまうが、実際の舞台裏を観察すれば、とてつもない努力をいろいろな人が払っていることがわかる。地下鉄も同じである。安全乗車のために、トンネルや線路、電気設備などを、我々が寝ている時間帯に入念に検査・修繕しているのである。
しかも、そのような努力は「続けなければならない」。地下鉄の検査でiPadを活用する意図は2つある。1つは「高齢化する検査技術者のノウハウの継承」であり、もう1つは「若手の技術者のために、仕事のやり方をスマートにすること」である。いずれも社会インフラとしての地下鉄の持続可能性を考えた場合、非常に重要なテーマだ。物事は始めるのにもさまざまなハードルを乗り越えないといけないが、長年に渡って維持すること、しかも、安定的に維持することも極めて難しいことである。続けることは一見すると当たり前のように思われるが、数十年単位の長期になると、人の営みが世代を超えて引き継がれなければならない。これは職種や業種によらず、日本社会における共通の課題である。
例えば、経営層でも後継者不足が深刻化しており、多くの日本企業では事業継承の危機に直面している。特に、中小・零細企業では跡継ぎが見つからず、少なくとも年間3000社が廃業に追い込まれているという。中小企業庁によると、中小・零細企業経営者の5割は60歳以上が占める。1990年には60歳代は2割だったが、高齢化に伴って急速に増えた。こうした企業トップの平均引退年齢は70歳前後である。
そのため、日本企業の過半は今後10年間で社長の代替わり期を迎えるのである。特に、地方の中小・零細企業では、創業者の子息が大都市で働き、その多くが跡を継がないケースが続出している。このような背景で、廃業件数は今後、急速に増える恐れがあるといわれている。
このような事態を打開するには、常に先手を打って「自分の仕事をいつ、誰に引き継ぐか」ということを社会人である誰もが考えておかなければならない。本誌でも惜しまれながら前編集長が現編集長にバトンタッチした。既に現編集長の仕事は軌道に乗り、面白い記事を連発し、「続ける」ことに成功している。次は私の番だ。約2年半、31回に渡り連載させてもらったが、そろそろバトンを渡そうと思う。
次回から本コーナーでは、この3年ほど私が一緒に仕事をする中で育ててきた福田弘徳氏に担当してもらう。彼は「モビリティ・エバンジェリスト」を名乗り、さまざまな企業や学校向けのiOS導入に携わるプロである。私は「日本社会とiOSに足りないもの」という比較的マクロなテーマで連載してきたが、福田氏は違う視点での連載を始めることであろう。読者の皆様に、感謝の意を表しつつ、またどこかでお目にかかれるのを楽しみにしている。
Hiroshi Fukudome
1976年鹿児島県生まれ。株式会社チェンジ代表取締役COO。アクセンチュア勤務後、27歳で独立・開業し、大手企業に対するスマートデバイス利活用、BYODなどのコンサルティングや人材育成のサービスを提供している。