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Appleの明確な2018年のiPhone戦略

Appleの明確な2018年のiPhone戦略

驚きの高価格

今回のスペシャルイベントで、iPhone XSの価格が発表された瞬間、それまで好意的な雰囲気だった会場が凍りついたように一瞬静まりかえりました。ほとんどの人が噂を信じて、アップルは地球上で最高のスマートフォンの価格を「値下げする」と考えていたからです。

アップルはiPhone XSを999ドル(11万2800円)から、iPhone XS Maxを1099ドル(12万4800円)からに設定し、64GB、256GBに加えて、512GBモデルもラインアップしました。iPhone XS Maxの最上位モデルの金額は1499ドル(16万4800円)。給料や物価が上がらず、デフレ圧力が強い日本だけがこの金額を「高いと感じる」と嘆く声の拡がりがツイッター(Twitter)に流れているのを会場からリアルタイムで見ていました。しかし、米国のイベント会場でも、この価格が「納得できる」ととらえた人は少なかったように思えます。

アップルのティム・クックCEO自身も、この新しい最高のスマートフォンに付けたプライスタグが決して安くないことを認めています。その一方で、より幅広い人々にアップルのイノベーションを届けられるラインアップに仕上げたとも説明しています。つまり、iPhone XS/ XS Maxが安くないという反応は想定していたものと思えます。

別の角度から価格を分析してみましょう。2017年モデルのiPhone(iPhone XおよびiPhone 8シリーズ)の販売台数は前年同期程度だったものの、アップルは売上高を大幅に伸ばすことに成功しました。たとえば直近の2018年第3四半期決算では、1%の販売台数の伸びに対して20%の売上高の成長を記録しています。その理由は、1台あたりの平均販売価格の上昇です。

第3四半期は例年、最新モデルから価格を下げて併売される旧モデルの販売比率が高まり、平均販売価格が下落する傾向にありました。しかし2018年第3四半期決ではそれが起こらず、平均販売価格は720ドルを上回りました。つまり、iPhone 8 64GBモデルの699ドルより上のモデルが好調だったのです。

ここでアップルが今年リリースした第三のiPhone XRの価格を見てみると、749ドル(9万8500円)からとなっています。つまり、この金額は2017年モデルの平均販売価格以上であることから、アップルはiPhone XS/XS Maxより安価なiPhone XRが販売の大半を占めたとしても、きちんと売上を見込める戦略を採っているのです。

このように考えると、アップルがiPhone XSシリーズに託した役割がわかってきます。無闇に価格を下げる必要性はなく、スマートフォン最高峰としての地位を確立してiPhoneのブランドを牽引するフラッグシップとして機能するほうがふさわしいのです。限定となるゴールドカラーが従来よりシックな色合いで、エレガントな雰囲気になっているのも、「高級感の演出」の点で納得ができます。

このように、価格にフォーカスすると、今年のアップルのiPhone戦略は非常に明快です。そして、平均販売価格はiPhone XRの749ドル近辺か、やや上振れすることになることでしょう。iPhoneユーザの長年のロイヤリティの高さや昨今のアプリやデータ容量の増加を考えれば、より大容量のストレージを求めるからです。

なぜ今年のiPhoneは高いのか

今年のiPhoneのラインアップは、新しいiPhone XS、XS Max、XRで、従来よりも高価格に設定されています。2017年モデルで奏功した高価格戦略を踏襲する形を採っており、安価なモデルとしてはiPhone 7と8が継続販売されます。

iPhone以外選べない

今年のイベントの中で、環境・政策・社会イニシアティブ担当シニアバイスプレジデントのリサ・ジャクソン氏が登壇し、アップルの環境対策について時間を割いて説明を行いました。なぜ、アップルはこのようなプレゼンテーションを用意したのでしょうか。

ジャクソン氏はこれまでも、アップルが100%再生可能エネルギーに転換したことや、130年の間、二酸化炭素を排出してきたアルミニウム製造を、酸素を排出する新しい手法に転換することについて説明してきました。今回の新しいiPhoneでは、メイン基板に使用するスズをリサイクル資源で賄うことを発表。これによって、毎年1万トンもの鉱物の採掘を防げることを強調しました。

ファッションの世界では、人権保護や動物愛護、資源保護が叫ばれ「エシカル」であることがブランドの価値に含まれてきました。工業製品であるテクノロジー製品であっても、労働環境や賃金の問題に続いて、気候変動や地球資源の保護などを、競うべきブランド価値であるべき、とのアップルの考え方が広まりつつあります。

アップルはしばしば、こうした取り組みを世界中の企業に真似してほしいと語ります。しかし現実問題として、利幅を非常に大きく確保するアップル以外に取り組みを前に進めることができる企業はありません。もちろんそのこともアップルは理解したうえで、新たな取り組みに突き進んでいるのです。もしひとたび人々が「エシカルテック」を意識した瞬間、アップル以外の製品は選べなくなる。そうした強烈な価値を、iPhoneユーザは手にしていることを暗に伝えたかったのではないでしょうか。

AppleだからできるエシカルIT

新しいiPhoneの発表イベントでは、Appleの環境対策についても説明がされました。たとえ工業製品であっても環境問題に取り組むことは重要である。時価総額世界No.1企業としての責任だけではなく、そこにはiPhoneを使うことこそがエシカルITにつながることを強調したブランド戦略も見て取れます。

6.5インチの意外性

昨年アップルは5.8インチのiPhone Xをリリースし、前面すべてをディスプレイで覆う「オールスクリーン」を新基準としました。これまではiPhone 8プラスの5.5インチがもっとも大きな画面サイズでしたが、これをさらに上回る画面サイズを、iPhone 8と差ほど変わらないiPhone Xの筐体に搭載したのです。

そして今年、iPhone XS Maxを登場させ、そのスクリーンサイズを6.5インチにまで押し広げました。高い品質の有機ELディスプレイが6.5インチの大画面で迫ってくる。写真を撮っても、ストリーミングビデオを見ても、ゲームをプレイしても、何をしても今までとは異なる体験に見えてくる。そんな感動が6.5インチの新しいディスプレイにはあります。

しかし、実際に手にとってみるとiPhone史上最大サイズのスマートフォンは意外に小さく感じます。iPhone 8プラスと比較しても、長さや幅がわずかに小さくなっている程度だからです。5.5インチモデルのiPhone 8プラスから乗り換える人にとっては幾分コンパクトで、4.7インチのiPhoneからでも大きな抵抗感を感じないでしょう。オールスクリーンのデザインのメリットは大画面化で際立ってくることを実感させられます。

大きくなっても大きくならない

史上最大の6.5インチのディスプレイを搭載するiPhone XS MAX。ディスプレイを最大化することで圧倒的な魅力を放ちながら、筐体サイズは従来と大きく変わらないというインパクトがユーザの購買力を喚起します。

非線形の進化

一方、iPhone XSは5.8インチの有機ELディスプレイを備えており、iPhone Xと同じであることから新旧の比較が行いやすくなっています。外見上の変化は非常に細かい部分に留まります。具体的には、デバイス上下側面に新たなアンテナラインが追加されたこと。これに伴い、スピーカとマイクの穴の数が左右対称ではなくなったこと。そしてゴールドカラーが追加されたことです。

しかし使ってみると、体験そのものが上質に変化していることがわかります。まず、ビデオを再生してみると、自分に迫ってくるようなサラウンドに驚かされます。iPhone XSで撮影したビデオですらそう感じました。なぜならビデオ撮影の音声が、ステレオで記録されるようになったからです。また、写真やビデオは、シャッターを切った瞬間、得られる画像がまったく異なると言っていいほど別のものになっていることに衝撃を受けるでしょう。

アップルは「写真の新時代」の進化の秘法として、大型化と高速化したセンサ、瞬時に多様な分析を行う画像処理エンジン、これと連係してアルゴリズム処理を行うニューラルエンジンに活路を見い出しました。新しいiPhoneに搭載されているA12バイオニックチップは1回のシャッターごとに1兆回もの処理を行っているのです。

iPhone Xにも搭載されているポートレートモードは、従来同様に被写体と背景を分離するだけでなく、背景ボケの効果を数値モデルによって実現しています。そのため新しいiPhoneでは撮影したあとからボケ具合を変化させることが可能になったのです。うっとりするような強いボケを加えて被写体を際立たせたり、観光地でのポートレートで名勝をよりはっきり映り込ませたり。今までは絞りのリングを変えて何枚も撮り直さなければならなかったところを、ワンタッチで好きなだけ得られる体験は、非常に使ってみるとワクワクするものでした。

iPhone Xは、2018年モデルのアンドロイドスマートフォンと比べて、処理性能とグラフィックス性能は今でも負けないと言われます。さらに機械学習の処理能力を測る共通の指標がなく、その部分はプロセッサのベンチマークでは評価に含まれていませんでした。

新しいA12バイオニックチップは処理性能が15パーセント、グラフィックス性能が50パーセントも向上しています。最高峰にふさわしいハードウェア性能と、1秒間に5兆回もの処理が行えるニューラルエンジンを活かしたソフトウェアとの組み合わせによって、新iPhoneは異次元の進化を遂げているのです。

中でも、新しいiPhoneのカメラ機能は、ハードウェアとソフトウェアというこれまでのアップル製品の進化のレシピに、新しいアルゴリズムが加わることで何が起きるかを非常にわかりやすく表している好例です。iPhone XSシリーズで写真を撮り歩いてみると、それまでのiPhoneカメラの進化とはかけ離れ、非線形の進化を遂げたことがすぐにわかり、写真やビデオの撮影にのめり込んでいくことになるでしょう。

左右非対称な穴の数

iPhone XS(上)とiPhone Xを比較してみると、デバイス上下側面に新たなアンテナラインが追加されたため、スピーカとマイクの穴が左右対象ではなくなっています。

A12 Bionicの驚くべき性能

Apple独自設計のA12 Bionicチップ。スマートフォン用SoCとしては初めて7ナノメートルプロセスで生産されるこのチップには、69億個のトランジスタが収められ(A11 Bionicは43億個)、異次元の性能をiPhoneにもたらします。

XRでもボケが味わえる

iPhone XRはiPhone XSやXS MAXのように背面に2つのカメラを搭載していません。しかし、ポートレートモードにおける人物のボケをソフトウェアのアルゴリズムによって実現。A12バイオニックチップの性能が生かされています。

iPhone XRを選ばせる

価格戦略から見ると、アップルは人々に対してiPhone XRを選ばせようとしていることがわかります。6.5インチという大画面を新たな価値として用意しましたが、iPhone XS Maxは存在していることが重要であり、ブランドの天井を支える存在。これに対してiPhone XRは、もっとも身近にブランドにアクセスできる製品という位置づけになります。

しかも、XRは性能面でも妥協していません。iPhone XSシリーズと同じA12バイオニックプロセッサを搭載し、カメラについても大型化・高速読み出しの新しいセンサが用いられ、画面の内側にはトゥルーデプス(True

Depth)カメラが用意されました。iPhone X時代の体験を余すことなく実現しているのです。

そして、XRでも、前述の非線形のカメラの進化が際立ちます。iPhone XRには、望遠レンズを装着した2つ目のカメラがありませんが、1つのカメラでポートレートモードの写真を撮影できます。アルゴリズムによって画像から人物を認識し、背景と人物を瞬時に分離して処理できるようになっているのです。価格を抑えるために削られた2つ目のカメラを、アルゴリズムによって補えてしまうほど、A12バイオニックというチップのポテンシャルは高いのです。

ただし、iPhone XRのポートレートモードは被写体が人物に限られます。また、望遠レンズがありませんので、バストアップのポートレートを撮る場合、これまでよりも半分の距離まで被写体に近づかなければなりません。

今後の進化次第では人物以外の被写体を浮かび上がらせることもできるようになるでしょうが、現状では人物以外のマクロ撮影を楽しみたい場合は、iPhone XSシリーズを選んでおいたほうがよいでしょう。

一方、液晶ながらオールスクリーンを実現したリキッドレティナHDディスプレイは、有機ELより精細さは劣るものの申し分ない品質。iPhone XRを選んで日常生活で困ることは、何ひとつないのです。

液晶でも申し分ないクオリティ

iPhone XRのLiquid Retinaディスプレイは、iPhone XSシリーズの有機ELディスプレイと比べると精細さの面では劣ります。しかし、実用面では十分な品質となっています。安価なモデルは液晶品質が悪い、そんな従来のイメージとは懸け離れたものです。

カメラ性能の差が判断ポイント

ディスプレイの大きさと、カメラの性能の差が、iPhone XSシリーズとXRの大きな判断ポイントとなるでしょう。人物以外のマクロ撮影を楽しみたい場合は、XSシリーズを選んだほうがいいでしょう。

カラフルな色で選ぼう

iPhone XRの最大の特徴は、アップル製品としてiPadナノ以来の多さとなる6色のカラーバリエーションです。ベーシックなホワイトとブラックは、iPhone XSとは異なるアルミフレームによって、落ち着いた雰囲気になっています。また、ブルー、イエロー、コーラルの3色は非常にはっきりとしたポップな色合いで、若い人を中心に、自分のテーマカラーとして選ぶことができるでしょう。また、これまでモデル中期に追加リリースされてきた(PRODUCT)REDも最初から用意されています。

繰り返しになりますが、ゴールドはiPhone XSシリーズにしかありませんし、ブルー、イエロー、コーラル、レッドはiPhone XRのために用意されたカラーです。基本性能は共通なので、まずはテクノロジーや価格にこだわらず、自分の好きな色を手に取ってみるのも良いかもしれません。iPhone XSがiPhone XRよりもかけ離れた性能を有しているとも、iPhone XRが劣っているとも言えないのが実際のところです。もちろん、より画質にこだわりたい人、もっとも大きな画面を選びたい人、ステンレスの高い質感を愛でたい人、そしてよりカメラにこだわりたい人は、iPhone XSやiPhone XS Maxというフラグシップを選ぶべきでしょう。

好きな色で選ぶのもあり!

(PRODUCT)REDモデルを含む6色カラーで展開されるiPhone XR。A12 Bionicチップを搭載するなど基本的な性能は共通であるため、単純にカラーで選ぶというのも悪くありません。