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「心不全パンデミック」にDXで対抗! 三重大学の医師とITベンチャーが開発したiPhoneアプリ「ハートサイン」

著者: 朽木誠一郎

「心不全パンデミック」にDXで対抗! 三重大学の医師とITベンチャーが開発したiPhoneアプリ「ハートサイン」

高齢化が著しく進む日本社会で、急増する心不全。爆発的感染拡大にたとえ、「心不全パンデミック」が警戒されている状況だ。現代医療では完治が難しく、生活習慣の改善により予防や悪化防止が何よりも重要だが、その管理は紙ベース。従来的な心不全対策をDXし、便利なアプリを開発することによって対抗しようとする医師たちに話を聞いた。

急増する心不全患者。アプリ開発で社会問題を解決する

世界中が未曾有の混乱に陥ったコロナ禍。そこで一般にも浸透したキーワードが、現在、別の病気でも取り沙汰されている。それが、急増する心不全を感染症の爆発的拡大にたとえた「心不全パンデミック」だ。

心不全という病気自体を知る人は多いだろう。しばしば著名人の死因として報じられることもあり、重い病気というイメージがあるはずだ。しかし、心不全とはそもそも、心臓に何らかの異常が生じ、ポンプ機能が低下して、全身の臓器が必要とする血液を十分に送り出せなくなった状態を指す。その原因は心筋梗塞などの心臓の病気や、高血圧のような生活習慣病など多岐に渡る。

そんな心不全が近年、急増している。現在の罹患者数は約120万人で、2030年には130万人に達すると推計されている。心不全は根本的治療がなく、入退院を繰り返しながら生活の質(QOL)が低下するため、患者は長く苦しみ、医療費もかかるという、社会的な問題になっている。

そんな心不全の患者は、これまで心不全手帳という紙ベースの方法で日々の健康状態や症状を管理してきた。紙による管理は、心不全の患者に多い高齢者に受け入れられやすい一方、データ管理や情報共有の面で限界もあった。

そんな心不全手帳をアプリでDX(デジタルトランスフォーメーション)し、「心不全パンデミックを回避したい」と熱意を見せるのが、三重大学大学院医学系研究科、循環器・腎臓内科学教授の土肥薫医師らのチームだ。心不全の管理をデジタル化することにより、どのように社会的な問題にアプローチしていくのか。「ハートサイン」アプリを開発する土肥医師らに話を聞いた。

心不全手帳アプリ「ハートサイン」は自動で憎悪スコアを算出し、来院を促す

三重大学大学院 医学系研究科 循環器・腎臓内科学 教授で、三重大学医学部附属病院 循環器内科科長の土肥薫医師

土肥医師は「紙の心不全手帳も、医療の歴史のなかで苦労して作り込まれたもの」としたうえで、その限界もあったと説明する。

患者は紙の手帳に毎日、血圧や脈拍、体重、症状を記録する。しかし、症状が安定している場合、受診は2カ月に1回ほど。そこで医療者が確認すると、記録をしていなかったり、手帳を持ってくるのを忘れていたりすることもある。病気は徐々に進行するため、患者に自覚がない場合、医療者の目が届かないところで症状が悪化しているケースもあった。

「患者がスマホに情報を記録していれば、クラウド上に保存していつでもアクセスできるだけでなく、医療者同士の情報共有もかなり楽になる。今後の医療DXの発展を考えたときに、スマホを使用して患者と医療者の利便性を向上させ、双方向のつながりを構築できるのではと思っていました」(土肥医師)

また、心不全は進行が進むほど医療費が高額となり、心不全の入院医療費は1回あたり100〜150万円とも言われる。患者・国ともに大きな負担を強いられる中、患者数全体の5%が減少すれば、年間600億円の医療費削減につながると試算される。

こうした背景があり、土肥医師は着想から1〜2年後の2021年、医療系ITベンチャーのキュアコード社に研究を目的としたアプリ開発を相談し、着手したという。同社は富山大学内に本社を置くアプリやシステムの制作会社で、自治体や大学との共同事業を多く手がけていた。

土肥医師らのチームは、同大学病院に入院している心不全患者を被験者としてハートサインを使用してもらい、使用感や改善点の確認に取り組んだ。

使用者はアプリに日々の血圧・脈拍・体重を入力するほか、選択式で「せきが出る」「食欲がない」「じっとしていても息苦しい」などの自覚症状を選ぶ。記録内容と症状から、アプリが自動的に増悪スコアを算出し、早期の受診が必要な場合、アプリ上にサインを表示。アプリから直接かかりつけ医への電話/受診予約や、家族などへ通知を送ることも可能だ。こうした機能群により、患者が診察室を訪れたときだけでなく、医師がリアルタイムで患者の状態を把握できるようになった。

現在は実用化に向け、同アプリの効果測定をする臨床試験が進んでいる状況だ。ハートサインは令和5年度のAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)事業にも採択されており、現在は三重県内の提携医療機関に研究の場を広げている。基本的に試験参加者のみ使用できるが、今年からアップストアなど、各プラットフォームのストアにも並ぶ。

ハートサイン

【開発】
キュアコード
【価格】
無料
心不全患者向けの健康管理アプリ「ハートサイン」。三重大学医学部附属病院循環器内科が主体となり開発し、その設計は医師・看護師らの豊富な経験と研究に基づく。健康状態の継続した記録により、心不全症状の見逃しや悪化による緊急入院のリスク軽減を目指す。入力された情報はリハビリテーションや療養指導などでも活躍。現在は一般ユーザは使用できず、指定医療機関での臨床研究のための使用に限られる。
https://heart-sign.jp/app/

UIの改善とウェアラブル端末との連携を推進。個人の医療情報の集約、共有にも意欲を見せる

三重大学医学部附属病院 循環器内科 助教の伊藤弘将医師。

 同チームで研究に取り組む伊藤弘将医師は、「これまでの研究結果から、高齢の患者さんにも使用可能であり、アプリ利用率も良好で、心不全患者の生活の質スコアの改善を確認できた」と説明する。

「患者さんに受け入れてもらうために、使用感にこだわっています。たとえば、操作は縦スクロールとクリックのみで、横にスワイプはしません。高齢の方でもLINEのようなチャットアプリにある程度なじみがあれば、使用のハードルはそこまで高くありません」(伊藤医師)

キュアコード株式会社の代表取締役CEO・土田史高氏。同社は医療・介護・健康などヘルステック分野を中心としたITベンチャー企業だ。
https://curecode.jp/

またキュアコードの土田史高氏は「想定ユーザは基本的に高齢者なので、問い合わせに対応できるよう、カスタマーサービスを充実させています」ときめ細かい対応を明かす。また「弊社には自治体と連係のノウハウがある」とし、一般公開に向け「三重以外のエリアでの展開なども準備し、早く世に出したい」と語る。

三重大学大学院 医学系研究科 循環器・腎臓内科学 准教授で、三重大学医学部附属病院 循環器内科外来医長の藤本直紀医師。

アプリ普及のためには、さらなる独自性も求められる。同チームの藤本直紀医師が取り組むのは、ウエアラブル端末を活用した遠隔運動指導だ。藤本医師は今後、ハートサインと連係するスマートウォッチ「フィットビット(Fitbit)」を使用し、運動時の心拍数や運動強度に基づいた電話によるリモート運動指導(週1回、15〜30分間の電話による運動強度などの指導を6カ月間)をする研究を行う。「これまで医師の目が届かなかった運動療法を、日常診療に組み込める」と期待をのぞかせる。

心不全治療のために必要になるような医療・ヘルスケアの情報は「PHR(Personal Health Record)」と呼ばれ、その運用のモデルケースには経済産業省も注目する。土肥医師は最後に「今後は医療現場でもPHRの重要性がさらに高まり、いかに集約、共有していくかが課題になる」「このアプリでその礎を築きたい」と今後の展望を語った。

毎日の血圧・脈拍・体重と症状を朝と夕に記録。入力した情報はグラフ表示され、日々の健康状態や変化を確認できる。また、端末を携帯することで、自動的に歩数をカウントするほか、Fitbitやオムロン社製の測定機器などと連係も可能。カレンダーから過去の記録を確認したり、過去30日間の平均数値を表示したりできる。
薬の飲み忘れや測定・記録の漏れを防ぐリマインダー機能を搭載。さらに、血圧・脈拍・体重の記録内容と症状のチェックリストデータから、アプリが増悪スコアを算出。早期の受診が必要な場合にはサインが表示される。このとき、アプリから直接かかりつけ医へ電話/受診予約ができるほか、事前に登録しておいた家族へ通知を送ることも可能(登録や通知は任意設定)。

※この記事は『Mac Fan』2025年1月号に掲載されたものです。

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著者プロフィール

朽木誠一郎

朝日新聞デジタル機動報道部記者、同withnews副編集長。取材テーマはネットと医療、アスリート、アメコミ映画など。群馬大学医学部医学科卒、編集プロダクション・ノオトで編集/ライティングのスキルを磨く。近著に『医療記者の40kgダイエット』『健康を食い物にするメディアたち』など。

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